ヤン・シュヴァンクマイエルの『蟲』

チェコ最大のシュルレアリストで、アニメーション界きっての巨匠ヤン・シュヴァンクマイエルが次回作の映画の制作資金をクラウドファンディングで募っている。書籍の翻訳、字幕監修、通訳などを通して、日本での彼の活動を支えてきたペトル・ホリーにインタビューを行った。シュヴァンクマイエルの知られざるコレクション、そして監督と日本との意外な接点とは。

by Sogo Hiraiwa
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07 July 2016, 3:10am

ルイス・キャロルの原作を独自の世界観で脚色し映像化した『アリス』(1988)をはじめ、人形やコラージュといったアナログ的な手法でシュルレアルな世界を創り上げてきたチェコ映画界の巨匠ヤン・シュヴァンクマイエル(Jan Švankmajer)。彼が現在、次回作——そして「最後の作品」と本人が呼ぶ——映画『蟲』の製作資金をクラウドファンディングで募っている。

ラフォーレミュージアムでの大規模展覧会開催や、毎年のように特集上映が組まれるなどシュヴァンクマイエルの人気は日本でも高い。その活動を10年来にわたり支えてきたのが、ペトル・ホリーだ。日本におけるシュヴァンクマイエル関連の本の翻訳や映画の字幕監修、通訳とその仕事は多岐にわたる。また、彼はチェコ外務省の外郭団体であるチェコセンターの初代館長として、シュヴァンクマイエル監督の展覧会を2度企画するなど、これまで多くのチェコの現代アーティストを日本に紹介してきた人物でもある。そんな彼に、今回の映画とクラウドファンディングを行うに至った経緯、そして監督の知られざるコレクションについての話をきいた。

まず、主催されている「チェコ蔵」の活動について教えてください。
2013年の1月に、それまで勤めていたチェコセンターの所長の座から満期退任しました。そのあと、チェコを紹介する活動を続けたいと思い、始めたのがチェコ蔵です。ガイドブックに載っていないチェコ、知られざるチェコの芸術やアニメーションを紹介しています。カルチャーセンターなどに出向いていってチェコの文化について講演をしたり、映画の上映会も行っています。

どんな映画を上映しているんですか?
チェコ・ヌーヴェルヴァーグの傑作や絶版になってしまったもの、日本未公開の作品です。SFカルトホラーの『高速ヴァンパイア』なんていうのも(笑)。シュヴァンクマイエル監督が美術を担当した『アデーラは夕食前』も上映しました。チェコ雑貨を扱っている浅草の「チェドックザッカストア」で上映しているんですが、隣に有名なドジョウ料理屋があって、ときどき焼いたドジョウの匂いがしてくることも(笑)。

シュールですね(笑)。監督と初めて会ったのはいつですか?
2001年に監督が来日していたときが最初です。奥さんのエヴァさんも一緒でした。草月ホールで行われた『オテサーネク』のプレミア上映の時に通訳をして、それ以来、日本に来るたびに通訳を務めています。チェコセンターでは、2つの「ヤン・シュヴァンクマイエル」展も企画しました。

それで今回のクラウドファンディングも手伝ったわけですね?
チェコからクラウドファンディングページの翻訳の依頼がありました。明日までにくれと(笑)。

えっ! 1日で訳したんですか?
はい(笑)。クラウドファンディングのチームは、日本は先進国だから英語でいけるだろうと考えていたみたいで。

なるほど。『蟲』はどんな話ですか?
カレル・チャペックと兄ヨゼフ・チャペックが共同で書いた有名な戯曲「虫の生活」をもとにしたものです。日本でも大正14年に、築地小劇場で小山内薫などによって上映されたこともある戯曲です。それから、やはりカフカの『変身』も意識されているでしょう。ただ、原作通りじゃなくて、アマチュア劇団が「虫の生活」を稽古しているシーンから始まるようです。それから虫への変身もある。私もどんな映画になるのか楽しみです。

今回、なぜクラウドファンディングという方法をとったのでしょうか?シュヴァンクマイエル監督ほどの巨匠でも資金調達は難しい?
映画への支援も多くなく、国からのお金だけでは足りないので、クラウドファンディングに頼らなければならなかったのでしょう。監督本人は「乞食みたいなことをしなくちゃいけない時代になったね」と言っていました。すでに目標金額を達成していますが、すべての制作費を賄うにはまだまだ足りない状況です。

チェコは映画大国という印象がありますが。
チェコの映画は1945年8月から1989年まで国有化されていたんです。もともと映画大国だったので、政府は支援をすればもっと勢いがつくだろうと考えたのです。それには良い面と悪い面がありました。悪い方は検閲です。その反面、認められた監督は資金をいくらでも使うことができました。60年代には、自由の風が吹いてチェコのヌーヴェルヴァーグに入ります。この時期、一時的にですが検閲が取れていたんです。ヴェラ・ヒティロヴァー監督の『ひなぎく』もその頃生まれましたが、この作品は当時、物議を醸しました。「社会主義が排出した監督がこのような作品をとっていいのか」と議員から痛烈な批判を浴びせられたんです。その後、彼は数年間、映画を撮れなくなりました。

それが1989年に国有化でなくなったと。
はい。ビロード革命が起こって、自由化に向かっていきます。国の独裁体制が終わるのと同時に映画への支援政策も終わりました。

今の映画監督たちは、どうやって制作費を集めているんですか?
1989年以降、ヨーロッパの映画支援やファンドから制作資金を調達するようになりました。チェコ国営テレビの支援金や、個人のスポンサーを見つける場合もあります。それでも集まらないので、シュヴァンクマイエル監督はクラウドファンディングを始めたんです。世界的に見ても彼ほど有名な監督がクラウドファンディングを使ったというのは初めてだと思います。ものすごい反響で、ギレルモ・デル・トロ監督やクエイ兄弟から応援動画も届きました。

「これが最後の映画になる」と監督は言っていますが?
どうですかね、書き溜めている脚本もありますし。

脚本は沢山あるんですか?
映画を取れない時期があったので、その時から書き溜めていたんですね。『蟲』の脚本もそのうちのひとつでした。また、彼は夢日記もつけています。エヴァさんと一緒に昔から描いていたものです。僕にも「こうやってやると書けるんだよ」と教えてくれましたよ(笑)。

他にもヤン・エヴァご夫妻とのエピソードで印象に残っていることがあれば教えてください。
チェコの田舎町にある夫妻の別荘に行ったとき、薄暗い玄関にキャンバスが斬られた絵が掛けてあって。「これはわざとですか?」と聞いたら、70年代にエヴァさんが個展を行ったときに、ナイフで斬った人がいたと教えてくれました。それをそのまま、飾っていたんです。

その作品には無視できない力があったということですよね。
そうです。エヴァさんも有名な画家でしたから。それから、その別荘にあるアール・ブリュットのコレクションはすごいですよ。人形や、仮面やオブジェなんかのプリミティブアート、フェティッシュのコレクションもあります。それも何千体と。チェコで1位か2位のコレクション数ですよ。それが館にずらっと並んでいて、敏感な人はちょっと居られないような雰囲気があります。監督は、このコレクションにインスピレーションを受けているんですね。

今も『蟲』のために、虫を収集していますよね?
いろんなところで買いまくっていますね(笑)。

虫を買えるお店があるんですか?
昆虫学者から買っています。カブトムシやクワガタはチェコで天然記念物に指定されているので、捕れないんですよ。だから標本になったものを集めていますね。日本はいま、カブトムシのシーズンだよと監督に教えたら「日本はいいね。たくさん捕れそうで」と言っていました(笑)。

生粋のコレクターなんですね。
2005年に神奈川県立近代美術館で『シュヴァンクマイエル』展があったときも、葉山の海岸であらゆるものを拾ってきてはトランクに詰めていました。海綿動物や貝類、サザエのような中身が残っているようなものも混ざっていて、ホテルの人から「匂いがするんですけど」と言われていました(笑)。

日本には監督のファンが多いですが、監督はどう思っているんでしょう?
監督は人形浄瑠璃や歌舞伎が好きです。来日したときに歌舞伎座に案内して『四谷怪談』や『女殺油地獄』などの演目を観たこともあります。女性が油にまみれて殺されるシーンでは、目を見開いて眺めていました。終わってすぐに「もう一度見たい」と言っていました。「あの油はどうやって作るのか?」とも聞かれましたよ。

やっぱり、劇の演出方法は気になるんですね。
僕がテレビで録画した芝居なども監督に送っていたんですが、毎回感想をくれました。それから日本の妖怪文化ですね。河鍋暁斎とか。夏に日本の本屋を案内すると、妖怪フェアに置かれている本を全部買っていました。後に、ラフカディオ・ハーンの「怪談」にシュヴァンクマイエルが装画を入れた『妖怪』という本にも結実しています。監督と日本の関係は深まっていく一方ですね。

日本で人気があるのはなぜだと思いますか?
シュヴァンクマイエル本人は「日本のファンの多くはマゾだから」と言っていました(笑)。

えっ(笑)。
前に日本のファンに質問をされて、そう答えたんです。質問した女性は、うんうんと頷いていましたけど(笑)。それから、個人的には、日本の人は人形に対する思いが強いことが関係していると思います。シュヴァンクマイエルの映画にもよく登場しますが、監督にとって人形は"もうひとつの生命体"なんです。「アニメーション」というのは"生命を吹き込むこと"ですから、人形浄瑠璃からアニメまで日本の文化と共通する部分があるじゃないかと。それに、彼の映画は時代を超えているところがあって、人間に共通した感覚や強迫観念をテーマにしているから、どの時代のひとが観ても楽しめる。例えば、子供が『アリス』を観ると、すごく反応するんですよ。

最後に、シュヴァンクマイエル監督の魅力はなんだと思いますか?
彼の世界は"観て触れる世界"だと思います。観ていて感じることができる。アニメーションは実際に人が動かしているわけですから、手触りが感じられます。それだけじゃなくて、聴覚や味覚、嗅覚まで刺激される。そして歌舞伎のように形式化されている。歌舞いていて、スタイルがあるんです。それから、面白いのは彼がアナログの人間だということです。アナログはCGとは違って、できないことはできない。アナログには技法や技術が必要なんです。撮影チームも世界のトップレベルのアニメーターたちが集まっています。シュヴァンクマイエルは超絶技巧の巨匠なんです。

ヤン・シュヴァンクマイエル監督最後の映画『蟲』のクラウドファンディングページはこちら

Credits


Text Sogo Hiraiwa

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