Gabbers - Rotterdam 1994. Exactitudes.

政治的な意味を伴って回帰した「ノームコア」

シンプルでミニマルな格好を表す造語「ノームコア」。しかし、今年になってVetementsやGoshaによってその意味が更新されようとしている。彼らのコレクションから、ファッションにおけるノーム(規範)について考える。

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apr 26 2017, 10:40am

Gabbers - Rotterdam 1994. Exactitudes.

今年1月末にパリで発表されたVetements最新コレクションは、大方の予想どおり、大きな議論を呼ぶ内容となった。あれだけの議論をいとも簡単に巻き起こしてしまえるブランドは、そう多くない。今シーズン、同ブランドのデザイナーであるデムナ・ヴァザリアは、写真家のアリ・ヴェルスルイスとスタイリストのエリー・イッテンブロークによる、ユニークネスを写真で問う作品『Exactitudes』の世界観を用いた。『Exactitudes』は、特定の社会的グループにおける服装の類似点を過去15年間にわたり記録した写真集。これをベースに作られたVetementsのショーは、ファー・コートをまとった富裕層女性から会社員、パンク・ロッカー、サッカー・ファンのフーリガンまで、36種のファッション・ステレオタイプがランウェイを歩くという内容になった。このショーを報じる上でもっとも多く用いられたのが、「ストリートに見るノーマルな人々のように」「ノーマルな服を再解釈」など、"ノーマル"という言葉だった。しかし、政治危機が現実のものとなっているこの数年の世界において、特にメンズウェアの世界で、"ノーマル"とは一体何を意味するのだろう?

ところで、"ノームコア"という言葉を覚えているだろうか。2013年に、トレンドを予測する会社K-Hole社がつくった造語だ。この言葉はプレスの世界で大いにもてはやされたが、実際のところはチノやバケットハット、スポーツ・ソックスにサンダルというスタイルを指していた。要はスティーブ・ジョブスの服装だ。"ノームコア"は、言葉として一気に流行ったが、廃れるのもまた早かった。しかしながらその概念は完全に消えることもなかった——現代ファッションの一部として浸透していったのだ。そして2017年、また"ノーマル"が台頭してきた。

Vetementsの2017年秋冬コレクションには、ブランドのトレードマークであるオーバーサイズのフライト・ジャケットやフディなどが依然として盛り込まれてはいた。しかしその他にも、パンツやスーツジャケット、意図的にだらしなくデザインされたコートなど、まるで通勤電車で実際のビジネスマンから盗んできたのではないかと疑ってしまうほど、伝統的でフォーマルな日常着が、次から次へと登場した。デムナがクリエイティブ・ディレクターに就任して2作目となるBALENCIAGAメンズコレクションも、ビジネス服のドレスコードの世界を探求するものだった。スーツジャケットの下にははだけた胸が覗き、下には細すぎるパンツや大きすぎるパンツが合わせられて、チノはどれも体型にサイズ感が全く合っておらず(おそらく意図的にデザインされたのだろう)、医者が履くようなサンダルがファッションアイテムとして扱われるなど、ハイファッションが"ノーマル"なフォーマルウェアを解釈した内容となっていた。フランネルシャツとスウェットシャツというもっとも"ノーマル"な組み合わせすらも、どこか堅苦しく奇妙で、不釣り合いな印象を与えていた。そして、そう、バーニー・サンダースの選挙活動キャンペーン・ロゴに似せた最新BALENCIAGAロゴも大きな話題を集めた。

サンダースのロゴは、アメリカ大統領選が行なわれていた当時から、メタル・バンドのコンサート・グッズのようなものからBlack Flagの非公式バンドTに似せたものまで、格好の"パクリ"題材となっていた。サンダース・ロゴを題材にした遊びはなぜこんなにも面白いのか——それは、サンダースが最も先進的な政治家ではあるものの、手の施しようがないほど"ダサい"からだ。しかし、そのダサさこそがクールだったわけで、それこそがノームコアの精神と呼応するのだ。

今シーズン、社会政治のゲームを遊び、メンズウェアの通念そのものを斬ったのはデムナだけではなかった。ロシア領カリーニングラードで行なわれたGosha Rubchinskiyのショー——このブランドのトレードマークとも言えるスケーター・ボーイズの装いを誰もが期待していたなか、ショーは冒頭からその予想を裏切り、ブルーのシャツにニット・タイ、そしてブラックのパンツというルックが登場した。ドレッシーなダブルのスーツがそれに続き、スーツやブーツなどを用いて制服の世界を描き、サッカー・カジュアルのモチーフも盛り込んだ。なかには警察や軍隊で用いられる服に酷似したルックもあり、戦争やナショナリズムが世界に不安をもたらしている現在の社会背景も相まって、観客は落ち着かない気持ちになった。モデルの男の子たちが夢や希望を真摯に語る音源がバックグラウンドに流れたことで、会場に満ちていた不安の雰囲気は中和された。Vetements同様、Gosha Rubchinskiyもまた様々なグループが持つファッション・コードをテーマにしていたのだ。

ロンドンの中国人デザイナーXander Zhouも、ユニフォーム・コードの破壊を目指した。彼はまた、働く男の姿にも着目した。タイトなクロップドのフォーマルシャツやニットベストの裾からは、ときに男性モデルのお腹が覗いた。クロップトップほど非男性的なファッションもないだろう——そこには、明確な主張が見られた。Xander Zhouの今季コレクションには、他にも労働者ウェアに見る"男らしさ"のステレオタイプを揶揄するモチーフがところどころに見られた。ワークパンツや、頑丈なロンググローブなどがそれだ。フェチ向けクィア・レイヴでこそ馴染みそうなこのコレクションは、セクシュアリティの概念そのものを問う内容となっていた。

数シーズンのあいだ、ランウェイから遠ざかっていたMartine Roseもまた、復帰コレクションとなった今シーズンでセクシュアリティを問うていた。Seven Sisters Indoor Marketで披露されたMartine Rose 2017年秋冬コレクションは、デザイナーのマーティン・ローズが「ラグジュアリー・メンズウェア」というコンセプトを独自の視点から解釈した内容だった。主張の強いタイや、光沢あるシルキーな生地、機能的なコート、そしてテーラリングが、コレクション全体を不思議なまでに "ジェンダー・フルイディティ(性の流動性)"の世界観へと導いていた。それ以前にも、ロンドンをベースとするデザイナーデュオCottweilerがコレクションで、スポーツウェアの機能性とシルキーなトップスが持つ高級な風合いのコントラストを遊んだ、ホテル職員へのオマージュ作品を発表していた。そこには、時代遅れのイタリア伊達男的スタイルと、大胆な官能性がミックスされていた。

なぜ今、ここまで多くのデザイナーが、伝統的なメンズウェアのコードをセクシュアリティの視点から様々に解釈し始めているのだろうか?それは、今日のメンズウェア・デザイナーたちが今、「伝統的な"男らしさ"と"ノーマル"の概念を問う」という課題を突きつけられているからだ。私たちが"ノーマル(普通)"として疑わずにきた概念は、ほとんどが「保守的ストレート白人男性の視点から"ノーマル"がどうあるべきかを突き詰めた姿」だ。セーターやジャケットを普通たらしめる要素とは何か——体制を疑うことなく生きてきたストレートの男性が着ることを前提として、長すぎず、短すぎず、また明るすぎない色合いのものを指しているのではないだろうか?メンズウェアにおける"ノーマル"とは、とても政治的な意味合いを持つ言葉なのだ。

男性至上主義社会が終焉を迎えようとしている。誰もがそう信じたいと思っている。そんなものは世界中で崩壊し始めている、と。しかし現実の世界では、世界中で軍国主義と愛国主義、"男らしさ"の誇示が台頭している。政治が作られる場面に目を向ければ、そこには、無責任に未来を決めていく老害白人男性が溢れている。彼らは皆揃ってスーツを着ている。考えうる中でも最も退屈な"ノーマル"スーツに身を包んでいる。メディアでは、醜悪極まりない赤色のタイを首から下げたドナルド・トランプの姿が日々報じられている。赤いタイは、もはや世界に蔓延する恐怖と抑圧の象徴だ。

今という時代にデザイナーたちが伝統的なメンズウェアのコードに目を向けている流れはとても象徴的だ。それは体制への順応のようにも見えるかもしれない。しかし、悪魔は細部に宿るもの。BALENCIAGAのメンズウェアをデザインするということは、ある程度の金を持った大人に気に入られるものを作らなければならないということだ。しかし、最新コレクションをよく見てみてほしい。厚手のコートの下にバーガンディのストッキングが覗くルックがあることに気づくだろう。Xander Zhouがところどころに見せた肌にも、Cottweilerが用いたライラック色にも、Gosha Rubchinskiyがブルーのシャツに取り付けた透明なプラスチックのポケットにも、同様の悪魔が宿っている。それは、伝統的な"男らしさ"の概念に真っ向から挑むファッションなのだ。

パリのゲイ・クラブで、客が皆揃ってスーツでドレスアップしだしたら、世間の"ノーム"には一体何が起こるのか?"ノーマル"な服装に身を包んでいる者たちから"ノーマル"を剥奪することは、そこにあった権威に揺さぶりをかけることにつながるのかもしれない。

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Credits


Text Anastasiia Fedorova
Images Ari Versluis and Ellie Uyttenbroek
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.