なぜ私たちはネット上で病気になりたがるのか?

最近SNS上で一種のミームとなっている、病気への共感。多くのユーザーが「自分も病気かもしれない」と考える理由について、専門家に話を聞いた。

by James Greig; translated by Nozomi Otaki
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28 May 2021, 6:28am

子ども時代に読書好きだったあなたへ。こんなことを伝えるのは酷かもしれないけれど、『ハリー・ポッター』シリーズを読みふけっていた大切な時間は、きっと不快な環境から逃げ出す手段に過ぎなかった(ついでに、J・K・ローリングがまともな人間だという期待も消えた)。

 たまに友人への返信を忘れる? それは100%過去のトラウマのせい。24時間返信することを期待される文化がもたらした当然の結果なんかじゃない。今すぐセラピストに相談して!

 職場で集中できなくて悩んでる? 毎日スクリーンの前で退屈なタスクをこなしながら8時間をやり過ごしてるなら、こんなことは言いたくないけれど、脳内の化学物質に何か決定的な異常があるのかも……。

 ネットを参照すれば、私たちのあらゆる行為が厄介な病理の証拠となる。もちろんSNSは、精神疾患やADHD(注意欠如・多動症)を抱える人びとや、自閉症スペクトラムのいずれかに当てはまる人びとにとって、貴重な情報源にもなりうる。

 例えば、ADHDはいまだに(特に女性のあいだで)診断で見落とされやすいといわれており、この障がいへの関心を高めれば、診断を切実に必要とするひとが診断を受けられるようになる可能性もある。しかしネットには、多くの事象に関して、無料だが何の規制もない情報があふれているというデメリットがあることを忘れてはいけない。

 Instagram、TikTok、Twitterには、日常的な行動をこれらの症状とみなす例が後を絶たない。どんなに些細な症状でも、ネット上の誰か/どこかが、それは何らかの健康状態や一生続く障がいの証だと認めさせようと躍起になる。

 「何でもかんでも医療問題にすると医師が批判されることもありますが、世間一般の人びとにも同じことが言えます」と英国王立精神科医学会(Royal College of Psychiatrists)成人精神医学部門のジョン・バンニーキルク医師は明言する。

 「(オンラインで)診断したり、メンタルヘルスの専門家を騙る人びとの問題点は、ただ不安を煽るだけになる恐れがあるということです。間違った思い込みをすれば過剰診断につながりますし、ごく当たり前のことを病的なものと捉えてしまう」

 「同時に、彼らは無駄な安心感を与えてしまうこともあります。本当に必要なものはそれではないのに。一般開業医やメンタルヘルスの専門家は、たいていの場合(それらの症状が)根底にある身体的な健康問題(によるものでないこと)を確かめるために身体的な健康診断をすることが多いので、それを必ず受けるようにしてください」

 特にADHDを抱える人びとへの〈共感〉は、ある種のミームとなっている。なんの脈絡もなく症状を提示されたら、「これ私だ」という考えに陥りやすいためだ。誰にでも集中力が続かないときはあるし、ほとんどのひとが鍵を失くしたり約束に遅れたことがあるはずだ。

 しかし、いくつかの症状に当てはまるからといって病気であるとは限らない。「もし〇〇しているなら、あなたは〇〇」という投稿で陥りやすい誤解だ。

 「症状には幅があります」とバンニーキルク医師は指摘する。例えば、境界性パーソナリティ障害もそうだ。「衝動に駆られたり、ときに感情の起伏が激しくなったり、というのは、十代であれば普通の成長プロセスであり、境界性パーソナリティ障害やナルシスティックな傾向があるわけではない。これらの用語は特に誤解されがちです」

SNSによってこれらの障がいが矮小化されたり、一般化されすぎると、オンラインでのメンタルヘルスやニューロダイバーシティ(※脳や神経に関する特性を多様性のひとつとして尊重すること)に関する話題において、それぞれの特徴が入り混じり、混乱を招きやすくなる。60秒のビデオ、10枚の解説画像、140字のミニブログは、このトピックの複雑さを掘り下げるのに十分とはいえない。

 『Tumblr』の共同執筆者で、ロイヤルメルボルン工科大学デジタルエスノグラフィー研究センター(Digital Ethnography Research Centre at RMIT University)のナタリー・ヘンドリー博士は、このような現象の裏にはさまざまな要因があると語る。

 その中心にあるのは、もちろん私たちの良き〈友〉である後期資本主義だ。「SNSでこれらのトピックについて話す場をつくれば、必ず新たな市場が生まれます」と博士は指摘する。「TikTokのユーザーは、パッシブインカム(※受動的、自動的に入ってくる収入)に取り付かれています。パンデミックによって多くの人が仕事や所得を失うなか、収入を得る新たな方法を模索しているんです」

 例えば、ADHDを抱えるひと向けに1日の過ごし方をアドバイスするCanvaのワークシートを作成して収益化したり、スタイリッシュなグラフィックでトラウマと向き合う方法を教えるジャーナルを売り込むこともできる。「秘訣やコツを共有する人びとのそばには、必ず市場が存在します」

 この〈市場〉(とそこに必ず絡んでくる収益)は、見知らぬ人の精神疾患や障がいを診断するカルチャーと切り離せない関係にある。この市場は、このカルチャーに依存しているともいえるだろう。もちろん、善意に基づく純粋なサポートも多いが、これらの診断を後押しするなかには打算的なひともいるということを心に留めておくべきだ。

インフルエンサーやコンテンツ制作者の動機は、権力やお金によって説明できるかもしれない。しかし、SNSユーザーがこぞってこの診断を受けたがるのはなぜだろう。自分たちの行動を医学的視点からひも解きたいという意欲の高まりは、いったい何を意味しているのだろうか。

心理学をわかりやすく解説するニュースレター〈MentalHellth〉の執筆者、P・E・モスコウィッツによれば、この現象を後押ししているのは、個々の脳内の化学物質ではなく、私たちが生きるこの社会だという。

「混乱や孤立を助長するインターネット、ひいては社会全般によって、多くのひとが追い詰められているように感じます。郊外で育つ18か19歳の若者は、実在するコミュニティに触れる機会はほとんどなく、大抵はオンラインのコミュニティです。そしてオンライン世界はとても複雑な空間です」と彼女はいう。「おそらく精神疾患を特定の物事に当てはめ、カテゴライズすることで、自分のコミュニティを見つけているのでしょう」

 それは必ずしも悪いことではない。若者がオフラインで〈本物〉の助けを求められる分にはいいが、問題は、彼らが正規の方法にアクセスできない場合が多いということだ。

 バンニーキルク医師は、人びとが適切なケアを受けられるよう、「政府に十分なリソースを割くように働きかけなければ」と訴える。おそらく私たちが直視するべき現実は、これらの不透明なオンラインコミュニティが人びとが受けられる最善のケアであり、何もないよりはまし、という程度であることなのだ。

 「もちろん、自分のトラウマや社会への不快感や疎外感を通して、誰かに共感したり、コミュニティを見つけるのは素晴らしいことだと思います」とモスコウィッツはいう。しかし、ここでの問題は、メンタルヘルスやニューロダイバーシティの過剰診断は、問題の根本的な原因が自分にあり、変えることのできないアイデンティティの一部だという思い込みにつながりやすいという点だ。

 「自分は社会に適応できないから治療が必要だ、と考えるひとが増えるにつれ、私たちはみんな脳内の化学成分には関係のない、もっと大きな何かが起こっていることに気づくはずです。その〈何か〉のほうがよっぽど重大だということに気づく必要があります」

 過去には、過剰診断を批判する声は保守派から上がることが多かった。ヘンドリー博士によれば、この議論は決して今に始まったことではないという。

 「1966年に出版された、保守派が愛読するフィリップ・リーフの『The Triumph of the Therapeutic』という本があります」と博士は説明する。「本著は、心理学が西欧諸国に広まるにつれ、人びとが心理学の用語や考え方を用いて感情を解明することに夢中になっていった、と主張しています」

 「『The Triumph of the Therapeutic』は保守派の出版社ISI booksから何度も再販され、現在の右派も、残念ながら、この本の文脈に沿うかたちで〈スノーフレーク(※右派が左派に対して使う蔑称)〉〈脆弱性〉〈気分を害する〉といった言葉を多用しています」

 これらの概念が現代の右派に浸透していることは明らかで、注目を集めたい人びとが誇張しているだけという推測に基づき、安全な空間や注釈、あらゆる症状への冷笑的な態度が蔓延している。

 しかし、オルタナ右翼的な嫌がらせをしなくても、このようなネット文化を批評することはできる。通常の行動を病的なものとみなすことをどう思っていようと、苦しみを打ち明ける人びとがいたら、私たちはいつでも信じるべきだ。特にこの2021年、誰もが精神的に苦しい状況に置かれているコロナ禍ならなおさらだ。

 「今は誰もがどん底の時代を生きています。資本主義がそれに拍車をかけている」とモスコウィッツは主張する。

 「みんなが孤独を感じています。でも、人びとはなぜかそれを時勢と結び付けられない。人びとがオピオイドで自ら命を絶つ理由は、私が思うに、7種類の抗精神病薬が必要なほど日常生活に支障をきたしていると感じる理由と同じです。私たちの脳は、今の社会に適応できるようにつくられてはいないのです」

 本人がADHD、境界性パーソナリティ障害、PTSDかもしれないと思っていても、実際はそうとは限らないと考えるのは、一見妥当な意見にも思える。誤った情報が飛び交う世界では、勘違いしてもおかしくない。

 しかし、病気かもしれないと疑いを持つこと自体が、何かがおかしいということを示唆していて、それは真剣に受け止めるべきだ。そもそも何かが欠落している、もしくはもっと楽な生き方があるはずという違和感にさいなまれていなければ、自分の行動をカテゴライズしようとは思わないはずなのだから。

 治療が必要ないとか役に立たないというわけではないが、ひょっとすると、求める答えは現行の医療モデルの外側にあるのかもしれない。オンライン診断のカルチャーが興味深い点は、信奉者たちは既存の医療モデルの枠組みとは相反するものだと主張するものの、それと全く同じ価値観を保持していることだ。

 このオンラインカルチャーの存在は、利用できる支援制度の不足、そしてまず第一に、人を惨めな気持ちにさせる、より広い社会風土を糾弾するものだ。それは私たちが外的な要因を認識する妨げにもなりうる。このカルチャーが存在する場所において、私たちが抱える不満や、普通に日常生活を送れないことは、非難の対象となるのだ。

 「(自分のADHDの症状を)生まれつきの脳のせいではなく、自分が生きたいように生きられない社会全般の症状とみなすことは、私にとってとても重要です」とモスコウィッツは訴える。

 「そうすることで、世界は変えられると信じられる。自分はどうしようもなくダメな人間だと思わずにすむ、こういうものは大した問題じゃないとみなされるような、より良い社会をつくれるのだ、と」

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