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現代ロシアン・ミュージック・ガイド

政治危機の只中にあるロシアだが、欧米ではロシアクールの波が到来している。旧ソ連へのノスタルジアに満ちた美への称賛が世界で高まるなか、ロシアには、スリリングな音を作り出す新たな世代のミュージシャンたちが数多く誕生している。

by Anastasiia Fedorova
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12 August 2016, 10:49am

夕暮れの空にそびえる高層ビル、ライラックの花、雷、平原にたかれる焚き火、そしてそれらの上に輝く大きな月--これは、現在最も人気を集めている若手アンダーグラウンド・プロデューサーのひとり、ブッテクノ(Buttechno)ことパベル・ミルヤコフ(Pavel Milyakov)が語る、今のロシアだ。モスクワを拠点に活動を続けるブッテクノは、ファッションデザイナーのゴーシャ・ラブチンスキーと切っても切れない関係にある。現在、西側諸国で急激な人気拡大を見せるソ連崩壊後のロシア芸術の草分けとして、自国では絶賛と批判をともに受けているふたり。彼らは長きにわたりコラボレーターとしてともに作品を作っている。もとはスケートクルーのひとりとしてラブチンスキーのチームに加わったパベルだが、じきにGosha Rubchinskiyのグラフィックデザインを担当するようになり、その後はラブチンスキー作品における音楽を多く担当するようになっていった。音楽での道を切り開いた彼だが、いまでもビジュアルアートへの情熱は失っていない。パベルという宇宙を形成する重要な一部として、写真やビデオ、アートワークは必要不可欠な要素であり続けているのだ。モスクワの街角にあるありふれた"ロシア性"を、独自のアーティスティックな視点から見つめるパベルの作品は、奇妙で荒いロマンティシズムと謎に溢れている。

「今はマリイノに暮らしているけど、生まれはイズマイロヴォ、半生をオレホフとチョープリ・スタンで過ごしたんだ」と、パベルは高層ビルが立ち並ぶモスクワ郊外での半生を回想する。「住む場所は絶対にひとに大きく影響するよね。土地にはそれぞれ、そこにしかない活力があるから」

高層ビルが立ち並ぶ郊外の光景は、ロシアのビジュアルイメージとして広く定着している。しかしパベルは、それは外観であって、中身のないフォームは絶対に機能しないものだと語る。「僕の世代にとってロシアというバックグラウンドは特別で価値のあるもの。でもそれだけを前面に打ち出してもダメだと思う」と彼は言い加える。「何よりも、自分が作り出しているものについてよく考えないと、浅いイメージばかりが先行してしまう」

今巻き起こっているロシアクールの流行により、キリル文字がプリントされたTシャツやブルータリズム建築、アンダーグラウンドのレイヴなど、"わかりやすい"ロシア像が突如として国際的な注目を浴びる可能性は大いにある。しかし一方で、ロシアの音楽シーンは安易に語り表せるものではない。その背景には、ロシアのミュージックシーンが芯のある、複雑にして多様性に満ちた作品をこれまでも打ち出し続けてきた歴史がある。現在、ロシアの若手ミュージシャンたちが作り出している多様なサウンドは、簡単に総括できてしまうようなものではないのだ。今、ロシア各地から、新世代のプロデューサーが次々と現れているが、彼らが作り出しているのはチューンのみではない。彼らが作っているのは、彼らの土地、今という時代、バックグラウンド、そして彼らの未来像がすべて反映されたビジュアルサウンドなのだ。

パベルが暮らすモスクワ郊外マリイノは、現在国際的な評価を得ているもうひとりのプロデューサー、Kedr Livanskiyとして知られるヤナ・ケドリーナ(Yana Dedrina)の活動拠点地でもある。Livanskiyのデビューアルバム『January Sun』は、2016年2月、2MR Record社からリリースされた。しびれるような後味を残すアナログ録音の8曲はいずれも型破りで複雑なサウンドだ。ロシア語の歌詞もさることながら、郊外を走る電車や広大な草原、グラフィティに埋め尽くされた廃墟の壁など、その音楽を語るように作られたビジュアルも幻想的だ。それは、イギリスやドイツにも見られるような世界観ではある。だが、Livanskiyの作品は、ロシアのティーンなら誰もが歩いたことのある、なんでもない日常の風景への賛歌なのだ。

「ロシアは今、混乱と運命論で溢れている。だけど、きっちりと秩序立てられた世界よりも、今のロシアが私をクリエイティブにしてくれているの」とヤナ・ケドリーナは語る。「根拠となるものがない状態に掻き立てられて作品制作をしているし、この狂った世界に少しでも輪郭を見出そうと懸命にもなれる。生きるうえではとても困るけれど、創造性にはこうした環境が必要なんだと思うの。それに、この国の大きさも、私のクリエイティビティに大きく関係しているわ。知らないところで知らないことが起こっているという感覚があるのよ。タイガやウラジオストックで何が起こっていても、その余波がここまで及ぶということはないんだから」。そして現代というこの時代も、彼女にはとても重要なのだという。「私の世代が、自分たちが世界の歴史の一部として生きていると実感する最初の世代だと思うの。"欧米に遅れをとっている"と引け目を感じなくて済む。素直に、恐れることなく自分のアイデンティティを見出していける世代よ」

荒廃した都市と高層タワー群は、ロシア国内ならどこにでも見られる景観だ。しかし、6,500マイル四方という広大な土地に1億4,000万人が暮らすこの世界最大の国で、地域ごとのアイデンティティは重要な役割を果たしている。イヴァン・ゾロト(Ivan Zoloto)とアンヤ・カッツ(Anya Kuts)からなるデュオ、ラブカルト(Love Cult)は、ロシア北部カレリア共和国、広大な松林が続くペトロザヴォーツクを拠点に活動をしている。歴史的にスカンジナヴィアとの関係が深いペトロザヴォーツクでふたりは育った。彼らが作り出すサウンドは、深淵で聴くものをトランス状態へと誘う。それにはアート作品のように体に訴えかけてくる力がある。文化の中心地から離れた土地に暮らしているということが、彼らのクリエイティビティに大きく影響した。「この土地は、創造への欲求を駆り立てると同時に、そこにある限界もしっかりと見せつけてくれる。そしてその限界をクリエイティブに克服する術を見つけることができる。そんな環境--カレリアにあるようなそんな状況が、クリエイティビティには必要なんだと思う。息を呑むほどに美しいけれど、文化的には死んでいて人々は貧窮している。私たちは、木や湖がどうのっていう歌を作ったりはしないけど、そんなカレリアの影響を強く受けているのはたしか」。彼らのサウンドには孤立、そして心地よく途方にくれた感覚が見事に描かれている。モスクワを拠点に創作活動を続ける映像監督アリナ・フィリポワ(Alina Philippova)とのコラボレーションで、ロシアの青春を痛々しいまでに美しく描いた映像作品『Educated Guess』、『Wonderland』、そして『This Good』で、彼らの世界を堪能してみてほしい。

モスクワ以外のアンダーグラウンド・プロデューサーたちの多くは、地元のインディペンデント系レーベルから作品を発表している。例えば、Love Cultのイヴァン・ゾロトは現在、国際的なDIYコミュニティでその名を轟かせているレーベルFull of Nothingを立ち上げた。シベリアのクラスノヤルスクでは、HMOTとして作品を発表しているStas Sharifullinが、レーベルKlammklangを立ち上げた。Klammklangが打ち出す実験的サウンドは、ときにダークで歯切れがよく、聴くものの心をつかんで離さないものばかりだ。冷たくミニマルな北部の雰囲気に、白いレコード盤とモノクロのアートワーク--それがKlammklangの打ち出す美だ。現在、世界中に発売経路を持っているSharifullinは、定着したシベリアのイメージと闘わなければならない局面も多いと話す。「残念だけど欧米の求めるシベリアは、古いステレオタイプの"シベリア"だったりする」と彼は言う。「"残忍な君主による圧政のもと、人民が貧困にあえぎながらもひたむきに暮らすロシア"っていうイメージは、とてもよく売れるんだ。だけど、それが今の現実ではないという真実には誰も目を向けようとしない。ロシアの現状は完璧からは程遠いけど、これまでの歴史を考えれば、今は最悪のときではない。この環境のなかで、自分というものを磨いていかなきゃならないんだよ」

雪とクマという定着したイメージが、Sharifullinの障害になっている一方で、サマーラを拠点としたDIYレーベル、Oblastにとっては、イメージこそがスタートラインのようだ。ロシア人でさえ、サマーラをほかの都市と見分けるのは難しいのだという。Oblastがリリースする音楽はすべてが地元アーティストのもので、その多くはカセットテープで発売されている。アートワークはごくわずかな例外を除いてすべてがコラージュとデジタルアートを足して2で割ったような白黒作品--コピー機でプリントアウトしたような荒い画像の「ダサいアシッド作品」ばかりだ。Oblastのアプローチは、サモーラに漂う"無"の雰囲気そのものだ。サモーラでは、パーティといえばフラットの一室で--ときにはクリーニング屋の店舗で--開かれるものだという。そして、サモーラのアーティストたちは、"地元のサウンド"などという概念に躍起になったりしない(「ここに暮らしてるだけ。暮らして、トラックを作ってるだけ」)。

ロシアンアンダーグラウンド音楽のユニークなアイデンティティやイメージ、サウンドを作り上げていく上で、もっとも明白な近道は、地域性を打ち出すという戦略だろう。モスクワやサンクトペテルブルグなどの大都市で人々が感じるのとは違い、ロシアの僻地でひとびとが感じている世界というのは、それほどグローバルなものではない。しかし、ロシアにはヨーロッパの基準に迎合することなく、ロシアに脈々と受け継がれた伝統と土地、そして風景を探ることで、新しいサウンドを追求しようとする流れがある。Lovozeroの名で活動するアーティストAnastasia Tolchnevaは、実際の音楽的・文化的作品を再考し、再構築している好例だろう。彼女が作り出す作品には、フィールドレコーディングによる環境音の向こうに、フォークソングが微かに聞かれる。「歌の技術をアカデミックに何年間も無意味に学んだ後、自分の体を探ることで自分の本当の声を見つけようと思い至ったの。そのなかで、伝統的なフォークソングの魅力に夢中になって、耳で聞き取ったその断片を歌うようになった」とTolchnevaは話す。「覚えてる歌はフォークソングばかり。ロシアらしさを探る必要性については、"それが今起こっているから"としか言えないわ」

Tikhie KamniプロジェクトでLovozeroとコラボレーションをしているMoa PillarことFedor Pereverzevは、ロシアらしさを探るのではなく、サウンドが風景に轟き、街にそびえ立つビルに反響するさまなど、ロシアらしさが宿る空間を探り、掘りさげげている。彼が "スピリチュアルなベース"と称する自身の音楽は、力強く、そして美しい。ベルクハインでも大草原でも、同様にしっくりくるようなサウンドだ。「僕の音楽に影響を与えたのは主に2つ。ひとつは、子供時代を過ごしたリハヤという小さな村。大草原が広がる向こうに地平線が広がっているんだ。もうひとつはモスクワ。世界有数の大都市で、広い高速道路とスターリン主義時代の建物がたくさんある場所。大草原と大都市というふたつの影響が自分のなかで共鳴したとき、楽器をいくつか使えば作れてしまうようなトラックではなく、大きなスケールの曲、交響曲のようなものが作りたくなったんだ」

ロシアのステレオタイプを捨てきれない欧米について、Pereverzevもまた彼の同志たちと思いを共にしている。「Opal Tapesが、ロシアのミュージシャンを集めて『USSR』っていうタイトルのコンピレーションを制作すると発表したんだ。それがただの略称であるってことはもちろんわかっているんだけど、そのタイトルを見ればどんな世界観がそこに求められているのかすぐにわかってしまうよね。しっくりこないんだ。いま24歳で、僕が生れ育った国はソ連じゃない。古いソ連のイメージで今の僕たちを解釈しようとする人たちのことがよく解らない。そんなの、全く新しいアメリカの音楽をプロモーションするときにカウボーイの写真を使うくらい馬鹿げてるよ」

Credits


Text Anastasiia Fedorova
Images via pavelmilyakov.tumblr.com
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.