バリー・ジェンキンス監督が語る『ムーンライト』

『ムーンライト』の監督バリー・ジェンキンスが、原作との出会い、映画化するまでの葛藤を語った。「こんなに感動した作品から手を引いたらただの臆病者だなと思った」

by Joseph Walsh
|
07 April 2017, 3:55am

バリー・ジェンキンスの2作目となる長編映画『ムーンライト』は、米テルライド映画祭で上映されてからというもの、成功に次ぐ成功を見せている。ゴールデン・グローブ賞では作品賞(ドラマ部門)を受賞、アカデミー賞では作品賞・脚本賞・助演男優賞の3部門を受賞した。マイアミの低所得者用公営住宅に育つ黒人少年リトルが成長していく過程を3部構成で描いた本作。アレックス・R・ヒバート、アシュトン・サンダース、そしてトレヴァンテ・ローズの3人がそれぞれのエピソードで、少年、高校生、成人の主人公を演じている。学校での日常的ないじめと、ナオミ・ハリス演じる母親の薬物中毒、そして「自分はゲイである」という打ち消すことのできない気づきに葛藤する姿が描かれる。

朗らかさとスタイルがにじみ出るジェンキンスだが、この映画が扱っている問題はきっと多くの観客がこれまでに映画で見ることがなかった類いのものだろうと認識している。ことの始まりは、「マイアミに暮らす人々の物語を伝えよう」とフィルムメイカーたちに呼びかける映像集団ボルシチ・フィルム・コレクティブのメンバーとの会話だった。3年前のことだ。「ボルシチのふたりが、タレル・アルヴィン・マクレイニーが書いた戯曲『In The Moonlight Black Boys Look Blue』を教えてくれたんだ。ふたりは僕ともタレルとも知り合いで、僕らが特別な生い立ちで共通していることも知っていた。ある日、彼らは僕のところにきて、戯曲の一節を読んで聞かせてくれたんだ。それが、"this isn't about you, but it's about you(お前の話じゃない。でもお前の話でもある)"という一節だった」。ジェンキンスはこの物語に惹かれ、映画にすることを決めた。

バリー・ジェンキンスは、この映画で黒人男性のアイデンティティを観客に説くことはしない。彼が目指したのは(少なくとも部分的には)、彼がよく知る運命をリアリスティックに描くことだった。「映画でこうしたキャラクターを目にすることはほとんどない」とジェンキンスは話す。彼は、ステレオタイプから解放された真の黒人コミュニティを描こうとした。ジェンキンスにとってこの映画は、「観客の多くが見たことのないであろう人生を切り取って見せる」という意味を持っていた。あなたはこれまでに、ゲイの黒人男性をオーセンティックに描いたテレビや映画を、何本見たことがあるだろうか?作品名を挙げられたとしても、ほんの数本ではないだろうか?

ブラッド・ピットからのサポートを取り付けたジェンキンスだったが、この作品の映画化に不安はなかったのだろうか?彼は少し黙り込んで話しはじめた。「僕はマイアミ出身のストレートの黒人で、長編作品を1本(『Medicine for Melancholy』)作ったことがあるだけの監督だった。しかもその作品も2,000ドルの低予算で作った。そんな僕がこの作品を2作目として選ぶのは適切なんだろうか?キャリアを築く上で、それは間違った選択じゃないか?そう思ったんだ。実際に、人様に勧められる選択ではないしね」と、彼は冗談めかして言い、こちらがつられそうになるほど愉快に笑う。「友達に、この作品を映画化することについて訊いてみたんだ。そうしたら、『お前、正気か』って言われたよ。危険とは思わないけど、キャリアを築く上で論理的な選択ではないし、この作品が訴えるテーマはかなり大胆だよって」。しかし最終的には、選ぶ必要すらなくなっていたと彼は言う。それほどまでにこの作品はジェンキンスを魅了していたのだ。「こんなに感動した作品から手を引いたらただの臆病者だなと思った。それで自分を奮い立たせて、映画化に踏み切ったんだ。何が起こるかわからなかったけど、自分を100%注ぎ込んだよ」。今の彼に後悔はない。

話題は同性愛に移った。そこでジェンキンスは、撮影現場で起こった出来事について話してくれた。「貧困街には、新聞紙なんかをボール状に丸めて投げ、それをキャッチした奴にみんながタックルを仕掛けるゲームがあって、僕たちはそれを"Throw-up Tackle(ボール投げタックル)"って呼んでいたんだ」とジェンキンスは背景を説明すると、事の顛末を話した。「そのシーンを撮っていたとき、白人の照明ディレクターが『なあ、このゲームなんて呼んでた?』って訊くんだよ。『Throw-up Tackleだろ?』って言うと、彼は『俺が育った地域では、"Smear the Queer(オカマをやっつけろ)"って呼ばれてたよ』って言ったんだ」。このエピソードは、アメリカ社会全体にホモフォビアがいかに蔓延しているかを如実に物語っている。

『ムーンライト』を観れば、黒人のアイデンティティと同性愛のテーマに挑み、そこに心を注いだジェンキンスに誰もが感服するはずだ。賞賛や映画祭での喝采ももちろん良いだろう。しかしそんなものには代えられない真に美しいものを、ジェンキンスは作り出した。

ムーンライト
監督:バリー・ジェンキンス 出演:マハーシャラ・アリ トレヴァンテ・ローズ ジャネール・モネイ ナオミ・ハリス アシュトン・サンダース 2016 アメリカ 111分 TOHOシネマズシャンテ他にて全国公開!

関連記事:黒人とクィア:『ムーンライト』は何が革新的なのか?

   長谷川町蔵評:『ムーンライト』

  アカデミー賞は社会を反映できているか?  

Credits


Text Joseph Walsh
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.