フィンランド、80-90sの純真と激情

AALTOのデザイナー、トーマス・メリコスキの心を捉えて離さなかったヨウコ・レヘトラの写真。メリコスキは今回、ヨウコ・レヘトラ財団とのコラボレーションで、レヘトラ作品の写真集を作り上げた。LVMH PrizeとANDAM両コンテストにノミネートされ、現在世界の注目を集めているメリコスキが、お気に入りの作品をセレクトし、この偉大な写真家の功績とフィンランドのユースについて語ってくれた。

by i-D Staff
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08 June 2016, 6:10am

ヨウコ・レヘトラ(Jouko Lehtola)の写真を知ったのは、2008年のことだった。彼の『Young Heroes』シリーズの1枚に、心を奪われたのがきっかけだった。レヘトラの作品について調べ始めると、間もなく『Jouko Lehtola's Finlandia』という写真集に出会った。彼の写真にある誠実さに、私は感動し、興奮さえ覚えた。 "フィンランドのユース"、そして"青春という、狂気と極端の時期を生きることの素晴らしさ"を捉えられるアーティストとようやく出会えた−−そう思った。そこには、フィンランドユースの在り方が、ありありと映し出されていた。それだけではない。そこには私の青春も映し出されていた。直接的で純真、そしてエクストリーム。もちろん、そこにはノスタルジアも多分に含まれている。だが、青春というものはどの時代もおおかた同じようなものだろう。私は、AALTOを通してそれを世界に見せたいと思った。彼の作品は、私のコレクション創作にも大きな影響を及ぼした。レヘトラの影響は、AALTOの基盤の大きな一部になっている。

実のところ、フィンランド人の多くは、レヘトラの作品に映し出されたものを長きにわたり恥だと思ってきた。いわゆる"美しいもの"を映し出すのではなく、生身の人間をリアルに捉えた作品ばかりだったからだ。彼の写真が正当な評価を受けるようになったのは、ほんの最近のことだ。「色褪せず、今日もひとびとを魅了する力を持つレヘトラの作品を世界に紹介したい」−−AALTOを立ち上げたとき、なんとかして彼のアートに貢献したいと思った。だからこそ、写真集『Finish Youth』の監修と編集の役を買って出たのだ。

僕たちはヘルシンキへ出かけ、財団の方々の話を聞き、レヘトラが作品を通して何を語りたかったかを探った。そこでは、秘蔵のアーカイブも見せてもらい、オリジナルの作品に触れることもできた。写真集を監修することにしたのは、フィンランドの社会を映し出すユースたちに焦点を当てた本にしたかったから。作品には、彼らの個性を通して、突き刺さるような感情がシンプルに表現されていた。だから、写真集にはハイレベルな文脈を生みたいと思ったし、表紙、フォーマット、レイアウト、印刷技術にも最高のものを求めたかった。そこで、友人のアートディレクター、ダニエル・ベイアー(Daniel Baer)に声をかけ、このプロジェクトに参加してもらった。リサーチ段階では、団体を通して写真に写っていた人たちにも会うことができたのだが、なんとそのほとんどは僕と同年代だった。同じ時代を生きた人々だ。とすると、僕がレヘトラ作品の被写体になっていてもおかしくなかったわけだ。青春時代に想いを馳せてみると、たしかにそこに思い出される情景は、レヘトラの写真の世界そのものだった。

今を生きるフィンランドの若者たちは、80~90年代にドキュメントされた作品のティーンたちと何か違うのだろう? 本質的に、10代は今も昔も変わらないのではないだろうか。しかし同時に、時代というものは様々な変化をもたらす。世界はあの頃よりも格段にグローバルになっているし、その影響はフィンランドにも、そこで暮らす若者たちにも色濃く見られる。それでもフィンランドのユースを特別だと思うのは、彼らが特別な在り方をしているからだ。それは世界中でもフィンランドでしか見られない在り方なのだ。彼らのやり方、彼らのタブー、彼らの自由、そしてプリミティブな在り方が彼らにはある。80~90年代のフィンランドには、文字どおりの自由があるだけだった。携帯電話もなければ、林の中でも世界とつながることができるインターネットもなかった。バカなことをしても、それが青春だった。ソーシャルメディアの登場によってすべてがドキュメントされてしまう現代はトゥーマッチではないだろうか。

Credits


Text Tuomas Merikoski
Photography Jouko Lehtola
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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