インドの美と真実を求めて

インド国内を隅から隅まで尋ねまわり、行く先々の人々と物語を記録し続けている若きドキュメンタリー写真家エミリー・ガースウェイトが追うものとは。

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04 April 2016, 9:00am

22歳のドキュメンタリー写真家、エミリー・ガースウェイト(Emily Garthwaite)は祖母の遺灰が入ったリュックサックを背負いインドへと旅立った。彼女の家系にゆかりのあるアッサム地方で散灰を行うためだ。エミリーは10カ月間かけて、東部のビハール州から北部のウッタル・プラデーシュ州まで、インドの各地を巡り、行く先々で見たものや人々の顔を写真に収めた。結局、アッサム地方では市から散灰の許可が下りず、旅をしているうちに彼女が愛着を抱くようになったバラナシで祖母の遺灰を撒いた。

彼女は現在、ウエストミンスター大学のフォトジャーナリズムとドキュメンタリーフォトグラフィーの修士課程で学んでいる。バラナシで撮影した、鎖につながれ苦しんでいる象の写真は「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされた。インタビューを行った我々に対し、エミリーは彼女の作品、Instagram、そして誠実であることの難しさを話してくれた。

写真を撮るときのプロセスは?
「歩いてあるいて、とにかく歩くの。待っていてもシャッターチャンスはやってこないでしょ。実際に撮影する前に撮れた写真が頭に浮かぶこともあるわ。これだっていうイメージを持っているときは特にね。インドでは街を曲がると映画のセットみたいな光景が現れたり、すべてがわたしのために準備されてるみたいで、写真のイメージも湧いてくるの」

被写体の人たちとは連絡を取り続けているの?
「うん、ほぼ全員と。たいていの場合、撮らせてほしいって気がねなく頼めるようになるまでは撮影しないの。写真を撮るつもりでいたのに、彼らと居るのが楽しくて、シャッターチャンスを逃してしまうこともよくあるわ」

西洋人がインドで撮影することの難しさって感じない?
「全然ないわ。そんなことは問題にならなくなるまで、長く滞在するから。みんなも段々、わたしのことを旅行者として扱わなくなるの。もし、わたしがうっかり牛を叩くとか(牛は神聖で触ってはならないとされている)何か間違ったことをしたら、通りにいる全員が「こらっ、悪ガキ」って怒鳴ってくるんだから」

旅にはなにを持っていくの?
「あんまり重たいのは持てないから、カメラ一台と単純な装備一式だけ。その方がみんな警戒しないしね。ズームできない焦点レンズだから、道路の反対側に隠れて遠くから撮影するのもムリでしょ。だからいつも被写体に近づいて撮ってるの」

スマホで撮影することはある?
「毎日欠かさず使っているわ。1日に3枚はInstagramにアップするようにしているの。わたしにとってInstagramは日記みたいに生活の一部になっているから、Instagramがない生活なんて考えられない。だれでも閲覧できるのはわかっているけど、自分だけの部屋みたいに感じるわ。スマホは瞬時に使えるからいい写真が撮れたりするの。時々、一眼レフで撮ったのより良い写真が撮れちゃって悩んじゃうこともあるわ。でもそれは悪いことじゃないでしょ? 作品の良し悪しは何を使ったかじゃなくて、どんな瞬間を捉えるかで決まるんだから」

Instagramにアップしている#boysoftheburningghatについて聞かせてくれる?
「これは10歳から20代後半までの約20人の少年を撮影したシリーズで、なかには家族がいない子や違法な仕事をしている子もいた。彼らとは濃密な時間を過ごしたわ。わたしのことをピーター・パンに出てくるウェンディみたいだって言う人もいた。「Boys of the Burning Ghat」シリーズを始めたのは、変化のない場所で成長していく少年たちの姿に魅了されたから。彼らとの関係はとても濃密で、だからこそ絶望的で気が滅入るようなときもあったけど、やりがいがあったし、なにより学ぶことが沢山あったわ。わたしには誰も救うことができないっていう事実を突きつけられたの。彼らがみんなヨガ行者になるか、ちゃんとした仕事に就いてくれればすべてがうまくいくと思っていたし、彼らならそれができると心から信じていたわ。だけど変えることはできなかった。わたしが何をしようが、これまで通りでなにも変わらなかった」

そう気づいたのは辛かったんじゃない?
「人々の考えかたを変えることができても、実際には誰も助けることはできない。それがわかったときは考え込んじゃったわ。問題は影響を与えすぎたこと。ずっと一緒にいられるわけでもないのに過度の影響を与え、そのまま放り出すのは無責任でしょ。たとえばわたしとのやりとりを通してゲイであることをカミングアウトできて「自分自身でいられることは素晴らしい」と自身のセクシャリティを受け入れはじめた子達も、わたしが帰国した後、相談相手がいなくて悩んだりしているの。だから、責任を取るためってわけじゃないけど、今でも沢山の少年たちとは頻繁にSkypeで話し合っているわ」

あなたはアーティスト?それともフォトジャーナリスト?
「周りの人には「あなたはアーティストじゃなくてフォトジャーナリストだよ」って言われる。写真はアートじゃない。イコールじゃないと思うの。先輩のフォトグラファーたちからは色んなテクニックや手法を教えてもらったけど、写真はもっと開かれているはずよね。やり方に正しいも間違いもないの。要はその現場から垣間見えるストーリーを語らないといけないのよ。フォトジャーナリストとして心掛けているのは嘘をつかないってこと。いつも"わたしは今、この現場に誠実か"って自問しながら撮影しているの。誰かの写真を3枚撮ったら、素敵な1枚を選んで普通は終わりでしょ? だけど過酷な環境でも楽しげに暮らす人たちを撮っていたらそんなことできないわ。悲惨なものからポジティブなものを切り取ってきても、それは事実を捏造しているだけでしょ。"真実を伝えられているか"って道徳的なジレンマをよく感じる。今は貧困街にいる子どもの写真や映像がニュースやキャンペーンに過剰なくらい使われているでしょ。私たちはそれに慣れたし、もしかしたらすで飽きてしまっているのかもしれない。そんな現状を変えたいと思って今は組織に所属してチームで活動しているの。苦境に立たされている人たちの存在が見過ごされないように、ストーリーを記録しないといけない。それがドキュメンタリーだと思うわ。真実を提示できれば、あとはそれぞれがイメージを掴みとるから。わたしにとって、写真はそのための手段なのよ」

Credits


Text Rebecca Boyd-Wallis
Photography Emily Garthwaite