2018年のマインドセット:AMBUSH®デザイナー YOON インタビュー

東京を象徴するランドマーク、東京タワー。その麓で先日行われたAMBUSH®のショーは、音楽・ファッション・そして〈食〉を前面に打ち出した斬新な演出で幕を開けた。

by yuka sone sato; photos by Jus Vun
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29 March 2018, 11:37am

形式にとらわれず、境界をものともせず飛び越える彼らの“ナチュラルな勇敢さ”こそ、デザイナーのYOONとクリエティブディレクターVERBALの強さであり、彼らの真摯なマインドがそのままコレクションに反映されている点も興味深い。2000年代の東京のストリートファッションシーンを牽引してきた彼らが、ジュエリーという形で制作を発表したのが2008年。ストリートの感覚を色濃く打ち出したこれまでのブランドの路線からギアチェンジを感じさせた今季の2018年秋冬コレクション。そのクリエイションとマインドセットの背景、そしてデザイナーYOONの清らかな強さに迫る。

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——今回のテーマに行き着いた背景を教えてください。
2017年、シアトルやオレゴン、ワシントンを6年ぶりに訪れたんです。幼少期に転々としていた中でも最も長く住んでいたのがシアトルで、当時はあまり好きではなかった部分が去年訪れたときに“心にグッと来た”んですよね。シアトルの郊外にあるバースローは、静かで鳥や動物の声しか聞こえないような所でこんなに綺麗なのに、当時は感謝できていなかったな、と感じたんです。パワフルな自然のエネルギーに時折触れることが大事だと改めて思いました。

——当時のシアトルはグランジやITビジネスの創世記でしたよね。その頃の街のムードをどのように捉えていましたか?
そんなに大きい街ではないけれど、クリエイティブな人たちが多かったと思います。地元の大学生が放送しているAMラジオやマニアックな曲を流しているFM番組などがたくさんありました。情報がテレビやラジオしかなく、インターネットを使うときは電話が使えない(ネットに繋ぐためには電話回線を使用していた)時代でしたから、テレビはMTVかローカルの大学生の番組を観ていましたね。その頃はまだファッションという意識はなくて、単純に好きなミュージシャンがいたら真似したいという思いが強かったです。街はAmazonやスターバックスがスタートしたばかりで、みんなあまりお金がない時代だったせいか古着のデニムを着て、寒さしのぎに楽なネルシャツを着て、雨も多いからノースフェイスを羽織る、そういう格好をみんなリアルにしていたんですよね。カート・コバーンがかっこいいから、とかではなかったんです。

——YOONさんはどのような文化に傾倒していましたか?
当時のシアトルにはまだヒップホップはそんなに根付いていなくて、白人ばかりでスケボーのシーンが多かったので、エモやゴスを聴いていました。未成年だったのでライブはいけないけれど15歳から運転ができるので、大学のある町に行ってZINEやフライヤー、音楽シーンの手作り新聞などをひたすら集めていました。アートワークも適当な感じのテイストが流行っていて、かっこよかったんですよね。

——2018年秋冬コレクションのテーマ“NOBO”の意味とは?
「North Bound」意で、山に登るときに上に行くという意味のハイキング用語です。シアトルに戻ることも北に行ったし、ちょうどいいかなと思って。自分が純粋に着たいと思ったものを作ったコレクションですね。

——「No Boundaries」かと、深読みしていました。YOONさんは国や文化やある意味業界の通例も超えた活躍をされていますから。2017年のLVMHプライズでファイナリストに選ばれましたね。
すごく光栄でした。服もスタートしたばかりでしたし、申請するつもりは全くなかったんです。でも、パリの展示会をしていた時にLVMHの方が来て「LVMH プライズを知ってる?」と聞かれて「もちろん!」って。「ここのリンクから……」とその場で手ほどきを受けて(笑)、言われるがまま申請したのが本当のところです。

——周りの若いデザイナーと並んで、感じたことは?
みなさんファッションの学校を出た人ばかりで、独学は私だけだったんですが、アナ・ウィンターに出身校を聞かれて、独学だと答えたら「good job!」と言われたことが嬉しかった。ファッション学校出身ではない分、技術的な面はもちろん、社会的なコネもないところからつながってなくてはいけない。ずっと不安でしたが、アナに褒められて少し自信がつきました。いいアイデアがあって、頑張りさえすれば誰にだってできると立証できた。だから自分のヴィジョンがあったら、それを形にすることが大切で、頑張ればいつか行けるっていうことが、若い人たちに今いちばん言いたいことですね。

——社交的な場面での発言も増えています。責任をどのように捉えていますか?
責任を感じるのは、経営者としての部分です。ただ物を作るだけではなくてプロジェクトを進めたり、スタッフのハンドリングや経営など、全方位的に把握して全体をパズルのように動かさなくてはいけない。以前はデザインが第一だったけれど、今は全体の中でデザインは15%程度で、他は人間関係や会社をまわすことに費やしています。みんな中心にいる私を見ていますし、指示を待っているので、少しでも疲弊した顔や弱い姿を見せるべきではないと思っています。完璧人間ではないけれども、影響力がある以上、その空気を作ってしまいますから。きちんと統治することで、会社がもっと大きくなったときにさらにその下の人たちを上の者がきちんと教育できます。なんて、まるでお母さんみたいですよね(笑)

——会社の成長とともにご自身も大きく変化しているのですね。
以前はデザインということについてクリエイティブ面を行うことだと思っていたけれど、システムもデザインなのだと気づいたんです。お店のやり方もPRも言葉もデザイン要素で、そのすべてがAMBUSH®というブランドを作っている。ピアスやTシャツはデザインの一部であって、全てを包括してブランドとして成立させないといけない。ファッション業界も例えば水を売るのと一緒で、多くの選択肢の中で消費者にどう選ばれる存在になるのか。コンペでどうやってうちを選んでもらえるのか。自分のものを売りたいし、お金がないと次が作れないですから、それを常に考えています。

——AMBUSH®の強みはなんだと考えますか?
やはり、ボーダーレスなことですね。私たちは、今までのやり方という“箱”にはいれないですから。私やVERBALのバックグラウンド、それぞれが培った考え方や文化の違いから生まれたのがAMBUSH®。それをより納得してもらえるように、より明確にしていきたいです。お店のセールスはオープンしてから確実に増えていますが、それはメッセージやブランド力をクリアにした結果なんだろうなと思っています。お客さんの反応や価格設定、PR方法をデータとともにきちんと解析していますし、嬉しいことに海外のお客さんも増えています。うちとしては間違ってないんだな、と自信に繋がるし、さらに今後やるべきことが明確になってきていると感じています。

——海外セレブとの交流もPRの上では強みと感じられていますか?
あると思いますが、やはり彼らも私たちが特異だから興味を持ってくれたんだと思うんです。SNS戦略など多岐に渡りますが、私たちはまず「うちにあってるかどうか」を考えます。他で一番効果が出ているからといって、うちのお客さんに刺さってなければお金と時間の無駄ですから。

——今回のAT TOKYOのショーで表現したAMBUSH®らしさとは?
10〜15分で終わってしまう通常のファッションショー以上のことがやりたかったんです。構成案のきっかけを作ったのは、2017年の秋に久しぶりに訪れたNYでした。NYではいつもショッピングを楽しめるのに、都市のショップは画一化されていて正直つまらなかったんです。唯一面白かったのが、美味しいレストランが増えていたこと。食事って、その街でしか経験できない楽しみなんですよね。そこで、以前から一緒に何かやりたいと話していたGhetto Gastroを迎えて食や音楽・ファッションを融合させたショーにしたいと思いついたんです。彼らはそれぞれ有名なシェフやレストランで働いていた経験がありながら、ブロンクスでキッチンを作って常に新しいことに挑戦しているシェフ集団。そういうスタイルもうちと合っているし、オープンマインドな部分が気持ち良い。彼らと、訪れた人しか経験できないショーを作ることができたらと思ったんです。食事はフィジカルな体験を通すので、ゲストにも強烈な印象を残しますから。さらに、パーティの音楽はスパゲッティ・ボーイズにお願いすることで、ファッションだけではなく、いろいろな角度をペアリングをしたAMBUSH®のサプライズ・ショーを作れたらと考えたのです。

——「みんなの前で弱い顔は見せたくない」発言にYOONさんの強さを感じます。 尊敬する女性はいますか?
たくさんいますが、ファッション業界で捉えるとやはり、川久保玲さんですね。ブレない、強い。

——同世代では?
うーん、同世代ではないけれど、その後のファッションを率いる女性として素晴らしいのはsacaiの阿部(千登勢)さん。彼女もニットの数型からスタートされていて、パリでコレクションを発表し、現在も日本を代表するブランドのひとつとして地位を確立されています。今年設立20周年ということも、会社を始めるようになってその大変さを痛感し、偉大さを改めて尊敬しています。

——参考にしている部分などありますか?
世代が違うので特にないですね。川久保さん、阿部さんは、80年代・90年代にスタートされて、そこからその時のやり方で貫いている。私は2010年代選手として、これからに合っている私なりのやり方を自分のものにしていかなくてはいけない。情報も毎週目紛しく変わる時代です。自分に正直になって、なぜそのやり方で当たったかを分析して、それを自分らしくやっていくにはどうしたらいいかを勉強していかなきゃいけないですから。トレンドは変わるかもしれないけれど、AMBUSH®というブランドらしさを継続して、さらに強くしていきたい。そのためには勉強・分析を続けるのみですね。

©️AMBUSH®︎

——最後に、今後の目標を教えてください。
ファッション業界って男ばかりじゃないですか。PRも出版もデザインの現場もゲイか男ばかり。そんな環境でやってきたから、男のエネルギーで戦わなきゃっていうのが少し強くなりすぎていると感じています。もちろんそれも悪くないけれど、女性だって男性が持ってない素晴らしい部分がたくさんある。そういう部分を自分の中からもう一度引き出して、その上でデザインへの落とし込みに挑戦したいです。今までのマスキュラン・エナジーっていう根本は変わらないと思いますが、自分のマインドセットを女性らしく変えて、私らしさを追求していきたいです。