「削るだけではなく、修復できるのもヒップホップ」:THA BLUE HERB ILL-BOSSTINO interview 前編

日本のヒップホップシーンにおいて、孤高の存在であり続けるTHA BLUE HERB。2017年、20周年を迎えた彼らの最新ライブ映像作品『20YEARS, PASSION & RAIN』のリリースを記念して、ILL-BOSSTINOのインタビューをお届けする。

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apr 17 2018, 3:40am

地元である札幌を背負いながら、日本のヒップホップシーンにおいて並びない音楽性とライブパフォーマンスを絶え間なく進化させてきたTHA BLUE HERB。2017年10月29日に結成20周年を記念して開催された初の日比谷野外大音楽堂でのライブは台風22号が上陸し、暴風雨のなかで行われた。この3時間15分に及ぶ公演の模様を余すところなく収録した『20YEARS, PASSION & RAIN』には、現時点における最高到達点がここにまざまざと記録されている。ILL-BOSSTINOが語る、誰も追走できないヒップホップ道の過去、現在、そして未来のこと。

──20周年の集大成となる初の野音で、まさか台風が来るという。
まさかだよ──20周年の集大成となる初の野音で、まさか台風が来るという。まさかだよね(笑)。

──THA BLUE HERBが歩んできた軌跡を踏まえてもそれはあまりにドラマチックですけど、ほんとに過酷な状況でしたね。公演を中止するという選択肢は一切なかったですか?
俺はどういう状況でもやるつもりだった。ただ、PAテントが飛ばされたら、中止せざるを得ない。それがないかぎりは最後までやろうって感じだった。結果的には台風も最高の演出になったんだけど、ステージに立ってるときはつらかったよね。20年やってきたライブで一番つらくて、厳しく、過酷な状況だった。正直、本当は10月の秋晴れ、夕暮れ時にしっとりしたムードのなかで音楽を楽しみたかったよ(笑)。

──ただ、あの状況下において、BOSSはステージ上でお客さんに向かって「楽しもう」って言葉を投げ続けたじゃないですか。
それがキーワードだったよね。みんな楽しめたからこそ、ハッピーエンドを迎えられた。俺もあの場で成長するなんて想像してなかったよ。「とりあえず野音までたどり着けばOK、あとはゆっくりやろう、お疲れさん!」っていうくらいのテンションでライブができたらいいなと思ってたけど、俺もお客もあの場でもう一段階成長せざるを得ない状況になった。あんなに厳しい状況で3時間も音楽を聴いて更に楽しむというね。そして、最後にみんなでああやって笑って「またね」って別れられた。俺にとってもお客にとっても大きな夜だったなって思うね。

──新しいアルバムが完成するまではTHA BLUE HERBはアクションを起こさないという声明を出してましたけど、このライブで次のフェイズに行くための区切りをつけられたという実感もあると思います。
そうだね。あれだけのライブをやったら、生半可なことはできないなという気持ちになれた。お客にとっても、あの状況でも楽しめたんだから大概な事は大丈夫でしょって。図らずもそういうメッセージが残った夜になったね。ライブ映像を改めて見て純粋に泣けた。お客のエネルギーに泣けたよ。THA BLUE HERBって最初は自分たちさえよければそれでいいって思いながら音楽をやっていたんだけど、いつからかそれが変わってきて、お客と楽しみたいと思うようになった。野音に来てくれたのは東京のお客さんだけじゃないしね。THA BLUE HERBの初期は聴いていたけど、今は聴いてないという人も来ただろうし。いろんな人生がそこに凝縮されていて。そこには死もあっただろうし、子ども連れで来た人もいるだろうし、子どもを両親に預けてきた人もいただろうし、子どもと嫁さんと別れてれて結局一人になったけど来たって人もいたと思う。それぞれの人生に起きたことを挙げたら枚挙に暇がないわけよ。さらにあの天気のなかでみんな楽しんでたわけだから。泣けたね。感謝しかないよ。

──お客さんに対するスタンスが変化したのはいつごろだったんですか?
大きく変わったのは『LIFE STORY』(2007年リリースの3rdアルバム)以降、完全にすべてを自分たちで運営をするようになってからだと思う。レーベルも自分でやってるから、売上の詳細も毎月把握しているわけ。今月はどれくらい売れたか、売れなかったかというのも全部把握している以上、できる事は限られてる中で、気持ちはそこをないがしろにはできないよね。

──対価を払って、THA BLUE HERBの生き様としての音楽を享受しているという。
そうそう。こっちは好きな事言ってて、それで生活させてもらってるんだから、ありがたいことだよ。

──改めて、THA BLUE HERBにとって野音はどういう場所として捉えていたんですか?
当初は野音に対する思い入れはなんにもなかったんだよ。でも、実際にステージに立ったあの日を境に、THA BLUE HERBの歴史にとって野音は重要な場所になったね。ここから先、あの野音のライブはいろんな人に語られるだろうし。ただ、20周年のご祝儀は一回しか通用しないからね。次にもしデカい会場でライブをやるんだったら、さらにもっと現役感があってもっと曲をたくさん出して、みんなが知ってて聴いてるような曲を作ってからじゃないとダメっしょって思うね。

──1996年7月に開催された「さんピンCAMP」は、札幌のBOSSにはどう映っていたんですか?MCでは「さんピンCAMP」についても触れていましたけど。
「チクショー! なんだよ!」と思う部分は心のどこかにあって、それがモチベーションになったのは事実で。野音のMCでも言ったように反発心や悔しさがあったよね。だから、「さんピン」の存在価値は俺にもそれなりにあったんだよ。でも、憧れはしなかった。もちろん、「さんピン」は東京のラッパーの人たちにとってはとても重要なものとして捉えられているから、人の思い出を貶すつもりはないんだけど、俺にはまったく響かなかったのは事実で。ただ、俺自身はこの野音のライブ映像を観て反発する人や「さんピン」に対して何も感じなかったかつての俺と同じように何も響かない人とも当然のように競わなきゃいけないんだよね。

──今回のTHA BLUE HERBの野音ライブはゲストとして、地元の盟友であるJERRY“KOJI”CHESTNUTS氏とB.I.G. JOEの2人しか呼ばなかった。それはBOSSのなかで最初から決めていたことだったんですか?
元々は最初から最後まで俺一人でやるつもりだった。3時間を1MCでやり切るという金字塔を打ち立てたかったし、それをやることもできた。でも去年の10月に北海道の北見でライブをやったときにB.I.G. JOEとJERRY“KOJI”CHESTNUTSが来てくれて。ライブが終わってみんなで遊んでるときに野音を俺一人でやりきるというのは、俺自身のエゴに過ぎないんじゃないかと思った。お客に楽しんでもらうことを一番に考えたときに、そのエゴが正しいのか考えたんだ。B.I.G. JOEもJERRY“KOJI”CHESTNUTSも20年前から札幌で──それこそ東京では「さんピン」で盛り上がってるときも──俺たちのほうがカッコいいって生きてきた仲間だし。彼らが出てくれることでやれる曲もあって、お客さんも喜んでくれるはず、そう思ったときにはもう2人を野音に誘ってたね。結果的に昔の仲間と野音にたどり着けたのはとてもよかったよ。

──かつて、B.I.G. JOE氏とビーフになりかけたところをBOSS自身が止めたという過去もあったなかで、B.I.G. JOE氏がパフォーマンス後に「おまえには完敗だよ」って言った、そのひと言の重みもグッとくるものがありました。
あれには俺もビックリした。どう返していいかわからなかったもん。でも、俺とB.I.G. JOEの関係は永遠に続くからね。俺も「おまえには完敗だよ」って思わされることもあったし、これからもあるだろうし。B.I.G. JOEのラップにずっと憧れてるし、俺にとってはB.I.G. JOEのラップが原点だからね。

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