「削るだけではなく、修復できるのもヒップホップ」:THA BLUE HERB ILL-BOSSTINO interview 後編

THA BLUE HERB ILL-BOSSTINOが語るラップバトルや言語について、そして“持たざる者”だったという自身の軌跡について訊いた

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apr 18 2018, 6:01am

「削るだけではなく、修復できるのもヒップホップなんだ」:THA BLUE HERB ILL-BOSSTINO interview 前編はこちら

──ラップバトルがこれだけ流行っているなかで、BOSSが「削るだけではなく、修復できるのもヒップホップなんだ」と言ったのも印象的でした。
俺もまだまだひよっこだけど、何事も長くやらないとわからないことってある。現に俺も最初は人のことを削って札幌から表に出てきた人間だし、自分を知ってもらうためには押し通さなきゃならない場面ってやっぱりあるんだよ。エンターテインメントとして一定のルールのなかでディスりあって、終わって握手するというバトルに出てるのは、超いいやつで優しいやつらが多いことも知ってる。本当の悪党はいないと思う。出てる中で知ってる友達も多い。でも、だからこそ、そういう人たちが向かい合ってお互いに罵り合って、果てに「殺す」とか「死ね」とか言ってるのを観るのは今はちょっと苦しいね。10年後も同じようなことを言ってたらおしまいだと思うし、やっぱり自分で曲を書いて、それをライブでお客さんに伝えて、そこで対価を得ることが俺は大事だと思う。対価はお金だけじゃないからね。お客にエネルギーをもらうし、俺自身が正されていくから。自分さえよければいいって思ってたのが、「そんなんじゃダメだ」って学ぶことがあるわけよ。俺のように自分のことしか考えてなかったチンピラに実際に起こった事で。ヒップホップってそういうものなんだよ。バトルもヒップホップの表現の一つではあるけど、ラッパーだったらそこは早めに終わらせたほうがいいと俺は思う。

──最終的には音源、作品を創造することが、ほんとの意味でそのラッパーのプロップス(リスペクト)を高めていくのではないかと。
と、俺は思うけどね。バトルで起こってるであろう奇跡も凄いとは思うよ。瞬間のひらめき、その即興性の輝きってすごいじゃん。そこに若さや初期衝動が絡み合うと最高だよね。ジャズだってロックだって、なんでもそう。でも、「殺す」「死ね」の応酬で終わるのか、そこから未来に何かを残すのかという違いだよね。俺はお客と相互で刺激し合えるのが大好きなところだから。「この話は直接あなたの人生に作用する可能性があるんだぜ?」って思ってやってる。「殺す」とか「死ね」の方じゃない。俺はそれでヒップホップを好きになったから、そっちを信じたいね。

──だからこそ、BOSSは残すほうに矜持を持っている。
間違いなく俺はそっちだね。

──言い方が難しいけど、これだけラップの間口が広がっているなかで、この野音のライブ映像を観て燃える若者もいるだろうし、やめようかなって思う人もいると思うんですよ(笑)。
それでいいと思う。むしろそこから乗り越えてきてほしいね。このライブ映像作品もヒップホップにおける一つの過程だからさ。今の時点では誰もこれを超えられないと思うけど、いつかは自然と超えられると思うよ。

──改めて根本的な質問になりますが、BOSSがB.I.G. JOE氏のラップに触れて、自分もマイクを持ちたいと思ったときの感覚ってどういうものだったんですか?
もともと、俺はダンサーでさ。ダンサーをあきらめて、挫折して、パーティーオーガナイザーになったんだよね。大学は卒業したけど、すすきのでウェイターをやっていて。要するに本当にやりたいことがなかったんだよね。そんなときにB.I.G. JOEのラップを観て、俺という人間の使いみちはここにあるかもしれないって思ったんだ。

──キャリアのスタートは遅かったわけじゃないですか。
そう、すげえ遅いよ。

──何も知らずにBOSSのラップを観た人は、すごく早い段階で自分の表現性を見極めて研ぎすませてきた人だと思うはず。
それはB.I.G. JOEだよね。B.I.G. JOEは19歳くらいで今のスタイルが完成されていた天性の才だから。俺は全然そうじゃなくて、自分で何とかして自分のスタイルを見つけてきた側。

──持たざる者として始まった。
間違いなくそう、持たざる者だったし、出どころが敗者だった。100%コンプレックスから始まってる。「劣等感」、「僻み」。そこからスタートしたんだよ。

──でも、鍛錬して天性の人に追いつきたいと思ったわけですよね?
思ったね。それは……なんて言ったらいいのかな? 俺は根気強いんだよ。俺に天性のものがあるとしたら、根気強さだと思う。だから、根気強くやれば俺にもできるかもしれないって思ったのかな。でも、俺というラッパーができるまでとても時間がかかったよ。

──BOSSのスタイルが完成するにあたって、札幌にい続けたというのも大きいと思います。
そうだね。東京にいたら、俺も東京のスタイルになってたと思う。札幌にいたから、俺は東京をまったく通さずにUSのヒップホップを聴いていたし、余計なアドバイスや指針にも触れずに、自分で勝手にスタイルを築き上げていけたんだと思う。当時はインターネットもなかったしね。俺の周りの先輩は東京のラッパーがライブをしに札幌に来るっていうときも浮かれてる人は一人もいなかった。俺も「媚びるな」って教えられてきたんだよ。

──ライブのラスト前にTHA BLUE HERBの原点中の原点「この夜だけが(1996年ヴァージョン)」の音源をお客さんと一緒に聴くというシーンがありましたね。しかも、そこにはまたドラマが……。
そう。うれしかった。俺も今となってはSNSだって使うし、それによって繋がったこともたくさんある。日本中のラッパーのこともすぐわかるし、あの時代の札幌のような隔絶された時代とは違うよね。

──フロウも今とは全然違いますよね。
そうだよね。野音のライブでは1stアルバム(『STILLING, STILL DREAMING』/1999年リリース)に収録されている曲もたくさんやったけど、結局今の歌い方でやってるから。でも、あれってタイムカプセルみたいなもので。「この夜だけが(1996年ヴァージョン)」を野音でそのままかけたことで、時間がそれだけ経ったことや、こんなやつでもここまで来たということを象徴的に示せたと思う。

──次のアルバムはほんとにBOSS自身も何年後に完成するか予想してないと思うんですけど。
このライブ映像がリリースされるまでは、このために生きてるね。そこからはまったくわからない。いつものようにいい曲を書きたい、カッコいい曲だけを作ろうぜって感じ。前のアルバム(『TOTAL』/2012年リリース)を作る前も、ライブ活動休止前にライブ映像作品(『PHASE 3.9』/2011年リリース)を出して。そのタイミングでいろんな人にインタビューしてもらったときに「これからどうするんですか?」って訊かれたけど、今日と同じように答えたのね。結局、その直後に起きた3.11(東日本大震災)に自分自身がすごく影響されて『TOTAL』の曲が出来ていった。だから、これから起こることに俺は必ず影響されると思う。それは天変地異かもしれないし、政治の大きな変化かもしれないし、誰かの誕生や死かもしれない。これから起こることを俺がどう受け止めていくかというだけの話。でも、それだけの時間がないと俺のなかに言葉は降り積もらないんだ。

──先日は、ヘルシンキに旅に出ていましたが、海外に長く滞在する可能性はないんですか?
それはわからない。ノリだね。まだ行ったことのない国、土地に行ってみたいという動機なだけで。俺のなかで海外は旅をして、散歩して、現地でご飯を食べて、お酒を飲んでというだけで楽しいからそれでいいやという感じ。旅は旅でしかないから、そこと制作は近いようで遠くもある。日本でもまだ行ったことのない土地はたくさんあるし、俺たちのことを知らない人たちもたくさんいるしね。そういう人たちと向き合うだけで十分忙しいね。

──海外でライブしたいとは思わないですか?
ライブ? それはないね。言葉が通じなきゃやる意味がない。

──THA BLUE HERBは言語を飛び越える表現性を持っていると思うんです。
俺はね、俺のラップを海外の人たちの前でやって、言語を飛び越えて何かが伝わるということに意味を見出していないんだよね。俺のラップは言葉の細部にわたってこだわりがあるから。その細かい所を理解できる人たち──要するに本質的には日本人にしか伝わらないと思ってる。理解できる人はとても限られてると思ってやってる。ただ、一つね、俺のリップに合わせて俺の言葉を、その現地の言葉で、ニュアンス含めて忠実に再現して、かつ完璧なタイミングで可視化できるVJがいればやれるかなとは思う。

──たとえば海外のオーディエンスもたくさんいるフジロックだったら、どういう意識でステージに立っていると思いますか?
残念ながら日本人程は彼等には理解できないって思いながらやってるよ。フジロックで俺たちのライブを観てる海外の人がいて、横にいる日本人のお客に向かって英語で「俺はこいつが何を言ってるかわからないけど、それを飛び越えてくるものを感じるぜ」って言うとするでしょ? で、そのときにその日本人のお客が「もしこいつが何を言ってるか全部理解できたら、おまえの人生が変わるよ」って言ってもらえるラッパーになりたい。俺はそういう存在でいいんだよ。それで評価を得てるし、ご飯も食べられてるし、俺も自分の表現に満足してるから。闇雲にそういう言語を越えた何かを伝えたいというふうには思わないね。

──これまでも貫いてきたことを、これからも貫いていく。
うん、それで十分。