長谷川町蔵評:『ムーンライト』

第89回アカデミー賞で作品賞・脚本賞・助演男優賞を受賞した『ムーンライト』。圧倒的な映像美と叙情的な音楽で少年がアイデンティティを獲得していく姿を描いた本作を、映画ライターの長谷川町蔵がレビュー。

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mar 31 2017, 4:30am

(c)2016 A24 Distribution, LLC

儚いもの。わかりにくいもの、傷つきやすいもの。そうしたものが今の世界では、どんどん隅に追いやられていく(何しろ世界一の強国の元首が、自分の考えをたった140字で発言する世の中なのだ)。そんな世の中で『ムーンライト』のような寡黙な映画がアカデミー賞作品賞を獲ったのは、だから快挙としか言いようがない。

物語の舞台はマイアミの貧困地帯。ここで生まれた主人公<リトル>には父親がおらず、母親はジャンキーだ。でもそれだけならここでは普通のこと。彼はほかの子どもたちとは明らかに何かが違っている。イジメを受ける彼にドラッグ・ディーラーのフアンが目をかける。フアンは少年を<洗礼>し、「自分の道は自分で決めろ」と諭す。
以降、映画は10代の<シャロン(これが本名)>、成人した<ブラック>と、その時々の呼び名を冠した3つのエピソードを通じて、成長を描いていく。そして長い葛藤を経て、彼は隠された自分の輝きを発見するのだ。
監督・脚本のバリー・ジェンキンスと原案者のタレル・アルバン・マクレイニーは、ともにマイアミ出身のアフリカ系アメリカ人。映像面でウォン・カーウァイからの影響を感じさせながら、映画は現代の黒人音楽に相通じるエレガンスに溢れている。それはフアン役のマハーシャラ・アリ(元ラッパー)やジャネール・モネイら出演陣、ケンドリック・ラマー『トゥ・ピンプ・ア・バタフラ』でも使用されたボリス・ガーディナー「Every Nigger is a Star」やジデーナ「クラシック・マン」といった音楽にも明らかだ。R&Bファンなら「僕の目は涙を流さないはずなのに, でも彼、つまり君のことを考えると声をあげて泣かずにはいられないんだ」と歌ったフランク・オーシャンを思い浮かべるかもしれない。
たしかに本作は黒人の同性愛者が主人公である。でも同時に、本作は我々の物語でもある。だって僕らだって、月の光が照らすまで目につかないような秘密を何かしら抱えこんでいるのだから。

ムーンライト
監督:バリー・ジェンキンス 出演:マハーシャラ・アリ トレヴァンテ・ローズ ジャネール・モネイ ナオミ・ハリス アシュトン・サンダース 2016 アメリカ 111分 TOHOシネマズシャンテ他にて全国公開!

Credits


Text Machizo Hasegawa