「紙とペンだけあればいい」:浅野忠信はなぜ3000枚以上のドローイングを描き続けるのか?

自身3冊目となる画集『蛇口の水が止まらない』を発表し、東京ワタリウム美術館でも作品展が開催されている俳優・浅野忠信。彼はなぜ紙とボールペンを用いて3000枚以上のドローイングを描くのか? ダリ、つげ義春、アメコミ——。幼少期に受けた影響や演技・音楽との関係から、その多彩な表現の源泉に迫る。

by Mami Hidaka
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14 December 2018, 8:11am

日本を代表する俳優として国際的に活躍するかたわら、音楽活動や絵画制作も行っている浅野忠信。2013年に映画『羅曼蔕克消亡史』の撮影のため中国に滞在していた際に、紙とボールペンのみを用いたシンプルなドローイングを開始した浅野は、それ以降18年夏までに3000点以上ものドローイングを描き上げた。

映画の台本やスケジュール表の裏、ホテルのロゴの入ったメモ帳、薬袋などに、奇妙なタッチで展開されるその作品は、浅野のInstagramやTwitterなどに投稿されるたび話題を呼んできた。

そんな浅野の通算3冊目となる画集『蛇口の水が止まらない』(HeHe)が、12月上旬に刊行された。『error』(リトルモア、1999)、『BUNCH』(リトルモア、2003)に続いて、約15年ぶりとなる本著には、3634点から厳選されたドローイングが約500ページにわたって収録されている。加えて、浅野が本著のために制作したアルバム『かげの音』も付属。

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絵画制作、音楽活動、俳優業のいずれにおいても、唯一無二の存在感を発揮している浅野。その多彩な表現の源泉をたどる。

──2013年より、3634枚ものドローイングを描いてきたとのことですが、モチーフや画題はつねに湧き出てくるのですか?

どういった人の動きを描けば面白いのかを常に考えていますね。「バケツを持っている人」や「はしごに登っている人」を想像することが多いです。だいたい同じアイデアしか出てこないので、そういうときは携帯で、なにか作業をしている人を画像検索したりします。人の動作を描きたい。


──浅野さんのドローイングには、工事現場の人や工事を連想するようなモチーフが描かれていることが多いなと。以前使っていたアトリエも、横浜の工場地帯にあったんですよね。

そうですね。いわゆる貸し工場といって、工場地帯のプレハブでした。

──おひとりで?

基本的にはひとりでしたね。そこにだいたい僕の兄とか、バンドメンバーが集まってきたり。その工場地帯は本当は生活しちゃいけないところなんだけど、2歳くらいの子供から高校生くらいのお兄ちゃんまで、7人くらいの大家族が朝から晩までいて。絶対住んでいたと思うんですよね。まるでつげ義春さんの世界みたいだなと思って、強烈なインパクトとして今でも残っています。

──まさにつげ義春さんのような世界は、浅野さんの絵に感じていました。急なパースがつけられているところや、奇妙でシュールな雰囲気も。

つげ義春さんはほんとにすごい大好き!

──画集のあとがきには、冒頭からダリのエピソードが書かれていましたよね。漫画以外に、ダリなどのシュルレアリスムの画家にも影響を受けたんでしょうか?

影響を受けたというよりは、昔住んでいた家のリビングに画集が並ぶ本棚があって、その端からダリの大きな画集が覗いていたんですよね。その表紙の絵が、ダリが奥さんと一緒にいて、鏡を見ている絵なんですけど。それが毎日目に入るから、小さいときは怖くて。大人になるにつれ、それがダリで、あれが画集だったんだとわかりました。

──工場地帯にアトリエを借りていたのは、意外と最初の画集を刊行されたあとのことだったんですね。

そうですね。最初の画集が出たあとに借りたかな。デカい作品もあったんで、最初はアトリエというよりは倉庫として利用していました。

──以前は、大きいキャンバスにアクリル絵具やスプレーを用いたカラフルな作品を発表してましたもんね。近年続けているモノクロームのドローイングは、その頃と打って変わって、素材や色彩がかなり制限されていますね。

最初は大きくてカラフルな絵も面白かったんですけど、面倒くさがりだからだんだん大変になってきて、「スプレーどこに置こう」とか「この絵はどこに置こう」とか、色々収集がつかなくなり、こりゃもう無理だなと。

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──今日もご自身の絵のプリントTシャツを着てきてくださっていますよね。可愛いです。

そう! 今は服もTシャツくらいでいいんじゃないかと思っています。

──試行錯誤を経て、絵も服作りもだんだんと身近で手軽な素材に?

はい。絵を描き始めた幼少期には絵具も使っていましたけど、それ以降は鉛筆とノートとか、レストランで借りられるようなボールペンとかで。ただのペンと紙が、自分がいちばん長く続けてきたスタイルなんですよね。教科書に落書きとか、そのくらいが自分に合ってる。それ以上になってくると、だんだん手に負えなくなってくるから。スプレーでも絵具でも使っていいとなると、自分が描きたいものが散漫になっちゃう。今はもう紙にペンだけだし、余計に考えることはないので、自分が本当に描きたいものもはっきりしています。ただ作業をしている人が描きたかったんだよな、と。

──どういう作業している人がいちばん魅力的ですか?

それが、実は出てこないんです。例えば「ラジカセを持っている人」とか「一緒にテーブルを運んでいる人たち」とかいろんな人を描いてきたけど、いまだにどの人がいちばん魅力的かはわからないんですよね。「不思議な町」と検索して、沖縄の町の写真とかが出てきたりすると、偶然そこに写り込んじゃった人がいたりして、そういう「ただ歩いているだけの人」が魅力的だなと思う。変にポーズを取っている人とかじゃなくて、偶然写り込んじゃったくらいの人って、当然ながら光の当たり方も計算されていなくて、佇まいが絶妙なんですよね。

──浅野さんの絵はすべて光がドラマチックに描かれていて、まるで舞台のようですよね。

最初は影を捉えたいと思って写真を見ながらきちんと描こうとしていました。けど、それも途中でやめました。小箱をつくって、電球を当てて、たまにそこにフィギュアを乗せたりしては影の落ち方を観察したりもしてたけど、影って意外とめちゃくちゃなんです。それから潔くやめて、描きたいところに影を描こうと思ったらすごく楽になった。アメコミの影の描写を参考にしましたね。アメコミって影とか上手に描かれているけど、都合よく省かれていたりするので(笑)。

──日本の漫画は、描写が精緻で影のトーンも広いので、なかなかアメコミのような表現は見当たらないですよね。

そうそう。アメコミはある時代のものはだいたい全部が同じ描き方だったりするんですよ。まあ最近は、日本の漫画と近いような描写の細かいものもありますけどね。僕は古いのが好きですね。

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──モノクロームの落書きを始めた2013年頃から、主演映画や受賞作品も続きますよね。当時は、自分の演技に固執して雁字搦めになっていたとあとがきで語られていますが、絵の制作スタイルを見つけると同時に、画家としてだけでなく様々な角度から視界がひらけたのでしょうか?

そうですね。絵は自分の中でいちばん長く続けているものだと思うし、そういう意味では明確にしやすかったかな。俳優として先に有名になったけど、音楽活動と俳優業は同時出発、同時進行をしていて。覚えているのは『バトルシップ』(2012)の撮影で、ハワイやルイジアナ州に行っていたとき、撮影がないときも撮影が終わったあとも、ホテルにひとりだったので、部屋に機材を持ち込んでずっとデモテープを作ってたんです。ちょうどその時期にバンドで作った、同じフレーズを繰り返すループの曲がものすごく自分にフィットして。撮影中、あまりにも暇だったときに「あの感覚はなんだったんだろう」と分解していたら、ループが好きだということを強く実感しました。

だからこの画集に付属されるアルバムも、全部ループの曲で構成されているんです。そうやって音楽のスタイルが明確になっていくなかで、俳優業に関しても疑問が湧いてきた。俳優は、僕が0からつくれる仕事ではないし、100をもらえるというわけでもない。だから俳優が自分らしいスタイルを見つけることは難しいことだと思うんですけど、演劇論的にいえば、今こうして自然に話しているような「メソッド」(*)のうえに、「パントマイム」の要素を重ねることが大事かなと感じています。そういう気づきは、音楽のおかげだと思いますね。

──絵、音楽、演技。その3つが作用しあって、それぞれのスタイルが明確になっていったんですね。

本当にそうですね。特に音楽から得るヒントは大きい。さっきの話みたいに「ループの音楽を続けていけたらいいや」と気づいたことで、絵においても「紙とペンだけあればいいや」と思えた。俳優に関しては「これでいいや」みたいなものははっきり言えないけれど、演じるなかでどの要素を大事にしていけばいいかは明瞭になりましたね。

絵、音楽、演技の3つに通じるのは「面倒くさいことをやめる」ということですね。聞こえが悪いかもしれないけど、僕にとってはこれがいちばん重要な気がします。例えば、映画やテレビの撮影に呼ばれなくても、結局僕は家でひとりで絵を描くわけで、それに関しては面倒くさいことなんてないじゃないですか。撮影だと早起きして撮影に行かなきゃいけない、メイクしなきゃいけない、髪の毛にスプレーをかけられるとか、やっぱり嫌なんですよね。「髪洗わなきゃいけねぇのか、やだな」と思っちゃう(笑)。そういうときは絵を描いて自分を楽しませていますよ。

──撮影現場で「嫌だな」と思いながらペンを走らせていることもあるんでしょうか(笑)。

めちゃくちゃ多いですよ。「あいつ、なんで俺にあんなこと言うのかな」とかね(笑)。

──以前、頭から指が生えて顔がぐちゃぐちゃになった人の絵を見たことがあり、とても印象的だったのですが、ああいう絵にもそういった感情が込められているんですか?

逆にああいう絵を描いているときのほうが精神状態はいいのかもしれない。楽しいなと思いながら描いてますよ。むしろなんでもないゴミ箱とかを描いているときはやばいかも。「あいつ一字一句セリフを間違えるなって言いやがったな、語尾くらいどうだっていいじゃねぇか!」とか荒ぶってるときだったりする(笑)。

──現場での浅野さんは、与えられた役柄に入っている状態だと思いますが、絵を描くときは素の自分に戻る時間なのですか?

はい。絵は小さい頃からずっと続けていることだから、何よりも楽で自由になれる。絵を描いていると、小さい頃からずっと変わらない時間がそこにある気がします。

──12月7日からは、ワタリウム美術館での個展も始まりますね。膨大な数のドローイングがどのように展示されるのか楽しみです。おそらく画集には未収録の作品も個展で観れるんですよね。

できる限り多く飾ってほしいとお願いしました! 今日もこれから展示作業に行ってきます!

(注釈)
* メソッド演技法。リー・ストラスバーグらアメリカの演劇陣によって、1940年代にニューヨークの演劇において確立された演技法・演劇理論。役柄の内面に注目し、感情を追体験することなどによって、より演技・表現におけるリアリティを高めること。

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浅野忠信個展
2018年12月7日(金)〜2019年3月31日(日)
会場:ワタリウム美術館(東京都渋谷区神宮前3-7-6 TEL : 03-3402-3001)

蛇口の水が止まらない
浅野忠信作曲オリジナル・アルバム「かげの音」(64曲67分)CD付