“Girlである”とは何を意味するのか?

ブルックリンで自身初となる写真&ドローイング展を開催したステフ・ミッチェル。若きフォトグラファーたちへの助言、そして“女の子”という言葉が彼女にだけ訴えかける意味について、ミッチェルが語ってくれた。

by Emily Manning
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31 August 2016, 5:54am

一昨年の夏、ステフ・ミッチェル(Stef Mitchell)は、自身初となるi-Dからの依頼を受けて、ブルックリンのマーシー・プレイグラウンドで通行人のポートレートを撮影した。白黒で撮られたそれらのポートレートには、BMXやバスケットボールにいそしむ少年たちやブルックリンに生まれ育った地元の人々が収められているが、そこに、彼女の写真作品の真髄を見ることができる。個性的な人間に向けるユニークな視点と、真摯だが遊び心溢れるディテールへのこだわり、そして被写体に感じ取る生の感情を捉えることができるその能力こそが、ミッチェル作品の核をなしている要素だ——彼女が作り出すものすべては、信頼という特別な要素によって作り上げられているのだ。

その後もミッチェルはi-Dとの仕事を継続している。最近では、ポートレートとドローイングを掛け合わせた作品を、本誌の『New Luxury』号に寄贈している。自身初となる個展『Girl』で、ミッチェルはドローイングやスナップショット作品を発表する。ブルックリンのRed Hook Labsで行なわれたこの個展には、i-Dと共に作り上げた作品も展示された。初の個展開催終えたミッチェルに、クリエイティブパートナーを持つことの重要性、1スライス1ドルのピザだけで生き延びたアニー・リーボヴィッツ(Annie Lebovitz)インターン時代、そしてなぜ皆に、人生における"女の子"たちの存在を真剣に考えてもらいたいかについて、語ってもらった。

出身のオーストラリアではジャーナリズムを専攻していたそうですね。ジャーナリストのあなたがどうにも想像できませんが、なぜ写真の世界へ方向転換を図ったのですか?
本当のところ、「フォトジャーナリズムに一番近かったから」という理由でフォトグラフィーの世界へと足を踏み込んだんです。フォトジャーナリズムこそは、私がもっともやりたかったこと。写真を通して、アメリカを知ることができたというのも魅力でしたね。それが唯一の魅力だったと言っても過言ではないかもしれません。

その時期について聞かせてください。アメリカへと渡ることを決め、フォトグラファーとしてのキャリアを築こうと努力した日々について。
アメリカへ来たのは、アニー・リーボヴィッツのインターンになるためでした。6ヶ月に及ぶインターンシップでしたが、当初は寝泊まりする場所も決まっていなかったし、頼る友達もいませんでした。持っているお金も700ドルのみ。『Vogue』誌の撮影にたずさわっているにもかかわらず、泊まっているのはタイムズスクエアにあるボロボロのホテルだったりして——とても不思議な時期でした。そのうち、アニーのアシスタントのひとりが、「空き部屋がある」というお友達を紹介してくれて、ようやく人並みの生活が送れるようになりました。なんとか6ヶ月のインターンを終えて、一度はオーストラリアへ戻ってビザを取り、きちんとキャリアを築こうとアメリカに戻ってきました。

そんな大変な時期、何があなたの背中を押していたのでしょうか?
その冒険のような感覚を楽しんでいました。めまぐるしく過ぎる毎日で、食べるために小さなアルバイトをしたりしましたよ。アニーのアシスタントのひとりにランチをご馳走してもらうかわりに、彼のアパートを掃除する、とかね。その頃、フォトグラファーとして成功するためには、フォトグラファーでいなければならないんだと気がつきました。アニーという師匠を見て、いつもインスパイアされていました。「こんなふうになりたい」と。

今回の個展は、あなたが100%反映されていましたね。しかし同時に、ある種のチームワークによって作り上げられた世界観があります。重要なコラボレーターのひとりに、素晴らしいプロデューサーで、あなたの奥様でもあるジョージ(Georgina Koren)がいますが、おふたりはどのように作品制作にあたるのでしょうか?
私がまだインターンとして働いていた頃から、ジョージは「こう振る舞ったほうがいい」「着るならその服じゃないほうがいい」「髪は片方だけ刈り上げたりしないほうがいい」と、様々なアドバイスをしてくれていました。それが発展して、今では私が何かクリエイティブな機会に恵まれると、すぐにふたりで話し合うようになっています。ふたりで話し合って、そこに生まれたアイデアに一層の自信を持って、何でもふたりで作り出している感覚がありますね。そういうパートナーがいるというのは何物にも代えがたいものです。

個展で展示する作品はどのように選出したのですか?
写真にまつわるクリエイティブたちの事務所Art + Commerceの創設者でありRed Hook Labsのオーナーでもあるジミー・モファット(Jimmy Moffat)の影響が大きかったですね。個展を開くというアイデア自体、モファットが考え付いたものでしたしね。彼は実に豊富な経験を持った素晴らしい方で、私はただ彼の視点に興味があっただけなのかもしれないとまで思います。彼が私の作品について語るのを聴いているだけで勉強になりました。展示のレイアウトを試しながら、私はそこに物語性を生み出したくて、各作品の配置に試行錯誤していたんですが、モファットは「顔の写真があって、体の部位の写真があって、シチュエーションが捉えられた写真がある。これが顔、これが体、これがシチュエーションで」と、いとも簡単にレイアウトに物語性を与えてくれたんです。彼にかかると、すべてはとてもシンプルに思えました。彼と一緒に見ると、自分の作品をそれまでと全く違った角度から見ることができるんです。すごく有益でしたが、とても人間業とは思えませんでしたね。

タイトルについて聞かせてください。なぜ『Girl』としたのですか?
面白いフレーズや単語を書き出してみて、それを、私が意見を尊重できる人たち——ジョージやスパイク・ジョーンズ、リズ・スカーフ(Liz Scarf)たちに見せて回ったんです。それぞれが選ぶフレーズや単語、そしてそれを選んだ理由を聞くのはとても興味深かったですね。『Girl』を推したのはスパイクでした。「このなかで一番具体的で、端的で、君が表現したいことをもっとも噛み砕いて言い当てているから」と、girlを選んだ理由も深くて。それについて、よく考えてみて、気づいたんです——どんな文脈であっても「girl」という単語は面白いかもしれない……。私にとってgirlは単純ではない言葉だから、と。名前でも容姿でも、私は男だか女だか判断がつきにくい——私が何者であるかも、私をよく知らなければ判断しにくい。大半のひとが「girl」という言葉に感じる意味は、私がそこに見出している意味とは少し違うのかもしれない——そう考えたんです。この個展を見たひとに、この「girl」という言葉が意味することについて、そしてなぜそのような意味を見出すに至ったのかについて、考えてもらえたら嬉しいですね。

被写体の女性たちについて教えてください。
私が大好きな人や親しい人、それから出会ったばかりの人も混じっています。妹シャーロットの成長の過程を捉えた写真もあります。8歳のときですら、彼女のルックスと存在感には何か私の心を捉えて離さないものがあったんです。そこで感じるのはきっと"girl"ではなく、それを超えた何か——"女の子"や"男の子"といった概念よりもはるかに圧倒的なものを感じることができるはずです。シャーロットはとても個性的な、力強い存在感のある子です。

私たちは一緒に雑誌を作り上げた経緯があります。あれはこのエキシビションからはまったく独立したプロジェクトとして始められたものだったわけですが、こうしてショーでの発表という運びとなりました。今こうしてすべての作品が一堂に会したのを見てみると、私たちが雑誌に表現しようとしていたものがこのショーの世界観にうまく作用していて嬉しいです。
本当にそう思います! プロジェクトが始まった当初からアイデアはすでにありました。だけど関わっている人たちや様々なルールに阻まれて、なかなか実現にこぎつけられないフラストレーションがありましたね。そのフラストレーションがあったからこそ「冗談じゃない。私たちが良いと思うようにやる。私たちが良いと思うように編集して、私たちが最善と思う手段で発表するの」と、ここまで押し通してこれたんだと思います。そんなスピリットがショーに宿っているといいですね。

いまあなたが夢中になっているものとは?
最近、自分の作品のなかに表れている宗教的要素に気づいたんです。意図的に織り込んでいるわけでもないし、だいたい私はまったく宗教的な人間ではないにもかかわらずです。カトリック系の女子高に通って、シスターの授業を受けて育ったんですが、あるときシスターのひとりが激昂して、私を教室から引きずり出しながら私の顔に唾を吐きつけて、挙げ句の果てには「あなたは悪魔の化身です!」なんて怒鳴ったことがあったんです。笑えるでしょう?そんな学校に6年間も通わされて、頭のおかしい人たちに囲まれて育ったんですよ。だからそういう宗教のオリみたいな要素が、結局は私の一部として生き続けてるっていうことなのかもしれません。シスターたちが望んだような結果では決してないでしょうけどね。

このエキシビションを見た人たちに、何を感じ取ってもらいたいですか?
気まずさでもいいから、何かを感じてくれればそれでいいです。責められているような感覚をおぼえるなら、なぜそう感じるのかを考えてもらいたい。インスパイアされるひともいれば、なぜか怒りを感じるひともいるかもしれない。ルールなんて、もはやないんです。

Credits


Text Emily Manning
Photography and illustrations Stef Mitchell
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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