The VICEChannels

      film Sogo Hiraiwa 19 May, 2017

      リアリティ経由、虚構行:塚本晋也インタビュー

      国内外に熱狂的なファンを獲得した『鉄男』や戦争映画の新たな傑作となった『野火』といった作品を監督しながら、近年では『シン・ゴジラ』『沈黙』でみせた演技にも注目が集まる塚本晋也。日本のインディペンデント映画を世界に送り出し、そのあり様を一変させた監督に、低予算が生んだオールラウンド性、映画における虚構とリアリティの関係、アレハンドロ・ホドロフスキーとの出会いについて話を訊いた。

      リアリティ経由、虚構行:塚本晋也インタビュー リアリティ経由、虚構行:塚本晋也インタビュー リアリティ経由、虚構行:塚本晋也インタビュー

      <父親の8ミリカメラ、中学で300人上映会、『野火』との出会い>

      まずは映画に惹かれていった経緯を教えてください。
      直接のきっかけは機械好きの父親が買った8ミリカメラで、あれがあれば映画ができると思ったんです。でもその前から映画みたいなものを作りたいとは思い始めていました。小学校のときは漫画家になりたかったから、ディズニーみたいなアニメーションもやりたいとか、怪獣映画を作りたいとか、いろいろモヤモヤ、ムズムズしながら考えてましたね。それが中学生の頃です。

      最初の映画は中学で撮られていますよね。
      『原始さん』という10分くらいのを1本撮って、図書室で上映会をしました。校内放送や全校集会を駆使して宣伝した甲斐あって、全校生徒は300人なんですが、来場者数は延べ300人を超えていました。

      高校のときは?
      入学前の春休みに1本と1、2、3年生に1本ずつで4本。3年のときに撮った『地獄町小便下宿にて飛んだよ』は夭折する画家の映画で、観てくれたお客さんはみんな涙を流して感動してくれました。

      それは観てみたいです。劇場公開されないんですか?
      フィルムが痛んでいるんで、映写機にかけると切れちゃうんじゃないかと思いますね。

      ああ、なるほど。『野火』は高校生のとき読んだということですが、本はよく読んでいましたか?
      読書は好きでした。高校は美術学科だったので、夏休みは絵の宿題もあるのに、読書感想文を書いた比重の方が大きくて、先生にガッカリされたことがありました。その頃は日本の純文学を読んでいました。でもなにか勉強するという意識で読んだというよりは、日本の文学って人間の暗部を描いているものが多くて、高校生が読んでいいのかと思いながら、興味深く読んでいた記憶があります。

      その中で大岡昇平の『野火』にも出会っていく。
      野火』は圧倒的に印象に残りました。読んでいると、映像がはっきり頭に浮かんできました。曖昧なところや難解なところもあるんですけど小説全体の輪郭がくっきりと。そのとき見えた映像はのちのちも大きくは変わらなくて、そういったイメージや描写や心理を大事につなげていったのが2014年に作った『野火』です。

      40年以上映画にしたいと思われていたわけですが、そこまで惹かれたのはなぜだと思いますか?
      原作があまりに素晴らしかったので、その世界を追体験したという気持ちはありました。戦争を描いたものなので本当には追体験したくないですけど、小説の世界に強い共感をもっていたので、フィリピンの原野を歩いてみたい、追体験したいと思っていたんですね。小説の世界を浴びたいというか。

      <『鉄男』から国際映画祭、そしてホドロフスキー監督の自宅へ>

      低予算で作られた『鉄男』ですが、製作費はどうやって集めたんですか?
      その前に『電柱小僧の冒険』を8ミリで撮ってお金は使い果たしていたので、『鉄男』を作るときは一銭もなかったんです。それで小さなコマーシャルを1本演出しました。それでもらった30万円で、スクーピックっていう誰でも使えるカメラを20万で買って、残りのお金でアイランプ3つとフィルムを買いました。あとは自転車操業ですね。映像だけ撮ったところで、ジャパンホームビデオという会社にビデオ化権を売って、結構大きな額をもらって完成させることができました。

      その作り方はインディペンデントとしても普通じゃないですよね?
      まったく一般的ではないです。自分でやれることから逆算していきました。出演者は当時一緒に演劇をやっていた仲間がほとんどで、主人公は劇団員ではないけど、僕の芝居にも出てくださった田口(トモロヲ)さん。他には、石橋蓮司さんと六平直政さんにも出演をお願いしました。

      劇団外の役者さんは口説いたという感じですか。
      石橋蓮司さんには、熱いラブレターといってもいい手紙を書きました。演じてもらう役柄の絵をつけて。

      『鉄男』はその年のローマ国際ファンタスティック映画祭で、審査員のアレハンドロ・ホドロフスキー監督などに絶賛されグランプリを獲得しました。
      『鉄男』を作る前までは鎖国状態。日本の中ですべて完結していて、海外なんて最初から意識の中に入っていませんでした。それでも、小松沢陽一さんが『鉄男』を映画祭に持っていってくださりグランプリを取って、お客さんがすごく湧いたっていうんで興味を持ったんです。それで『鉄男Ⅱ』のときに海外のいろんな国の映画祭を周るようになって、友達は海外でも作れるんだと気づきました。

      ホドロフスキー監督と初めて会ったのは?
      『鉄男Ⅱ』で周っているときです。ギャスパー・ノエがあまりに人懐っこい人で、僕がフランスに行ったときに「ホドロフスキーの家に行こうよ」って誘ってくれたんです。それで、これまた人懐っこいマルク・キャロと一緒に3人でホドロフスキーの家に行ったんですよ。ピザをご馳走になって、『DUNE』の分厚い絵コンテを見せてもらいました。映画小僧みたいに目をピカピカさせて見ました。

      <映画のフィクションラインとリアリティへの誠実さ>

      監督する場合でも演じる場合でもリサーチは入念にされますよね。『沈黙』では舞台となる長崎を訪れ、『野火』制作にあたっては戦争体験者の方々に自らインタビューされています。
      リサーチというより体験したいと思っているのかもしれません。『東京フィスト』というボクサーの映画を作ったときは、弟がボクシングのトレーナーだったこともあって、1年くらい五反田のワタナベジムに通いました。自分のやる気をたしかめるかの如く、雪の日でも傘をさして毎日行きましたね。拳銃が出てくる『バレット・バレエ』を作るときは、サイパンに銃を撃ちにいきました。映画で必要なことは、できるだけやっておきます。

      歴史やリアリティに対して誠実なアプローチですよね。
      もともと映画は嘘(フィクション)なので、嘘の水位をなるべく高いところにもっていこうという気持ちはあります。ギリギリまで本当っぽいほうが、最後の嘘が本当らしくなるというか。僕としては、最初から嘘っぽいと見ていられないと思ったんですね。そこまでうまくできているかはわかりませんが。

      CGも補助的にしか使わないですよね。アナログなものへの愛着があるのでしょうか?
      そうですね。やっぱり現場で起こっていることが面白いと思ってしまうんです。でも、僕はもともと社交的ではないもんですから、CGが世の中に出はじめたときは「えー、部屋で作れるの!」とすごく惹かれました。どこかの雑誌に「これからはウハウハだ」なんて書いた覚えがあります(笑)。あっ、あるとき樋口(真嗣)さんにCGのやり方を聞きにいったんだ。そしたらすごく難しくて。数値で出していくやり方が、自分の即興的な感じとは合わないなと思っちゃたんです。『ターミネーター2』でシュワちゃんが高いところからバイクで飛ぶシーンがあって、そこではシュワちゃんをヒモで吊って、後からヒモを消したようなんですが、そういうCGがいいなあと思ったりしました。僕の映画でも足すんじゃなくて、消すのはわりとやっています。

      生まれるのが30年遅かったら、1人でフルCGアニメを作っていた可能性も?
      30年遅くなくても、その希望はまだあります(笑)。デジタル技術のおかげで、鉛筆で描いた絵をアニメ化できたりとか。楽しいですよね。

      <敬愛する監督たちと映画を教える難しさ>

      脚本・監督・出演だけでなく、撮影、照明、美術まで1人でこなされる監督は珍しいと思います。このオールラウンド性はどこからくるのでしょうか?
      初めて8ミリ映画を作ったとき、必要に駆られてそうしたわけですが、全部面白かったというのはありますね。だから、自分が監督という意識はあんまりないですよ。映画全体を塊で作るという感覚です。ただある時期からは、自分の現場を体験したスタッフが力をつけて戻ってきてくれたので、助けてもらうようになりました。ただ、いまはある時期より、大規模と小規模ばかりで中規模の映画が作れなくなってきていて、僕はその中規模で作っていたんですけど、それが作れない以上大っきい映画はなかなか作れないので、小規模の映画を作るわけですが、そうなるとこつこつとまた自分でやらざるを得ないし、それを楽しむ方法を考えているというのはありますね。

      若い頃に影響を受けた映画監督を教えてください。
      黒澤明監督。ほかにも今村昌平監督や神代辰巳監督、岡本喜八監督、市川崑監督とか挙げればきりがないですね。海外だと、リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』や『エイリアン』、(デヴィッド・)クローネンバーグの『ヴィデオドローム』は『鉄男』に影響を与えています。でもなんといってもSFにかぎらず影響を受けたのは(マーティン・)スコセッシ監督。今生きている監督では一番といってもいいくらい好きですね。

      映画監督になるには専門の学校にいく必要があると思いますか?
      自分が映画の学校に行っていないので、必要か必要じゃないかどうもよくわからないですが、自分の現場に来たひとは何か言葉を超えた大事なものを勝ち取っていくという確信はあります。

      最後に、映画を撮りたいと思っているユースにアドバイスを。
      それはもう一言、「作ったらいい」というしかないですね。僕が映画を始めた頃はフィルムしかなかったからお金がむちゃくちゃかかったし、ましてや8ミリフィルムで撮っても、16ミリ以上じゃなきゃ劇場映画とは位置づけられなかったですからね。でも今はデジタルで撮って作品さえ良ければ、映画館でかけてもらうことができる。ちょうど画家みたいなもので、才能の差があるだけでキャンバス(土台)は同じ。キャンバスは高くないんで、やるんだったら「キャンバス買ってはやく描いたらいい」ということですね。非常にいい、申し分ない環境だと思います。

      『電柱小僧の冒険』on VICE PLUS.

      VICE PLUSへの登録はこちらから。今なら初月無料で視聴できます。

      Credits

      Text Sogo Hiraiwa
      Photography Yoko Kusano

      Connect to i-D’s world! Like us on Facebook, follow us on Twitter and Instagram.

      Topics:film, culture, interview, shinya tsukamoto, the adventure of denchu-kozo, tetsuo the iron man, tokyo fist, bullet ballet, fires on the plain, tomorowo taguchi, renji ishibashi, naomasa musaka, gaspar noe, alexandro jodorowsky, dune, shinji higuchi, the terminator 2, ridley scott, alien, blade runner, david paul cronenberg, videodrome, martin scorsese, silence, yoko kusano, sogo hiraiwa, cult

      comments powered by Disqus

      Today on i-D

      Load More

      featured on i-D

      More Features