1993-2015:ロサンゼルス貧困地区の20年間

ロサンゼルスのインペリアル・コーツ地区の住人たちをポートレイトに収めた作品でドイツ・ボーズ写真賞にノミネートされたダナ・リクセンベルク。それらの写真を1冊にまとめた『Imperial Courts, 1993-2015』の世界を探る。

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feb 8 2017, 10:50am

1991年3月、当時26歳のアフリカ系アメリカ人男性ロドニー・キングは、スピード違反で警察に停車を求められた。強盗の罪で収監された後の仮釈放の身だったキングは、再びの逮捕・収監を恐れて逃走。カーチェイスを繰り広げた末に警察に追い詰められ、逮捕された。しかし、この逮捕が全米を揺るがす事件へ発展した。白人警官3人とヒスパニック警官1人がキングを車から引きずり下ろした末に過度の暴行を加えている様子を、現場近くの住人がビデオに収めており、その映像がメディアの手に渡って全米に報じられると、暴行に関与した警官4人は起訴されたが、警官側の主張だけが全面的に認められて裁判の判決は無罪。暴行の映像がメディアで報じられてから約1年後となる1992年4月29日、ロサンゼルスのサウス・セントラルにたまっていた怒りは爆発した。この怒りの根底には、貧困や警察の偏見、住人たちが普段から感じていた人種差別など、当時のアメリカ労働階級が喘ぎ苦しんできた現実があり、暴動はロサンゼルスから全米各地へと飛び火した。死者55人、けが人は2,000人以上に達し、サウス・セントラルは地獄絵図となった。

オランダの写真家ダナ・リクセンベルク(Dana Lixenberg)は、ロサンゼルスの街再建をドキュメントするべく、暴動の沈静化から間もないサウス・セントラルに向かった。元はオランダの週刊誌『Vrij Nederland』の要請を受けてのロサンゼルス入りだった——が、結果としてダナは、そこから22年間にわたりこの街を記録しつづけることになった。それがまとめられた写真集が『Imperial Courts, 1993 - 2015』だ。

温かい視線でサウス・セントラルの市民を捉えた白黒ポートレイトのみで構成されたこの大作。アメリカ社会の影が色濃くなっていった時代、その底辺に生きる人々をとらえた珍しい社会ドキュメンタリーだ。単なるスナップ写真ではなく、コミュニティとその精神へのオマージュとして成り立っているこの写真集は、歴史をその内側から見つめている。ダナは月日を経るごとに被写体の多くと交友を深めていった。彼らはこの写真集に繰り返し登場している。彼らは、新たな恋人とともに、古くからの友達とともに、そして後には10代になる子どもと共に登場している。そして、時間の経過とともに写真に現れない人物の裏に逮捕や薬物中毒、ギャング、暴力など、語られることのないストーリーが浮き彫りになる。

「暴動が起こった後、サウス・セントラルは戦闘地域と言われるほどでした」と、ダナはアムステルダムにある自宅アパートからの電話越しに話す。「部外者は理由がなければ決して足を踏み入れないような、入れさせてもらえない場所でした」。暴動の渦中にはじまり、沈静化を見せてからも続いたサウス・セントラルに関する報道は、人種問題に関する先入観に満ちていた。そして、メディアの問題分析はあまりに短絡的にすぎた。「住民たちが先入観いっぱいに語られているのを見た私は、なんとか現地入りしてギャングのメンバーたちをポートレイトに収めたいと思いました」と彼女は続けた。しかし、コミュニティ内部へ入り込むのは困難を極めた。

「自分が白人であるということには自覚的でした」と彼女は当時を振り返って言う。「自分が住む世界とあまりにも違う現地の状況を、私のような外国人がどう理解できるんだろうか、という思いもありました。でも、それをなんとか超えてこそ、写真家なのです。ある意味で、自分が白人アメリカ人ではなく外国人で、"新たな視点でアメリカを描くことができる"ということが大きく手伝ったように思います」

過去にロサンゼルスで関わった作品の制作を通して、ダナはザ・ブラック・カーペンター・アソシエーション(The Black Carpenter Association)に出会い、距離を縮めていった。BCAはサウス・セントラルをベースに活動するアクティビストたちの集団で、現地コミュニティの再建において重要な役割を果たした。彼らの後ろ盾を得たことで、ダナはサウス・セントラルを自由に動き回ることができるようになり、インペリアル・コーツ地区を仕切っていたPJワッツ・クリップスの総長で今は亡きトニー・"TB"・ボガード(Tony "TB" Bogard)に認められたことで初めて、『Imperial Courts』を完成させることができた。

暴動から数年後、暴力の連鎖に見切りをつけたボガードは、地域の平和を唱えてブラッズとクリップスの間で仲介役として力を尽くすようになった。しかし、出会ったばかりのダナに対しては懐疑的だったという。「トニーは『俺たちになんの得があるっていうんだ?』と言っていました。『わからない』と私は答えました」とダナは語る。「今でも、あのプロジェクトで誰かにどんな得があったのかと考えることがあります。ただ、私はあそこで撮った写真が何かを見る者に語りかけてくれることを願って、撮影していたんです」。ためしに友人の写真を撮らせたボガードは、作品を見て懐疑的ながらもダナの心意気をみとめ、彼女にコミュニティの内部を見せるようになった。少しずつダナを信頼するようになったボガードは、自身のポートレイトも撮らせるようになった。しかしそれから1年を待たず、ボガードは彼自身の手下によって銃殺された。

1993年に撮られた作品のいくつかは、創刊したての『Vibe』誌に掲載され、ダナのキャリアの転機となった。それから15年後、彼女は再びカメラを手にインペリアル・コーツへ戻り、トゥーパックやアリーヤ、ノートリアス・B.I.G.、エミネム、リル・キムなど時代の寵児たちのポートレイトを次々に撮って、自らの写真をアートの領域にまで高めた。

「心の奥底では、『あのプロジェクトはまだ完成していない』とずっと感じていたんです」とダナは話す。1993年にはこの企画が、その後数世代にもまたがる大プロジェクトになるなどとは思ってもいなかった。しかし、インペリアル・コーツ地区がアメリカの歴史の一部として物語性を持つようになると、彼女がプロジェクトを始めた頃の写真がコミュニティ内で大きな意味を持つようになっていく。「私が撮った写真が、ひとつの歴史を語りはじめたんです」と彼女は言って、フッと笑った。「そこに住む人々にとって意味を持つようになって、コミュニティの歴史の一部になった。コミュニティの人々が、『戻って来ないの?』と言ってくれるようになったんです」

インペリアル・コーツに戻ったダナは、そこで脈々と受け継がれているものに驚かされたという。オバマ政権のもと、インペリアル・コーツに暮らす人々には目に見えるレベルでの生活の改善があったのだろうか?ダナはこの問いに笑った。「地域の状態については何も変化は見られませんでしたよ。学校は今でも荒れていて、地域の子どもたちは十分な教育が受けられていません。子どもはみな聡明でエネルギーに満ちているのに、それを伸ばし、使う道が与えられていないんです」。2014年、彼女が再びインペリアル・コーツに戻ると、そこに建つビルにはどれも大きな数字が描かれていた。住人たちにあれは何と訊くと、彼らは「警察がヘリコプターで地域住民の生活を見張れるように描いたもの」と答えたという。

地域の政治的状況は変わらなくとも、この貧困地域を映し出す私のプロジェクトは方向性を変えるべき——ダナはそう感じたそうだ。「たまに戻って住民たちの15年後を写真に収めるだけでは不十分だと思いましたね」と彼女はいう。「そこで、新しい世代の写真を撮り、そこにコミュニティの存在を浮き上がらせようと考えたんです。新しい世代をもっとよく知り、違う角度から見て、コミュニティに根づく家族的な関係やつながりを、そこに描きたいと思いました」。新たな被写体を採用するのと同時に、ダナは新たなメディアも取り入れることにした。2009年、レコーダーを片手に、ダナはインペリアル・コーツの住人たちに彼女のポートレイトについて訊いた。そして2012年には映像メディアも採用して住人たちの生きる姿を記録しはじめた。この映像が3画面インスタレーション作品とウェブ・ドキュメンタリー作品となってのちに公開された。

ポートレイトのなかに垣間見られるインペリアル・コーツ住民の表情やポーズから、彼らが積極的に映像制作に関わる姿まで、その「地区住民が見せるプロジェクトへの関与」こそが、この写真集が放つパワーの秘密となっている。そして、単純化されてステレオタイプ化されがちな"アフリカ系アメリカ人の苦悩"という描かれ方とは一線を画し、現実の彼らの姿を映し出すことに成功している。これは、世界の誰もが共鳴する類いの作品ではない。ある意味で、この写真集はこのコミュニティの住人のためのものなのだ。

「部外者が見るための社会ドキュメンタリー」であると同時に、「現地の住民たちがコミュニティの歴史を知るための資料」でもあるという、このような作品が持つ二面性は、いくつかの疑問を生む。ドキュメントされる人物の何をもって、その人物が「ドキュメントされるに値する」と判断されるのか?誰のカルチャーが歴史として後世に語り継がれるべきなのか?どの写真が後世にも意味を持って人々に語りかけていくのか?『Imperial Courts 1993 - 2015』は、そんな疑問に繊細に応えている。そこに暮らす人々を被害者として描くことも、正義なき現実を浮き彫りにすることも、ダナは決してしない。貧困、警察の暴力、都市の暗部、そして政治が作り出した歪みは、この地区に暮らす人々の生活に現実として重くのしかかっている——しかしこのコミュニティのサバイバルは、それそのものが反抗のかたちであり、勝利のかたちなのだ。

Imperial Couts, 1993 - 2015』は、2015年に出版社Romaから発売された。現在はここで購入できる。ダナ・リクセンベルクは、この本に収められた写真作品でドイツ・ボーズ写真賞にノミネートされた。それらの作品と、ドイツ・ボーズ写真賞にノミネートされている他3人の写真家たちの作品は、ロンドンにあるギャラリーThe Photographers' Galleryにて33日から611日まで展示予定。

Credits


Text Edward Siddons
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.