Gucci spring/summer 18. Artwork by Ignasi Monreal.

ミレニアル世代にとっての贅沢さとは?

生まれた頃からマーケティングされ続けてきたデジタルネイティブ世代が求める「ラグジュアリー」とは?

by Felix Petty; translated by hiromitsu koiso
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feb 5 2018, 11:00am

Gucci spring/summer 18. Artwork by Ignasi Monreal.

This article was originally published by i-D UK.

ミレニアル世代は、新聞で言われている通り様々なものの息の根を止めている。彼らは柔軟剤や旅行産業を殺した。美容産業やビジネススーツを殺した。シチュエーションコメディとセックスと石油産業を殺した。この世代は両親が親しんだ文化を滅ぼしたがっている。

そのあとの世界はどんな姿をしているだろう? ミレニアム世代が殺戮を終えたあとに何が残るのだろう? 彼らが立ち止まり、散らばった文明の残骸を足下に目にしたとき、どんな気持ちになるだろう?

世界は変化し続ける、恐ろしいことに。美容産業で働くビジネススーツたちは怯えている。柔軟剤メーカーの大物とシットコムの脚本家はまともに眠ることができない。石油業界の大君は12月の凍える晩に路上で残飯を請う。アイデンティティを築く術は変わり、文化を表現する術は変わり、ステータスを表す術は変わった。これらすべてにラグジュアリーファッションは関わる。だから、これらすべてをラグジュアリーファッションが変えていく、と考えておいたほうがいい。では、ミレニアム世代にとってのラグジュアリーファッションとは? 伝統あるブランドと、歴史ある会社と、ブランドの巨大コングロマリットは、死を免れようとして2017年に「若者」「デジタル」「世の中への意識」「美意識」「社会問題への関心」に方向転換した。これら5つのバズワードは、中年のマーケターが思い込んでいるミレニアル世代のステレオタイプを示す五芒星だと言っていい。

80年代から90年代後半に生まれたミレニアル世代は、インターネットやスマホとともに大人になり、生活や意見や希望や夢やセルフィーをシェアする。彼らは個人主義者で本質的に真面目だ。ジェネレーションXが皮肉屋でディタッチメントだったのとは違う。主義が持つ力を信じ、世界は変えられるのだと信じようとしている。

問題は、これが従来のラグジュアリーファッションの会社のやり方とギャップがあることだ。どうやってそのギャップを埋める? どうやってマーケットを作る? どうやって新しい消費者といい関係を築く? すぐに彼らは大多数を占めるようになる。まだ誰も20才の若者に30万円のコートを売っていない。ただアイデアや、フィーリングや、エートスを売っているだけだ。

販売方法も問題ではある。今年CelineとPradaは、乳児への取り組みを始め、遅ればせながら流行を追ってEコマースに参入した(Celineはインスタグラムも始めた)。時間の余裕はないミレニアル世代はパソコンやスマホから買い物をするけれど、店ではしない(ミレニアル世代はショッピングモールをも潰しつつある)。CelineとPradaは互いの状況が異なっていることに気づいている。両方とも苦境にあるが、ミウッチャ・プラダには並外れた才能とビジョンがあるにも関わらず、Pradaはセールスが落ちていることへのコメントをずっと避けている。

唯一ネットの売上は伸びている。BoFによれば、「マッキンゼー・アンド・カンパニーの予測では、10年でラグジュアリーの売上の割合は3倍になり、Eコマースが中国とアメリカに次ぐ第三のラグジュアリー市場となる」。Eコマースは成長するが、ミレニアル世代をターゲットとすると新たな課題が現れる。15万円のバッグや30万円のコートをウェブサイト上のフラットな画像で売れるのだろうか? ブランド名はピクセルの無限の海でも品質を保証することができる。しかし、ブランド名は特有の世界を想像させなければいけない。ミレニアル世代は商品と同じくエクスペリエンスを買うのだ。

現在世界中のミレニアル世代に最も売れているブランドは、BALENCIAGAとGucciだ。デムナ・ヴァザリアとアレッサンドロ・ミケーレの二人は、ブランドエクスペリエンスを見事に作り上げた。その中心にあるのは商品、つまりメッセージと記号だ。二人とも巧みに(そして何より)違和感なく、インターネットカルチャーのフレームワークに自分たちのデザインを組み込んだ。ファッションの遺伝子の継承? 彼らは果てしなくスクロールできるフラットな世界の中で、驚きと衝撃とユーモアを動力として、その存在を際立たせた。美的には両者の違いは際立った——片方はシリアスな古典主義とロマンス、もう片方は圧倒的にモダンでユーモア——が、両方ともミレニアル世代のエクスペリエンスを提供している。

それ以外では? コンテンツのプラットフォーム、ネイティブ広告、ブランドの全方位的なロールアウト。BALENCIAGAとGucciはこうしたことを行なった。Gucciは特に成功した。しかし、商品が良くなければデジタル空間での戦略は意味がない。逆もまた真だ。Gucciがミレニアル世代にヒットしたのは、オンラインのコンテンツを充実させたからだろうか? 違う。ヒットの理由は、Gucciの服が好評だからだ。つまり、ミレニアル世代の情熱と感覚を合わせ、彼らが自己投影するモデルを用い、そのモデルたちを個人主義者の群れに組み込んだ。例をあげよう。Gucciはファーフリー(毛皮使用の禁止)を宣言したが、それは、ミレニアル世代にヴィーガンやベジタリアンが多く、政治に熱く、動物の権利と環境問題に関心があるためだ。第二四半期の決算を考慮したブランド戦略なんかではない。

廃れていく古臭いマーケティングに慣れた人々にどうやって売り込むか? ブランドエクスペリエンスでマーケティングするのが一番いい。その体験は商品に不可欠なものになる。ブランドのナラティブや表現は、体験と商品の隔たりを埋め、生き生きとしたイメージを生み、すべてをリアルなものにする。

例えば、Burberryは率先してテクノロジーの革新に取り組んだ。自然に、つまり、日々のエクスペリエンスの一部と感じられるようにしながら、人々をブランドに呼び込んだ。ファッションショーをストリーミングしたり、ソーシャルメディアを活用したり、消費者がコレクションをプレオーダーできるようにしたり、Apple、WeChat、Google、Snapchatと連携して今何が売れたのか把握するシステムを取り入れたり——これらを初めて行ったブランドがBurberryだ。

ここ12ヶ月のBurberryはこうしたテクノロジーを駆使して、世界中で愛されるチェックへの回帰や、ゴーシャ・ラブチンスキーとのコラボや、写真のエキシビションを行ってきた。そして英国繊維産業のなかに、つまり英国のアイデンティティという大きな枠組みのなかに、ブランドの歴史を確立したのだった。

Burberryがチェックを再生させたことは、他のブランドにとって参考になる。Burberryはかなり長いあいだ、ブランドの伝統のなかから切り札になるものを見つけられずにいた。しかし、チェック柄が復活するとたちまち評論家に賞賛され、記事にもなった。その反応は本物の伝統に対する愛のあかしだ。

フランスのブランドはミレニアル世代にどう応えてきただろう。キム・ジョーンズのLouis VuittonはSupremeとのコラボを発表した。これは、ラグジュアリーゲームにおける古いルールの破壊であり、新たなルールの表明だ。SupremeとLouis Vuittonのタッグは魅力的で、ミレニアル世代もこぞって手にしたくなった

マリア・グラツィア・ キウリのDiorはミレニアル世代に別の角度からアピールしている。「世の中への意識の高さ」をストラテジーに取り入れ、世界を変えたいというミレニアル世代の気持ちにブランドを合わせた。フェミニズムのスローガンを入れたTシャツや、女性アーティストとのコラボ。マリアはそれらを、キッズが立ち上がって叫んでいる目の前に置こうとしているのだ。

老舗の高級メゾンが政治的なスローガンの入ったTシャツを展開し、ストリートウェアのブランドとコラボをする。そのような以前では考えられないことが起きはじめている。だが実際、ミレニアル世代にとっての「ラグジュアリー」とはカシミアでもアンゴラヤギ(動物に優しくない)でもクチュールでも「メイド・イン・イタリア」でもない。ましてやヘビ革やミンクやエキゾチックなレザーでもない。ラグジュアリーは自分を映しだす新たな鏡であり、服にとどまらない自己表現だ。確かにChanelのロゴは独特の魔力と独特のパワーを持っている。しかし、ミレニアル世代にとって、その神秘的な力はあらゆるエクスペリエンスに宿っているのだ。

服が着ている人を表す。そして、なりたいものを着る。

This article originally appeared on i-D UK.