Still from Matthias & Maxime (2020)

絶賛と酷評、パンデミック後の映画の未来──グザヴィエ・ドラン interview

弱冠25歳にして、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したグザヴィエ・ドラン。それから5年、時に激しい批判や冷笑も浴びてきた彼が、友人に捧げた最新作『マティアス&マキシム』について語る。

by Douglas Greenwood; translated by Nozomi Otaki
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11 September 2020, 2:18pm

Still from Matthias & Maxime (2020)

〈恐るべき子ども〉は、いつ大人になるのだろう。映画界の神童というあだ名は、賞賛され、偉業を達成した映画監督の新たなステータスとなるのだろうか。フランス系カナダ人映画監督のグザヴィエ・ドランは、今まさにその分岐点に立っているのかもしれない。

現在31歳の彼は、(おそらく彼史上最も〈成熟した〉作品といえる)最新作『マティアス&マキシム』が全世界で公開されるなか、アート映画界を代表する若き映像作家としての10年以上にわたるキャリアを、ようやく振り返る時間を得た。

19歳にしてデビュー作で脚本/監督/主演を務め、これまで計8本の長編映画を発表してきたドラン監督。そのうち6本がカンヌ国際映画祭で上映され、批評家からも高い評価を受けた。

息子と母の破綻した、壮絶な親子関係から、家族を描いたドラマ、クィアのラブストーリーまで、彼の作品は思春期を中心的なテーマに据えつつ、同時に成長を描いている。

大衆受けする物語のロジックにこだわる脚本兼監督も多いが、グザヴィエは彼らとは一線を画している。彼が重視するのは、彼自身が描きたい物語だ。

ドラン監督の作品には、一貫するテーマがある。まず最初の4作では、脆い親子関係(『マイ・マザー』)、三角関係(『胸騒ぎの恋人』)、変わりゆく中年の恋人たちの関係(『わたしはロランス』)、過去の恋人への追悼(『トム・アット・ザ・ファーム』)を通して、揺れ動くクィアの心を描いた。

しかし、彼のスターとしての地位を揺るぎないものにしたのは、5作目の『Mommy/マミー』(2014)だろう。息子の問題行動に向き合う母親、親子の複雑な愛情を描いた傑作だ。

当時25歳だったグザヴィエは、本作で、83歳の巨匠ジャン=リュック・ゴダールとともにカンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞した。これを機に彼に対する期待はさらに高まり、グザヴィエは同映画祭の常連となる。

​Still from ​Matthias & Maxime ​(2020)

続いて2016年に公開された『たかが世界の終わり』は、自らの死期が迫ったことを知らせるため、ある青年が家族のもとへと帰郷する物語。出演者にはギャスパー・ウリエル、レア・セドゥ、マリオン・コティヤールなどが名を連ねる。

しかし本作は、残念ながら膨れ上がった期待に添うものではなく、多くの批評家から酷評を浴びることとなる。

たしかに登場人物たちは劇中で容赦なく互いを傷つけ合うが、それは正当な目的があってのことだ。パーソナルな部分を徹底的に掘り下げる本作はオーディエンスを戸惑わせ、それに耐えかねたという観客もいた。

上映後の記者会見について、ドラン監督は次のように語る。「『クリード チャンプを継ぐ男』に5つ星をつけて、『ワイルド・スピード』に星4.5をつけるひとが、この作品のマリオン・コティヤールは退屈だ、なんていうなら、それこそ〈世界の終わり〉。何のためにここにいるんだ?って訊きたいね」

キット・ハリントンやナタリー・ポートマンらが集結した2018年の『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』も、同様の運命を辿ることになる。トロント国際映画祭でのプレミア上映後のレビューには、否定的な言葉が並んだ。

『Variety』誌のピーター・デブルージュは、本作の技術力は「呆気にとられるほどの自己中心主義」にかき消されている、とコメントし、『Hollywood Reporter』のステファン・ダルトンは本作を「煩雑」と評した。

本作は実際に、ドラン監督自身の厄介で私的な物語をスクリーンに映し出した作品だった。物語の中心にあるのは、彼の作品に共通するテーマである、誤解や自覚なき差別だ。ただ、それを演じたのは、アカデミー賞ノミネート歴のある有名俳優だったというだけの話だ。

​Still from ​Matthias & Maxime ​(2020)

本作が複雑でありながら、強く印象に残るのは、それこそがドラン監督のストーリーテリングヘの人間味に溢れたアプローチの証左であり、演者が誰であろうと、真に迫ったキャラクターを描くことのできる彼の手腕を証明している。

批評家の評価は、今のグザヴィエ・ドランにとっては大した問題ではない。この10年間、絶賛と酷評が目まぐるしく入れ替わるなかで、彼は徐々に批判に対して鈍感になっていった。

しかし、グザヴィエが5年ぶりにカメラの前に立ち、ロマンスと友情を真っ向から描いた『マティアス&マキシム』は、彼の原点回帰ともいえる作品だ。

彼の長年の仲間とともにカナダで撮影された本作は、幼馴染のマティアスとマキシムがマティアスの妹の短編映画でキスシーンを演じたことをきっかけに、ふたりの関係が変化していく様子を描く。私たちが目にするは、彼らの心地よい日常と、変化への憧れという対照的な瞬間だ。

グザヴィエ演じるマキシムは、何かと手のかかる厳格な母親の世話を叔母に託し、オーストラリアへ旅立つ準備を進めている。そのいっぽうで、ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス演じるマティアスには女性の恋人がいて、法律事務所で結果を出そうと努力している。

マキシムの出発の日が近づくにつれ、仲間同士の絆に亀裂が生まれていくが、誰もそれに直接向き合おうとはしない……。

本作が問いかけるのは、「キスは何を目覚めさせるのか?」という疑問だ。グザヴィエは見事な手腕をもって、この問いに対する答えを探っていく。

今回のインタビューで、グザヴィエは酷評を乗り越えたあとの映画づくり、衣装をはじめとする、『マティアス&マキシム』の世界観の演出、映画業界が再開したあとの計画について、心ゆくまで語ってくれた。

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──2010年代後半は、主に大物俳優たちと作品をつくってきましたが、『Mommy/マミー』の成功を踏まえれば自然な流れですよね。それでも、今回再び慣れ親しんだキャストを選んだのは、やはり作品への期待をプレッシャーに感じたからなんでしょうか?

いや、そういうわけじゃないんです。ただ、今回は愛と友情の物語をつくりたくて、それを仲間たちと一緒にやりたかっただけです。

故郷以外の場所が舞台だったら、この物語は書けなかったと思います。でも、どうしても家に帰りたかったわけではありません。前の2本も故郷で撮影しましたし。

この2本は失敗作だという声が多いのは知っています。でも、作品をつくったこと、あのキャストたちとした仕事は決して失敗なんかじゃない。有意義な学びや気づきを得られた体験でしたし、すごく楽しかった。

物語は、期待やプレッシャーからは生まれない。物語を生み出すのはアイデアです。アイデアが僕をいろんな人たちのところに運び、その人たちが僕をいろんな場所へと運んでくれる。それ以上のものはありません。

──カメラの前に立つのは『トム・アット・ザ・ファーム』以来でしたが、脚本を書いているときに、これには自分が出よう、と決めたんですか?

ええ、他の役者についても同じです。愛するひと、感銘を受けたひとのために脚本を書いているので。僕自身はそこには当てはまらないので、自分が出ることを想定して書くときは、面白そうな展開を考えたり、新しいことに挑戦します。

でも、あまり自分を危険にさらしすぎないようにしています。僕がただ目立ちたいだけだとか、実力を証明したくてたまらない、みたいな印象は与えたくないので。

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──これまでの作品もそうですが、今回もブリトニー(・スピアーズ)の「Work Bitch」からARCADE FIREまで、音楽がすばらしいですよね。これらの音楽はどのように決められたんでしょうか。紆余曲折を経てその曲を使えることになったのか、初めからこれがいい、と決めていたのか、または結局使いたくても使えなかった曲もあったんでしょうか?

使う曲はほとんど最初から決めていますが、苦労することが多いです。マネージャーに連絡したりアーティストに手紙を書いて、長いあいだ返事を待つことになったり。丁寧な返事が来ても、実はこちらの依頼をまったく理解していなかったということもあります。

でも、とても寛大で親切なひともいます。その筆頭がフローレンス・ウェルチですね。それからブリトニーのマネージャーも!

もちろん、きっぱり断られることだってあります。他の映画ならいいけれど、僕たちはダメだって。何か理由があるんでしょうね。面食らうこともあります。大好きな曲を書いている相手に、作品で曲を使ってほしくないといわれるのはつらいことだから。でも、人生はそんなものですよね。

──ずっとカンヌからサポートを受けてきましたが、カンヌでのプレミア上映を義務のように感じたりはしませんか? 厳しい批判にさらされる場でもありますよね。この10年間で、映画祭に対する想いに変化はありましたか?

カンヌでの上映を義務だと思ったことはないですよ。カンヌ関係者は、僕が『トム・アット・ザ・ファーム』をヴェネツィア国際映画祭に出したのは〈浮気〉だ、なんてからかうかもしれないけど、たまには離れてみて戻ってくるのもいいことだと思います。

批判に対する心構えは、一生向き合い続ける課題みたいなもの。この先うまく付き合えるようになるかもわかりません。僕はただ真摯に映画をつくり、作品に対する意見も同じように真摯に受け止めるだけです。

たしかに僕はずっと未熟でした。こうなることは明らかだった。だから自分の技術を磨きたかった。成長し、進化したかった。でも、レビューだけに自分の作品の評価を見出すわけにはいきません。それは何か他のものに求めないと。例えば自分自身とか、家族とか、友人とか……。彼らが僕にとって最も厳しい審査員なので。

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──今回の作品は、親密な瞬間のあとに明らかになる押し殺されていた感情、それをきっかけに自らのセクシュアリティを見つめ直すふたりを描いています。クィアの映画や男性の主人公のステレオタイプ的な描写については、どのくらい意識していますか? ご自身の作品では、そういう描写はできるだけ避けるようにしていますか?

僕はクリシェ(※ありがちな表現)とステレオタイプの二種類があると思っていて、このふたつは別物として捉えています。

ステレオタイプのなかには、あえて使ってみたり、少しひねりを加えると面白いものもあります。ありがちなキャラクター描写を出発点にして、彼らを欠点や矛盾を抱える人物に変えることもできる。人は誰でもステレオタイプな人物のイメージを持っているので、それを逆手にとることで意外性を持たせるのは楽しいですね。

クリシェというのは、何回も見たことのあるありふれたシチュエーションで、新たに手を加えることはできないもの。そういうものはできるだけ避けるようにしていますが、それがうまくいくかどうかは、オーディエンスの個人的な体験次第です。

──本作にガブリエルを起用したきっかけは? マティアスの法律事務所の同僚で、愛国心が強い、典型的な〈よそ者〉のハリス・ディキンソンも、脇役ながら面白い役どころですよね。

今回はひとりかふたりの役を除いて、すべての役を当て書きしました。この作品は最初から、僕の友人への愛の告白にする予定だったんです。必ずしも僕が所属するグループ、つまり僕の仲間たちを出す必要はなかったんですが、結局選んだのは長年の友人がほとんどです。

『ブルックリンの片隅で』のハリスを観て、彼が選ぶ作品はとても洗練されていて繊細だと思いました。それで僕たちはきっと相性が良い、と確信したんです。ハリスは役の重要性よりも、その存在意義だとか、その裏にあるプロセスを重視している。そこが好きです。

最近ハリスに電話をして、MVのためにリラックスした雰囲気の短い映像を撮りたい、と伝えたんです。結局実現しなかったんですが、彼はすごく前向きに話を聞いてくれて、すごく嬉しかった。僕を信頼してくれてるってことなので。大切なのは信頼関係です。

​Still from ​Matthias & Maxime ​(2020)

──これまでの多くの作品と同様、本作でも衣装を手がけていますが、このキャラクターはこんな服装、というイメージはもともとあったんでしょうか?

ありました。登場人物たちはみんな分野も背景も異なります。着るものはその人自身について多くを物語りますが、20代後半の若いストレートの男性については、そこまで服装に内面が反映されないと個人的には思います。

なので彼らのワードローブは、彼らが青春時代から大人になるまで着続けてきた古いアイテムと、仕事用に買った服、クリスマスや誕生日にもらった服などの新しいアイテムが混ざり合っています。なかには優れたファッションセンスの持ち主もいますけどね。

互いに影響を与え合いながら、自分なりの個性を守っている青年たちのいろんなスタイルをつくりあげるのは、すごく楽しかったです。

──パンデミック後の映画の未来に不安はありますか?

あります。そもそも映画館へ行くという習慣は、ストリーミングの登場によって、すでに世界中で廃れつつありました。もちろんマーベルなど、シリーズものやフランチャイズ作品などの〈映画的イベント〉を除けばの話ですが。

周りを見ても、さらに僕自身ですら、劇場で一体感を味わいたいという想いは着実に薄れていっていますし、限られた人数での娯楽を求める傾向が強まっています。

でも今は、その選択肢すらない……。このままだと映画館がなくなってしまうのでは、と心配です。残ったとしても、上映されるのは大手スタジオの作品だけで、インディ映画や中規模の作品はオンラインだけの公開になるかもしれない。それは悲しいです。正直、iPadで観ることを想定して映画を撮ってるひとはいませんから。

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──最近、オノレ・ド・バルザックの小説『幻滅』の実写化作品の撮影を終えたそうですね。この作品では、出世のために労働者階級の出自を隠している脚本家/ジャーナリストを演じました。本作への出演はどのようにして決まったんでしょう?

監督のグザヴィエ・ジャノリから連絡があって、この作品でネイサン・ラウルを演じてほしいといわれたんです。オファーはそれほど多くはないので、すごく楽しみでした。

彼の見事な脚本を読んで、コーヒーを飲みながら話して、それで出演が決まったんです。忘れられない体験になりました。彼は真のアーティストで、完璧を求めている。教養があって、クリエイティブで、情熱的で。どの瞬間も楽しかった。

──ここ数年は俳優としての活動がメインでしたが、最新作では監督と脚本も手がけています。今後の予定を教えてください。

ミニシリーズ、1800年代後半が舞台のホラー映画、それから社会ドラマ! でも今のところは、状況が落ち着いて、映画を撮影できるようになるように、みんなで協力することが最優先です。

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グザヴィエ・ドラン監督『マティアス&マキシム』は、9月25日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー。

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