デザイナー工藤司が語る、kudos創成期

JACQUEMUSとY/Project、JW Andersonでアシスタントを経験し、その間にヨーロッパで個人制作したコレクションで劇的なデビューを果たしたkudosのデザイナー、工藤司。すでにスタイリストを中心に支持を得て、数多くのシューティングに起用されている注目ブランドだ。2度目のコレクションを制作中の彼が、自身の少年時代からブランドの立ち上げまでを詳らかに語ってくれた。

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08 September 2017, 8:54am

色彩豊かで、そこはかとなくフェティッシュなフォルム。美少年がたたずむ情緒纏綿な写真。2017年4月、「価値観の転換」がキーワードの2017-18年秋冬コレクションを発表したkudos(クードス)のデザイナー、工藤司の個人史を紐解く3時間のインタビューでは彼の、非凡で、ごくプライベートな3つの転換期が浮かび上がってきた。

共働きの両親とボーイッシュな2人の姉と育った沖縄県那覇市生まれの工藤が、幼少期のころ最も多くの時間を過ごしたのは祖母だった。熱暑が続く沖縄の地でも、常にオーダーメイドのセットアップや着物を身につける「沖縄きっての洒落者」だったそうだ。「仕立屋にもよく一緒に行ったし、周囲の常識に臆せず自分のスタイルを貫いている祖母に憧れていた」。そんな祖母のように、自分なりのお洒落な格好で、中学校の同級生から羨望のまなざしを受けたことが彼の人生を少しずつ方向づけていった。「服とスタイリング。これが自分の強みであり自己表現なのだと気づきはじめたのはこの頃」と、遠慮気味の声色だ。そして17歳という多感な歳頃でのアメリカへの留学経験が、彼の道を決定づける転機になった。寛大な黒人のホストマザーと、MTVのヒップホップ・チャンネルを寝る間も惜しんで聴く2人の息子とひとつ屋根の下で過ごした。「彼らはスタイルに忠実で、誇りを持ってポジティブに生きていた。今の服のデザインには直接的にあらわれていないけど、その精神性は僕の心に根づいていると思う」。白人家庭が9割以上を占める地区の学校に通っていた彼は、時に人種差別的な発言を浴びることもあった。「僕は東洋人で、その中でもゲイはもっとマイノリティだから。そのときに助けてくれたのは、黒い肌の同級生たち。彼らが自身の信念で僕を守ったのなら、僕は何で人を守れるか。それはやっぱりファッションだった」。工藤は早稲田大学を卒業後、アントワープ王立美術アカデミーに1位の成績で合格し、ベルギーに渡った。

しかしながら、アントワープでの生活は順風満帆とはいかなかった。「アントワープの同級生は服づくりの基礎をある程度習得していたけど、僕には皆無だった。たくさんの友人に恵まれたことをのぞけば、僕は生粋の劣等生だったし、アントワープで学ぶことの意義を日に日に失っていきました」。1年で中退した彼はすぐにパターンナーとメカニシャン(メゾンの裁断と縫製担当者)を養成するパリのスクールに進んだ。「1着にかけるメカニシャンのプライド、1ミリの縫製のズレも許さない細心のケアが上質な服の背景にあることを自分の眼で確認できたし、それは僕が子ども心に魅せられていたファッションの姿でもあった」。一方で同時期、JACQUEMUSにデザインアシスタントとして加わったことが第二のターニングポイントになった。「心の奥底に閉まっていた僕のデザインへの思いを解放してくれたのはデザイナーのサイモン。この少数精鋭のチームでパリ・コレ発表までの一連の流れに関われていなかったら、デザイナーになる道はなかった」と振り返る。

翌年のインターン先であるパリのブランドY/Projectではパターンアシスタントに専念したが、彼のクリエーションへの熱は冷めていなかった。卒業制作を始めていた着々と創造力に磨きをかける同級生たちへの劣等感が、反動的にモチベーションにかわり、「極・個人的卒業コレクション」の制作をはじめた。JW Andersonでデザインアシスタントとして働くために渡英したが、独りで制作を続け、これが後のkudosのデビューコレクションとなる。そして2017年4月に一時帰国した際に好機を得て、即断即決でデビューが決まった——ここから現在も続く怒涛のような日々が、彼の三度目の転換期だ。

袖が3本もあるテーラードジャケット、胸元がツイストしたショート丈のニット、カフス部分が極端に大きいシャツ、誇大化したネクタイ。随所に潜むメンズウェアをディフォームしたディティールは知的なメタファーを連想させる。例えば、彼がなぜか好きだという数字の「3」は、破壊と混乱、フロイトの説でいうセックスと男性性の暗喩なのかと尋ねると、まんざらでもなさそうに笑顔で返してくれた。「伝統的なテーラードやメンズウェアの型を壊すことで生まれる新しいコードを、"価値観の転換"というキーワードと照らし合わした」と語る。

その発想について詳しく尋ねると、iPhoneの画面を見せながら興奮した様子で話す。彼が長年憧れているというアーティスト、テレンス・コーに送ったファンメールだ。「最近元気なのかなと思って(笑)。テレンスは以前、白い服しか着ないことでも有名でしたが今も変わっていないのですか、と。そしたら返事が届いたんです!」現在はカリフォルニアの山奥に移住し、なんと白い服は着ておらず日本の襤褸を着てオーガニックな生活をしているのだと。「彼は生活観と同時に服装がガラリと変わった。カウンターカルチャーの歴史がそうであったように、価値観が変革するときにはファッションも変わる。テレンスの話を聞き、その逆のケースも含めた双方向的な関係性をデザインのなかで僕なりに模索したいと思った」

さらにときを同じくして観た映画が、工藤の創造力を掻き立てた。ロベルト・ロッセリーニ監督の『ドイツ零年』(1948)とロベール・ブレッソン監督の晩年作品『たぶん悪魔が』(1977)の2本だ。いずれの作品も主人公の美少年が、前者は第二次世界大戦後のベルリン、後者は"ポスト68年"の激動の時代に生き、その閉塞感に苛まれて最後には自死を選択してしまう悲哀が残る物語だ。「もし彼らが自殺を選ばずに生きていたらどんな服を着ているのだろう……。社会と個人の価値観が変化した先をできるだけカラフルに、明るい未来として、失われた彼らの明日を描きたかった」。今回のコレクションのタイトル(服のタグに記される)は"tomorrow's kids"——テレンスの詩的なパフォーマンス作品『tomorrow's snow』に習ったそうだ。「僕は常に、新しく芽生えるものに寛容でありたいし、ある意味では社会の価値観の変動期ともいえる、現代に生きる僕たちの姿のひとつだとも思う」——kudosは英語で「賛美」の意味を持つ。

この2017-18年秋冬コレクションのために撮影した600枚以上の写真は、ゲイのアメリカ人写真家デュアン・マイケルズのフォト・シークエンス(連続写真)が描く余白のある物語性に影響を受けたそうだ——映画の主人公同様、イノセントな空気感をもつモデルキャスティングも見事だ。さらに複数のスタイリングで何度も撮影されたことを尋ねると、「今回はルック単位でなくピースごとにデザインしていて、撮影しながら即席的に自分でスタイリングしたからですね。JW Andersonでは、あがったサンプルの仕上げとスタイリングを手がけるベンジャミン・ブルーノの魔法の手でルックに命が宿るんです。スタイリングの力は僕が子どもの頃から信じていたことだけど、それをみた瞬間に確信に変わった」と話す。すでにフォトグラファーとスタイリストの仕事も手がける彼は、「スタイリングで映える服」が、"コンテンポラリー"なのだと語る。これからのkudosを形成する抜き難いエレメントになりそうだ。

最後に、10月に発表する2018年春夏コレクション制作の一片を聞いた。「I BELIEVE IN YOU」というタイトルで、ブランドを継続するための膨大な課題が立ち上がるなか「他人を全力で信じなくては前進できないと痛感している」のだという。「今ふと、高校生のときに僕を守ってくれた彼らと、デザイナーに憧れる僕の背中を押してくれたホストマザーのことを思い出した」。彼は、屈託のない笑顔と柔和な口調で語った。