精神疾患とクリエイティビティの奇妙な関係

コンテンポラリーアートを精神病棟に。チャリティ団体「ホスピタル・ルーム」の挑戦。

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apr 27 2016, 2:19pm

Nick Knight, Pale Rose

不安を感じたり、うつ症状に悩まされている青年層の数は、過去25年で70%増加している。また、16歳から25歳までの4人に1人が自殺を考えたことがあると答えている。私たちは誰もが、人生において何らかの精神的問題に悩むのだ。WHO(世界保健機関)によれば、「現在、メンタルヘルス分野の人材充当は必要とされる場所にいき届いているとは言えない」。

これらの数字は今後5年、さらに高くなると予測されているが、その理由ははっきりしている。ソーシャルメディアの発展と経済的プレッシャーの増大、そしてメディアが発信する「達成不可能な美の基準」だ。加速していく生活のペースも私たちに重くのしかかる−−ファッション業界においては顕著で、これを理由にメゾンを去るデザイナーも増えている。

2015年に発表されたアイスランドでの調査結果では、クリエイティビティと心の病の遺伝的関係性も明らかとなっている。クリエイティブな人物の25%が躁うつ病や統合失調症を発症しやすいという。そこで浮かび上がるのは「どうやって、そしてなぜクリエイティビティと心の健康は関連しているのだろうか?」という疑問だ。

Nick Knight, Lily

古くから、芸術家は心の状態を作品に投影してきた。ピカソが「青の時代」から「バラ色の時代」にかけてみせる変遷は明確だ。これには彼の親友カルロス・カサヘマスの自殺が関係していると考えられている。ピカソの特徴だったカラフルで大胆なペイントは、深刻な抑うつを反映した陰鬱な青に取って代わられた。「青の時代」は4年間続いた後、青は明るいオレンジや赤へと変わっていき、「バラ色の時代」へ突入した。ピカソはかつてこう語っている。「芸術は魂から日々の埃を洗い去ってくれる」

マーク・ロスコの作品にもまた、移ろいゆく心理状態を見てとることができる。大きなキャンバスに色彩がブロックとなって浮かぶ彼の作品は、その視覚的インパクトでよく知られているが、大動脈瘤と診断されたのを機に、作品には灰色が増えていった。自殺直前には、遺作となった『無題・黒とグレー』を制作している。

ロンドンの現代美術館テート・モダンには、ロスコの部屋が常設されている。そこで感じるのは、芸術が私たちに与えるパワーとオーラだ。キュレーターのニアム・ホワイトとアーティストのティム・A・ショーによって創設された新たなチャリティThe Hospital Rooms。「美術館レベルのアートの制作を通して、精神病棟を刷新しよう」と世界で活躍する現代美術アーティスト達に、作品制作を依頼するというプロジェクトだ。

Assemble, Granby Workshop

「アートと精神状態が密接な関係にあることはよく知られていることです。世界で愛されている作品の多くには、作家の内的トラウマが表現されています」とニアムは説明する。「これらの作品は"心の状態の一側面"として伝えることで、精神疾患につきまとうネガティブな印象を払拭するのに一役買ってきました」

クリエイティブな人々の悲惨な経験は、ときに作品として極めて詩的に解き放たれる。アレキサンダー・マックイーンは、自身の心に巣食う最もダークな部分を掘り下げ、服やランウェイへ落とし込んだ。彼が精神疾患だったことは有名だが、自らの感情と向かい合って生みだした作品は、彼が残した多くの作品のなかでも特に高い評価を受けている。画家のフランシス・ベーコンは「絶望と不幸の感覚は、芸術家にとって幸福感よりも有益だ。なぜなら、絶望と不幸は感受性を養うからだ」と語っている。

The Hospital Roomsには、ギャビン・ターク(Gavin Turk)、アコンチ・スタジオ(Acconci Studio)、マイケル・オーライリー(Michael O'Reilly)、エイミー・パロット(Aimee Parrott)、ジョー・ベイツ(Joh Bates)、そして2015年にターナー賞を受賞したアセンブル(Assemble)など、数々のアーティスト達が参加している。また、SHOW Studioのディレクターとしても知られる写真家のニック・ナイト(Nick Knight)も、このチャリティに2作品を寄贈している。アレキサンダー・マックイーンとの個人的な友情を語っているのか、ニック・ナイトはこう語っている。「これまでに出会ってきたクリエイティブで成功も収めている人々の多くは、人生のどこかで精神的な苦悩を強いられた経験を持っている。精神的にもろい人々が快適に過ごせて、活気をもたらす環境を作っていくのは私たちにとって最重要の課題です」

Assemble, Granby Workshop

The Hospital Roomsは、参加アーティストが患者たちと行うワークショップも企画している。アート作品を作ることによって患者たちの考えや気持ちを表現してもらうのが目的だ。クリエイティビティと精神疾患に遺伝的な因果関係があると研究結果が示している一方で、多くの専門家は「どんな教育を受けたか、どこで働いているかにかかわらず、精神疾患をわずらう可能性は誰にでもある」と指摘する。いずれにしても明らかなのは、患者にとってクリエイティビティは治療的なはけ口になるということだ。

メンタルヘルスに悩む若者を支援しているチャリティ団体Young Mindsも、同様の考えを持っている。「クリエイティビティは、自分の感情をうまく表現できずに悩んでいる若者たちの治癒促進の方法としてとても重要です。治療効果も認められているアートや音楽は、様々な機関によってすでに用いられています」と、同団体のメディアディレクター、ルーシー・ラッセルは語る。

「クリエイティブな教育を受けている若者が精神疾患をわずらいやすいというのは迷信です。誰もが精神を病む可能性があるからこそ、学校でクリエイティビティを育てることで表現することを手助けし、それぞれが感じる気持ちを表現する手法・言語をそれぞれに確立させていくことが大切なのです」

Tim A Shaw, Gaze

クリエイティビティと心の健康を探ることには、依然として不明瞭な部分が残る。感情に突き動かされて制作したと一目見て分かる作品は、誰でも見たことがあるだろう。作品づくりがアーティストにとって現実逃避となったケースだ。マックイーンはかつて、こう話している。「ファッションは空想の世界であるべきだ」。

芸術には私たちを解き放つパワーがある。だからこそ、特に芸術と教育に充てられる予算が削減されている今、The Hospital Roomsのような活動は絶対的に必要なのだ。芸術は、説明のつかない問題から私たちを救い、それまで触れることを避けてきた心の闇に触れるきっかけを与えてくれるものなのだから。フランシス・ベーコンは、かつてこう言った。「言葉にできないから描くんだ」

Credits


Text Greg French
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.