『ボーイズ’ン・ザ・フッド』のジョン・シングルトン監督インタビュー

公開から25年。サウスセントラルの青春を描いた不朽の名作『ボーイズ’ン・ザ・フッド』について、ジョン・シングルトン監督が語る。

by Hattie Collins
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01 December 2016, 8:44am

映画『ボーイズ'ン・ザ・フッド』が公開されたのが1991年10月--アメリカン・カルチャーは、泥沼の局面を迎え、一触即発の状態にあった。パブリック・エネミーやN.W.A.は、大きな音と大きな声を上げて、権力と警察組織への怒りを露わに表現していた。クラック(とコカイン)の大流行を巻き起こしたロナルド・レーガンが大統領の座を退いた2年後、ジョージ・ブッシュが大統領になり、アメリカが湾岸戦争で「打倒サダム・フセイン」とイラクに侵攻した頃だった。ボクシング世界王者のマイク・タイソンがレイプ容疑で逮捕され、ミルウォーキーの食人鬼ことジェフリー・ダーマーが11人もの市民を殺害して逮捕された。スピード違反で停車を求められた黒人男性ロドニー・キングが逃走・カーチェイスの後に白人警官から激しい暴行を受ける映像がメディアに流れ、これが8ヶ月後に起こるロス暴動への流れを作った。

ラッパーのアイス-Tが映画デビューを飾ったマリオ・ヴァン・ピーブルズ監督作品『ニュー・ジャック・シティ』を観たとき、ジョン・シングルトンはまだ、映画学校に入学したばかりだった。この映画を観たシングルトンは「ロサンゼルスのサウスセントラルに育った俺の過去を題材として映画を作ろう」と考えたという。ピーブルズが『ニュー・ジャック・シティ』で描いた現実離れしたギャングスタ像ではなく、シングルトンの半自伝的映画作品『ボーイズ'ン・ザ・フッド』は、80年代から90年代初頭にかけて彼のコミュニティを破壊したクラック流入という現象をより繊細に炙り出そうと決めた。この作品は、若さとノスタルジアが溢れる世界観で幕を開けるが、登場する中心人物たちはやがてギャングのバイオレンスと警察の容赦ない残酷さに押されるようにして、あるべき子ども時代を奪われ、荒んでいく。冒頭で示される「黒人男性の21人に1人は25歳を前に殺害される--その多くが、黒人によって殺害される」という世界は、映画の中心人物3人、リッキー、ダウボーイ、そしてトレが生きるサウスセントラルの現実そのものだった。

『ボーイズ'ン・ザ・フッド』は、黒人による黒人をターゲットとした犯罪と、その蔓延を引き起こした要素を、力強く、そして容赦なく描いた作品だった。この作品でシングルトンはオスカー候補となり、ラッパーのアイス・ューブは一躍映画スターの仲間入りをした。そして、2pacを起用したアーネスト・R・ディッカーソン監督の傑作『ジュース』など、その後に続いた労働階級アフリカ系アメリカ人たちの人生を描く作品の草分け的存在となった。

初公開から25周年を迎えたばかりの『ボーイズ'ン・ザ・フッド』。i-Dは、このパワフルな青春映画について、シングルトン監督本人に聞いた。

現在はどのような生活を送っているのですか?現在取り組んでいるプロジェクトなどについて教えてください。
おかげさまで元気にしてるよ。ロサンゼルスは今日、雲もなく暖かい。ようやく『Snowfall』の制作を終えたところでね。『Snowfall』は、クラックの流入が始まる前、80年代初頭のロサンゼルスを描いたテレビ映画なんだ。

作品を作る上で、映画とテレビはどう違うのでしょうか?
まあ何も違わないけど、テレビでは速く仕上げることを求められるね。今は昔と違って、テレビがよりシネマティックなメディアになったから嬉しいよ。昔だったらテレビ用に映画を作るなんて絶対に倦厭してたはずだけど、今や家庭用のテレビが映画のスクリーンと同じ映像モードも仕様として組み込んでいるから、テレビ映画も従来の映画と同じように作れるんだ。

若く、まだ経験の浅いときに『ボーイズ'ン・ザ・フッド』を作った思い出について聞かせてください。
最高の思い出だよ。すべてを学んでいる実感があった。今でももちろん学び続けているけど、『ボーイズ'ン・ザ・フッド』を作っていたときは、文字どおりまだまったくの無知だったからね。人間としても、まったく新しい経験をしていたんだ。人間としてもフィルムメーカーとしても、自分というものを見出そうとしていたときだった。クルーの助けはもちろんあったけど、俺は自分自身でたくさんの映画を観て、そこから自分で学ばなきゃならなかった。そういう時期だったんだ。

ボーイズ'ン・ザ・フッド』で世の中に伝えたかったこととは何だったのでしょうか?そしてそれは伝わりましたか?
伝えたいことはたくさんあったね。まず何よりも、俺が育った地域で何が起こっていたかを物語として伝えたかった。

サウスセントラルは変わりましたか?
変わったよ。今でも様々なことが起こってはいるけど、あの頃に比べたらバイオレンスは格段に減ったね。

ひとつ変わっていないのは、警察と若いアフリカ系アメリカ人男性の間にある関係でしょうか?
そうだね、それはまったく変わってない。『ボーイズ'ン・ザ・フッド』以前にも、現代にも根強くある。

以前よりも状況は悪化しているのでしょうか?印象としては関係が改善しているようには思えません。
1991年当時よりは改善していると思う。警察との関係に関してはね。でも地域自体が変化したから。多くのひとが引っ越して行ってしまって、地域開発でサウスセントラルはずいぶんと中流階級化されて、以前とは違う要素に染まっていっている気がする。

2016年、今日の黒人ポップカルチャーの表現についてどう思いますか?ボーイズ'ン・ザ・フッド』はN.W.A.やレーガン、ロドニー・キング、パブリック・エネミーなどを背景に誕生しました。現代にも抗議運動やプロテスト・ソングはありますが、それは1991年のあり方とは異なる背景から生まれているものです。現実に起こっていることへの反応としてポップカルチャーが担う役割は、当時と現在ではどう違うのでしょうか?
ポップカルチャーのあり方は変わらないけど、表現とトーンが当時と今では違う。情熱は同じくあるけど、今はトーンが抑えめなんだ。そう、情熱はそこにある--ケンドリックやビヨンセの音楽を聴けば、そこにプロテストの魂があるのがわかると思う。1991年当時、俺たちは今のアフリカ系アメリカ人に比べて洗練されてなかったんだ。現代の黒人アーティストたちは、プロテストの方法が洗練されているんだと思うよ。

危機感のようなものは失われてしまった感があります。今でもプロテストは、80年代後半から90年代初頭のそれのようにパワフルになりうるのでしょうか?
映画に関して言えば、もうああいった作られ方はしないのが現実だね。『ボーイズ'ン・ザ・フッド』が公開された頃は、制作スタジオが黒人の観客へのアプローチをまったく知らなかったんだ。現代の映画界では、黒人映画がリリースされるとなれば、スタジオの専門家たちが細かく分析をした上で観客へのアプローチを割り出して公開する。そこにはもう、あの頃の俺たちにあったようなピュアなヴィジョンはないんだ。よほどインディペンデント系のスタジオでもないかぎりはね。

映画監督として、現代の映画やテレビで何を伝えたいですか?
伝えたいことはたくさんある。近日公開予定の『Snowball』で、俺は過去を振り返っているわけなんだけど、同時に俺は現代アメリカ--黒人のアメリカ、白人のアメリカという同じ空間にありながら断絶された世界で何が起こっているかも良く理解していて、それについても今後の作品で探ってみたいと考えてる。歳を重ねたということもあって、今は過去を独自の文脈から見つめてみたいという気持ちが強くなったね。

2014年に「ハリウッドはアフリカ系アメリカ人に黒人映画を撮らせてくれない」と発言していますが、2016年の今はどうでしょうか?『タンジェリン』から『ムーンライト』、そしてエイヴァ・デュヴァーネイ監督の『The 13th』に至るまで、現在は幅広い黒人映画が制作されている印象があります。
最近観た黒人映画で、情熱が感じられて過去の映画にはあった力強い勢いを感じさせるような作品はやっぱり少ないよ。今年リリースされた中でよかったのは、監督の実生活によってぶち壊された。『バース・オブ・ア・ネイション』で監督・主演を務めたネイト・パーカーが大学時代に女性をレイプしたという容疑で話題になったんだ。君があの映画を観たかどうかは知らないけど、とてもパワフルな映画だよ。でもパーカー自身の過去が、映画のせっかくの成功を台無しにしてしまった。あの映画をすんなりと成功させちゃしちゃいけないっていう勢力があったんだろうし、現代のBlack Lives Matter世代をあの映画支持に回しちゃいけないっていう力が働いていたんだと思う。「映画の影響で、ストリートに抗議の暴動が起きたりしたら」と恐れをなした映画関係者がいたんだと思うんだ。わけのわからない恐怖心だね。

あなたは、2pacとマイケル・ジャクソン(シングルトンは「Remember The Time」のミュージック・ビデオを監督している)というポップカルチャーの2大アイコンと作品制作を果たしていますが、彼らが生きていたら、現代でどんな力を持つに至っていたと思いますか?
俺の人生においてあのふたりと作品作りをしたあの時代は特別な意味を持っていて、だから今でも当時を思い出すのは辛い。とてつもない痛みを伴うんだ。2pacは、俺にとって精髄の俳優。これまでに俺が作った作品すべてに起用してもいいと思うほど、素晴らしい俳優の素質を持ってたよ。なのに、その命が奪われてしまった。

ボーイズ'ン・ザ・フッド2017』を制作するということは考えられますか?
うん、テーマとして今でも通用するからね。俺は、あれをティーン映画、青春映画だと思ってるんだ。青春時代を生きてる人間はいつの時代にもいる。

次にはどのようなプロジェクトを考えていますか?
オバマ大統領が退任した後のアメリカを描いた映画を作りたいね。バラク・オバマが去った後、アメリカはどうなるのか--8年前、オバマが大統領に就任したとき、アメリカは完全に偏向してた。多くの勢力が利己的な理由で経済を動かしていたから、アメリカ経済は常に不安定だった。オバマは大統領として、そしてヒーラーのような存在として登場して、実際のところアメリカ経済を救い、国を救ったんだよ。でも、黒人大統領ということで、心理的な抵抗のようなものがアメリカには8年間ずっとあった。オバマは任期の8年間をずっとポジティブな姿勢で通した--それには尋常じゃない強さが必要だったに違いない。でも、オバマが去った後はどうなる?この国はどうなってしまう?この先数ヶ月で変化が見えてくるはず。どちらが大統領になろうと、この国は変わる。オバマ後のアメリカを描いた映画に興味があるんだ。きっとこれまでになく緊迫した映画が作られる。

オバマが残した最大の功績とは何でしょうか?
わからないね。未来がどうなるかがわからないから。オバマが大統領だった時期は、とてもポジティブな状態だった。オバマはアメリカにとって癒しの存在だった--癒しの要素がなくなったとき、そこに何が生まれるかということだね。

トランプが大統領になってしまうという危険はあるのでしょうか?
あいつに当選の可能性はないね。

ということは、アメリカ大統領には、アフリカ系アメリカ人の次に女性が選ばれるということになりますね。政策の面で、それは何を意味するのでしょうか?ヒラリー・クリントンはどう問題に対処していくのでしょうか?
ヒラリーは、オバマと同様の状況に直面することになると思う。オバマはリーダーだった。政府との間に余計で瑣末な問題をたくさん見たはずだよ。心理的に、オバマの存在はこの国の旧世代に人種差別的な観点を生んだ。オバマはそれに対処しなければならなかったし、国民もオバマとともにそれに取り組まなきゃならなかった。ヒラリーは良い大統領になる。でも、リーダーとしてのヒラリーもまたオバマ同様、「男がやるべき仕事のはずが、女になんかつとまるわけがない」っていう国民や政府とうまく対処して戦っていかなきゃならない。そんなエゴとの向き合いが、これから4年間続くんだよ。性別に関する議論が盛んになるね。女性が大統領になって、男性至上主義社会は否が応でも変わらざるを得なくなる。そんな社会に反抗するひとは少なくない。

ボーイズ'ン・ザ・フッド』が世界に残したものはどのようなものだと考えますか?
あの映画は今でもパワフルな存在であり続けている。俺が育ったロサンゼルスのサウスセントラル、あの時代、あそこにいた美しい人々、彼らが強いられていた人生を見せる--それこそあの映画が残した最大のものだと思う。時代を超えた作品、青春映画のクラシック作品だと思ってるよ。人々が2、3度観てしまう、そんな映画を作りたいという夢が叶った作品だね。

エンターテインメントとしてもカルチャーとしても、そして政治的な意味でも、映画作りを大切だと考えますか?
そうだね。映画は人生というものについて考えさせてくれるから。映画やメディアでは、実に多くの文化や人種が無視され、存在しないかのように扱われてきた。ずいぶんと長い間、白人だけに許された世界だったんだ。自分を投影できる存在が一切登場しない作品を見ると、自分の存在価値がわからなくなる。古代石器人たちが洞穴の壁に絵を描いたのは、自分という存在をそこに描くことで「自分とは何か」「自分という存在の意味」「俺には魂が宿っているんだ」「俺はここに生きたんだ」と訴えるためのものだったんだ。全く同じ理由で、俺たちはテレビドラマや映画を作る--スクリーンに自らのストーリーを映し出すことで、存在の価値を訴えようという行為、それが映画なんだよ。

Credits


Text Hattie Collins
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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Culture
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