世界の終末の前に観るべきアートハウス系SF映画10選

人類とAIの戦争もエイリアンの侵略も起こらない、大作とはひと味違うSF作品をi-Dが厳選してご紹介。

by Douglas Greenwood; translated by Nozomi Otaki
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13 September 2021, 3:20am

SF映画のテーマはどれも同じだと思ってはいないだろうか。数々の街を殲滅するエイリアンの侵略、新たな生活を求めて別の惑星を目指す金属の宇宙船、AIと人間の立場が逆転し、人類が虐げられる世界……。

巨額を投じて製作されるSF大作は確かに面白いが、知的好奇心はあまり刺激されない。けれど、SFとはそれだけではない。一見の価値ある、もっとローキーでエモーショナルなアートハウス系SF映画も、この世に多く存在する。 

〈なぜ私たちは存在するのか〉という深遠な問いを模索する映画を探しているひとも、未来についてもっとクリエイティブなヴィジョンを描きたい、というひとも、以下の10本のアートハウス系SF映画を観れば、このジャンルの冷徹なイメージががらりと変わるはずだ。

1. スパイク・ジョーンズ監督『her/世界でひとつの彼女』(2013年)

まずは現代の名作から始めよう。i-Dの表紙も手がけている米国人映画監督スパイク・ジョーンズは2010年前半、AIにリアルなロマンスを組み合わせたこの傑作を制作した。

ホアキン・フェニックス演じるセオドア・トゥオンブリーは、幼なじみだった妻と別れ、悲しみを乗り越えるために、サマンサというセクシーな声のバーチャルアシスタントに自らの思いを打ち明ける。彼女の口調や会話はすべてコンピューターサイエンスの賜物に過ぎないが、セオドアは存在しないその声の持ち主にどうしようもなく惹かれていく。

2. リジー・ボーデン監督『ボーン・イン・フレイムズ』(1983年)

臆することなく大胆なスタイルとテーマを選ぶリジー・ボーデンは、長らく映画界の先駆者であり続けてきた。彼女が改名した名前が、19世紀のマサチューセッツで両親を斧で殺害したとされる(のちに無罪となった)女性にちなんだものだというのも納得だ。

代表作『ボーン・イン・フレイムズ』で、彼女は社会主義者の理想郷が築かれた革命の10年後の架空のニューヨークを描いた。伝統的な抑圧者(すなわち高齢の白人男性)が厳しいルールを定めるこの世界は、不気味なほどかつての時代に酷似している。女性団体の勇敢なリーダー、アデレードは女性、クィア、黒人や褐色の肌を持つ人びとを虐げる社会を転覆させるべく、新たな革命を起こすことを決意する。低予算ながら、挑戦的に悪事を暴き出すゲリラ映画制作から生まれた作品だ。

3. スラヴァ・ツッカーマン監督『リキッド・スカイ』(1982年)

1980年代のマンハッタンは、鮮やかな色彩、セックス、ハードドラッグが交錯する、熱に浮かされて見る夢のような街だった。それをロシアのSF映画監督の視点から捉えたのが、スラヴァ・ツッカーマン監督『リキッド・スカイ』だ。このネオンカラーのカルト映画では、ニューヨークを舞台に、エイリアン、ヘロイン中毒者、性に奔放な女性が登場する、昔ながらの米国のおとぎ話が繰り広げられる。

ニューヨークのファッション業界で女優を目指して奮闘するモデル、マーガレットは、セックス依存症のドラッグ売人、エイドリアンと同棲している。その後、UFOの着陸をきっかけに、マーガレットの人生は思わぬ方向へと向かい、エイリアンが彼女の身体を掌握したことで、次々と狂気じみた事件が起こる。

4. レオス・カラックス監督『​汚れた血​』(1986年)

人形の赤ちゃんが登場するロックなミュージカル映画『Annette』(日本未公開)で口で奉仕中のアダム・ドライバーにバラードを歌わせる前、レオス・カラックは『​汚れた血​』の奇妙なセックスシーンでその片鱗をのぞかせていた。

ジュリエット・ビノシュ、ドニ・ラヴァン、ミシェル・ピッコリが出演するこの80年代のSFスリラーは、近未来のパリを描く。愛のないセックスをした人が感染し、その後死に至る新たな性感染症、SBTOが蔓延した社会。特効薬はあるものの、それは大手製薬会社の研究室に隠されていた。SBTOの感染拡大を阻止するべく、ある女性がふたりのならず者に薬を盗み出させようと試みる。アンチ製薬会社映画をここまで破天荒にできるのは、レオス・カラックくらいだろう。

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5. コゴナダ監督『After Yang』(2021年)

劇場公開はまだ先だが、ウォッチリストに加えるべき1本。前作『Columbus』では、小さな町での暮らしの光と闇、それに魅了されながらも尻込みする人びとに焦点を当てたコゴナダ監督。最新作『After Yang』は、まるで血縁のように私たちの生活の大部分を占めるテクノロジーをひも解く、同様に洞察に富んだ作品だ。

ベビーシッターのアンドロイドが故障し、その助けなしに娘の面倒を見ざるを得なくなった家族。娘にとって兄のような存在だったこのアンドロイドはもう直せないが、その記憶は回復できると知った一家は、彼らの存在意義や、この不思議なほど感情豊かなロボットの〈人生〉を見つめ直すことになる。

6. ラース・フォン・トリアー監督『メランコリア』(2011年)

忘れられがちだが、人間の暴力性や醜さを克明に描く作品で知られるラース・フォン・トリアー監督は、ときにハッとするような美しさを映し出す。我らがクイーン、キルスティン・ダンストがカンヌ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した2011年の『メランコリア』は、彼の他の作品とは一線を画する思索的な作品だ。

キルスティン演じるジャスティンは、シャルロット・ゲンズブール演じる姉のクレアとともに、彼女自身の結婚式の準備を進めている。そんななか、軌道を外れた惑星が地球に接近し、人類を脅かす。監督自身のうつ体験から着想を得た本作は、完全なる破壊が、いかに新たな創造を生み出す手段になりうるかを考察している。

7. レイチェル・タラレイ監督『タンク・ガール』(1995年)

興行成績も振るわず、批評家からも賛否両論を浴びた本作は、1990年代半ばにはすっかり忘れられる運命にあった。しかし、この低俗な映画は、あらゆる大コケした良作がそうであったように、カルト的人気を獲得していった。

舞台は2033年(今となってはそう遠くない未来だ)。文明が滅んだ世界で、戦車を乗り回す若い女性主人公が、地球最後の水資源を独占する企業を糾弾する。コートニー・ラブが手がけるサウンドトラックによって魅力を増した反抗的な本作は、26年経った今改めて観返しても、やはり狂気に満ちている。

8. アンドレイ・タルコフスキー監督『ストーカー』(1979年)

長尺かつ深遠で憂うつなアートハウス系SF作品といえば、アンドレイ・タルコフスキーの右に出る者はいない。キャリアを通じて、歪んだディストピア的世界観を通して現実の難題に向き合う作品を発表してきたタルコフスキー監督。そんな彼の代表作が『ストーカー』だ。

本作は、タイトルどおり〈ストーカー〉と呼ばれる人物が、次の作品の題材を探す作家、その場所でしか得られない答えを求める科学者とともに、チェルノブイリを彷彿とさせる、めまいを起こしそうな土地〈ゾーン〉を探検する物語。本作はもちろんSFだが、『メランコリア』同様、抽象的な世界が、人生における答えのない問いのメタファーとなっている。ぜひレッドブルの缶を片手に楽しんで。

9. ハイレ・ゲリマ監督『Sankofa』(1993年)

植民地主義と奴隷制にシュールなSF的アプローチをとった本作。ハイレ・ゲリマ監督『Sankofa』は、もっと評価されてしかるべき傑作だ。物語は、ガーナのファッションシュートから始まる。〈奴隷城〉の前でポーズをとっていたアフリカ系米国人のモデル、モナは、突然過去に飛ばされ、北米の奴隷プランテーションで先祖とともに暮らすことになる。

20年にわたって映画を研究してきたハイレ・ゲリマは、本作のタイトルでもある〈Sankofa(過去の痛みに向き合うことで現在の意味を問うこと)〉という概念を通して、アフリカ系米国人の歴史の複雑さを巧みに掘り下げている。

10. ウォン・カーウァイ監督『2046』 (2004年)

『花様年華』で知られるウォン・カーウァイ監督は2004年、その続編ともいうべきSFロマンス『2046』を発表した。舞台は1960年代の香港。主人公の作家が執筆しているSF小説は、次第に彼が暮らす現実世界と交錯していく。この小説の舞台は謎の目的地へと向かう列車で、登場人物はそこで過去の思い出を再発見し、取り戻すことができるのだ。

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