ウェス・アンダーソンのこだわり:『犬ヶ島』評

黒澤明へのオマージュ、細かすぎる細部へのこだわり——ウェス・アンダーソンが近未来の日本を舞台にした最新作『犬ヶ島』へ注いだ情熱はどこからやってくるのか? 翻訳家の三辺律子がレビュー。

by Ritsuko Sambe
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28 May 2018, 11:49am

「次作を最も期待される監督の一人」として知られるウェス・アンダーソンの新作は、20年後の日本を舞台にしたストップモーション・アニメだ。黒澤映画へのオマージュがちりばめられ、監督本人も宮崎駿映画の影響を語るなど、すでに日本でも話題沸騰。毎回、豪華俳優陣で知られるアンダーソン映画だが、今回も、犬を演じる声優に、ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、ビル・マーレイやスカーレット・ヨハンソン、人間役では、先日『スリー・ビルボード』で主演女優賞を総なめにしたフランシス・マクドーマンドや、渡辺謙、オノ・ヨーコ、『君の名は』の主題歌を大ヒットさせたRADWIMPSのボーカル野田洋次郎など、ひとクセもふたクセもある俳優たちをそろえている。

『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)や『ムーンライズ・キングダム』(12)、『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)と着々とファンを増やしてきたアンダーソンだが、その魅力を語るのは案外難しい。

『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』は、ユダヤ系のテネンバウム一家を描いた作品。三人の子どもたちは幼いころから才能に恵まれていたが、大人になってからは思うようにいかない日々を過ごしている。そんなとき、家を出ていったはずの父が、死期が近いと言って、ばらばらになった家族を呼びもどし……という、家族の物語だ。『ムーンライズ・キングダム』は、孤児の少年と家庭で問題を抱える少女が駆け落ちする話、『犬ヶ島』と同じストップモーション・アニメの『ファンタスティックMr. FOX』はロアルド・ダールの児童文学が原作で、狐の父子(おやこ)愛を描いている。そして、『犬ヶ島』は、両親が亡くなっておじに引き取られた少年と愛犬の友情物語だ。

こうしたあらすじだけ見ると、どれも家族愛や友情を描く定番の感動物語に思えるだろう。いや、実際、家族愛や友情が描かれているし、感動もするのだが、「定番」を期待して観にいくと、ちょっとちがう——というか、だいぶちがう。

そもそも上記のような「あらすじ」からこぼれおちるものがあまりにも多い。冒頭に書いたように、『犬ヶ島』の舞台は今から20年後の日本。犬たちのあいだに“ドッグ病”が蔓延し、メガ崎市市長の小林は人間への感染を恐れ、犬はすべてゴミの島である“犬ヶ島”へ追放するようにと命じる。その第一号になったのが、小林の養子であるアタリ少年の愛犬スポッツだった。アタリ少年はスポッツを探すため、小型飛行機で犬ヶ島へ向かう。アタリを迎えたのは、今や犬だらけとなった島で幅を利かせる五頭の犬たち。彼らは、アタリ少年とともにスポッツを探しはじめる……。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

……というのが大筋ではある。が、そこへ予言犬やらそのスポークスマン(ドッグ?)がからんだり、元ショードッグの謎の美女犬が現われたり、果てはロボット犬まで登場、猫好き犬嫌いのメガ崎市市長は何やら企んでいるようだし、“ドッグ病”の血清を開発した天才博士は子どもだましの手に引っかかり、助手のヨーコ・オノ(そのままの名前で出演している)は飲んだくれ、市長の悪事を暴こうとする正義の味方は、なぜか高校新聞部の一部員と金髪をカーリーヘアにした交換留学生トレイシーだったりする。

「定番」に収まらないのは、小道具も同じだ。つねに細部(の細部の細部)にまでこだわりを見せるウェス・アンダーソンだが、今回も、寿司をにぎったり力士が相撲をとったりと、おそろしく手間がかかっているにちがいないシーンが数多く登場する。それに対するアンダーソンの答えは、こうだ。「どうしてもやりたかったからね」。アンダーソンはインタビューではっきりと、寿司や相撲のシーンはストーリー上どうしても必要というわけではないし、相撲のシーンにいたっては、物語の展開にはまったく関係ないけれど、「どうしてもやりたかった」からやった、と堂々と(?)言っている。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

すでにいろいろなところで言及されているとおり、黒澤映画を中心に数々の映画作品へのオマージュが見られるが、これもアンダーソン監督のお家芸。『卒業』『地獄の黙示録』『ホテル・ニューハンプシャー』などこれまで引用されてきた映画は数知れず。『グランド・ブダペスト・ホテル』にいたっては、シーンの時代に従ってスクリーンサイズ(アスペクト比)まで変化させている。往年のハリウッド映画全体に対するオマージュというわけだ。

つまり、すべては「やりたいから」やっているのだ。なぜ予言犬なのか、なぜ交換留学生なのか、なぜ相撲なのか、なぜ黒澤映画の音楽なのか、そこに「必然性」はない。アンダーソン映画を観ていると、「なぜ」この人物を、この服装を、この小道具を、この映像を(例えばシンメトリーな映像へのこだわり!)を選んだのかという問いへのはっきりした答えが見つかることはほとんどない。けれど、答えがないことに、アンダーソンはこだわりつづける。今回作られた人形の数は1097体。アタリの髪は二日間かけて手で植え込まれ、トレイシーのそばかすは321個、人間のキャラクターはそれぞれ53種類の顔と48個の差し替え用の口を持っているという。むだを省くことが評価される現代、必然性のない「やりたかったからやった」こだわりをぜひ楽しんできてほしい。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

犬ヶ島』5月25日(金)全国ロードショー

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