野中モモ評:『メッセージ』

SF映画の金字塔『ブレードランナー』の続編の監督に抜擢されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の最新作はこれまたSF大作。言葉の通じない知的生命体と人間とのコミュニケーションを描いた『メッセージ』を翻訳家・ライターの野中モモがレビュー。

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maj 30 2017, 8:50am

世界のあちこちに突如出現した謎の巨大飛行体。それらはどうやら地球外からやってきた宇宙船らしく、内部には人類とはまったく異質な知的生命体がいた。彼らの目的は? われわれに何を伝えようとしているのか? 米軍に雇われた言語学者ルイーズ(エイミー・アダムス)は、手がかりのないところから彼らとの意志の疎通を試みるのだが......。「映像化不可能」と言われたテッド・チャンの短編SF小説『あなたの人生の物語』を、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化。今秋公開予定の『ブレードランナー2049』の監督に抜擢されて熱い注目を集めているカナダの俊英だ。

本作の魅力としてまず評価できるのは、草原に浮かぶ(株式会社栗山米菓の「ばかうけ」に形状が似ていると評判の)飛行体をはじめ、ギョッとするような「現実にはまずありえない」絵面が美しいこと。巨大イカのおばけのような異星人「ヘプタポット」が白い霞の向こうにヌッと立つ姿は、これぞ「映画館で見たいもの」だろう。人間と異星人とを隔てるガラスの水槽のような仕切りは、映画館のスクリーンと入れ子構造になって「劇場」感を強める。ゴチャゴチャしない方向で「シアトリカル」な映像表現がクールだ。

また、最近の大スタジオ制作のキッズ向けアニメーション作品は海の生きものをたいへんチャーミングに動かしていて(『ファインディング・ドリー』はタコ、『SING』はイカ、『モアナと伝説の海』はカニ)、ああいうのって被らないように示し合わせているのかな、次はなんだろう......と思っていたこともあって、「地球上には存在しない7本脚の異星人(実写)」を見るのは愉快だった。そこには映画ならではの、堂々と嘘をつく楽しさがある。原作の小説が「映像化不可能」であるいちばんの理由、ヘプタポットの言語の文字も、墨を水に溶かすマーブリングの技法のように表現されて美しい。ただ、その細部に英単語を割り振るような解析が行われているパソコン画面を見て、やっぱり映像化は難しいと思ってしまったけれど。

別の言語を習得することは別の認識の枠組を理解することであり、学びによって人は変わる。ある程度外国語に親しんだことがある人なら誰でも身に覚えがある現象だろう。それを突き詰めた、「もし地球人とまったく違う言語を操るエイリアンがいたとしたら? 」という発想には、SF界で高い評価を得ているのも納得のおもしろさがある。

だがしかし、この物語においてヒロインのルイーズがひとりで背負うことになる重荷は、あまりにも大きすぎないだろうか。いまの自分は、女の人、とりわけ母というものに重たい負担を強いる物語に警戒心を抱いてしまう。母性に過剰な期待をかけ、超人的な活躍で家事育児その他をこなして当然とするような人間社会の不公平のことが頭を掠めて悲しくなってしまう。狭量かもしれないけれど、それが自分の認識の枠組で、現在の気分。たとえば自分の場合、『サマーウォーズ』(2009)の「男が遊んでる一方で女ばかりがおさんどん」さらに「なんか知らないけど偉いひとにコネがあるおばあちゃん」描写を見て苦笑してしまうけれど、そこのところまったく気にならない人もいるわけで......。

そんなことをつらつら考えるに、翻訳は難しいが同じ言語を話している人のあいだでも相互理解は難しいというこの世の真実を改めて意識せざるを得なくなる。それでもやるしかない、それが人生、なのだけれど。

そういうわけで決して楽しい気分にはなれない映画だが、「映像化不可能」への正攻法の挑戦として見応えはあるので、陰鬱なSFを好める人にはおすすめだ。

『メッセージ』 全国ロードショー中。

Credits


Text Momo Nonaka