Norman Wong(the portrait of Oliver El-Khatib)

OVOがトロントにこだわる理由:ドレイクと共にOVOを立ち上げた創設者、オリバー・エル・ハティーブinterview

ラッパーのドレイクも創設メンバーの一人として名を連ねるライフスタイルブランド、October’s Very Own(OVO)。音楽からブランドまですべてを自分たちで手がけている彼らは、カナダのトロントから世界を征服しはじめている。彼らはどんな集団なのか。地元トロントにこだわる理由とは? OVOのブレイン、オリバー・エル・ハティーブにきいた。

by Kazumi Asamura Hayashi; translated by Nozomi Otaki
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26 November 2019, 7:02am

Norman Wong(the portrait of Oliver El-Khatib)

アパレルからライフスタイルまで幅広いジャンルのモノを企画・デザイン・プロデュース・生産している「October’s Very Own(オクトーバーズベリーオウン 通称OVO)」。2008年にカナダのトロントで立ち上げられたこのライフスタイルブランドは、今破竹の勢いで音楽界とファッション界を席巻している。

「普通だったら若いときに旅に出るだろ? でも僕はみんなが旅行に行ったりしているとき、ずっと仕事をしていたんだ」。そう語るのはドレイク(Aubrey “Drake” Graham)とノア ・ジェームズ・シェビブ(Noah “40” Shebib)と共にOVOを立ち上げた創設メンバーのひとりであり、ブランド面を一手に担うOVOのキーパーソンのオリバー・エル・ハティーブ(Oliver El-Khatib)だ。東京に来たのも今回が初めてだという。

18歳からトロントにある小売店で働いていた彼は、SNSもない時代に自身の想像力と限られた情報源から収集した、東京のカルチャーに対して特別な想いを抱いていたようだ。「若い頃ずっとNIGOやBATHING APEに憧れていたんです。ライフスタイルをキュレーションする彼の手法からはたくさんのヒントを得ました」

今回東京・青山にオープンしたOVOアジア初の路面店〈OVO TOKYO〉は、建築家・片山正通率いるワンダーウォールが手がけた。NIGOもまた多くの店舗をワンダーウォールに依頼している。この店には、オリバーのインスピレーション源となったクリエイター、そして東京に対するオマージュが最大限に捧げられているのだ。

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「有名になることやコネクションにはあまり興味がない。それよりも僕はシーンの舞台裏にいて、作品に語らせたい。それが僕のとってきたスタンスです」。その控えめな言葉の裏側には彼の情熱が隠れている。i-Dは今回、OVOとしては初となるインタビューをオリバーに敢行した。

Myspace上の簡易なウェブページから始まったOVOは、いかにして世界中に店舗を構えるブランドと急成長を遂げたのか。ドレイクとの出会い、地元トロントの文化、服づくりを始めたきっかけ。謎多きクリエイティブ集団OVOの軌跡を辿る。

──Octobers Very Ownはどのように始まったんですか?

オリバー・エル・ハティーブ:最初はMyspaceでページをつくりました。2006年か2007年ですね。でも、あのページはただの骨組みだけで、クリエイティブな表現という点ではかなり限られていたので、もっと自分たちを自由に表現できるウェブサイトをつくろうと思ったんです。僕たちはとても親しい家族のような存在で、そんな僕たちのライフスタイルを共有したかったんです。たとえば雑誌みたいに。掲載するのはオリジナルのコンテンツだけした。自分たちが手がけた写真、音楽、アート、ファンの活動などを、みんなに興味を持ってもらえるようなかたちで共有し、キュレートする場をつくることにしました。そこでドレイクの音楽を世界へ発信しました。ドレイクの音楽を公開した最初の媒体だったので、ウェブサイトはどんどん人気が出ました。みんなドレイクの曲について話すためにこのページに来て、そこから僕たちの活動や生活にも興味を持ち、写真、スタイル、服など、いろんなものをみてくれるようになった。今でいうInstagramのような感じですね。2008年当時としては、革新的なアイデアだったと思います。

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──現在のトロントでのカルチャーについて教えてください。

オリバー:ルネサンスのようなものだと思います。何もかも目新しくて、ワクワクする。誰にでも成功し、夢を実現するチャンスがある。今は音楽にスポットライトが当たってるんです。その次がファッション。今まで無名だった僕たちが突然、新たな才能、新たな産業として知られるようになった。

他の街だったら、物事の進めかたや手順といった規定がありますよね。何かをするにはルールに従わなければいけない。僕たちには唯一無二の視点があり、アーティストのコミュニティについても、あまり規定はない。誰でも挑戦することができる。それがトロントだった。

──Octobers Very Ownというブランド名の由来は?

オリバー:僕たちの誕生月からきています。僕は10月1日生まれだし、ドレイクの誕生日は10月24日、ニコは10月9日。みんなの生まれ月と、響きがきれいで心地良くて、漠然とした言葉を合わせました。昔は名前と音楽のスタイルを結びつけられることが多かったので、もっと漠然とした名前が欲しくて。Octobers Very Ownといわれても、誰にも意味はわからない。真っ白なキャンバスみたいに、成長しながらその意味を探っていこう、と思ったんです。

──OVOの中であなたの役割は?

オリバー:僕自身はブランドのリーダーとして、ある程度運営を取り仕切っています。ドレイクは僕のパートナーで、いっしょにブランドを運営していますが、彼はミュージシャンとして音楽に集中している。僕はブランドに集中している。ラグジュリーブランドのマーケティングの手法が好きだったので、そこからヒントをもらって、洗練された、憧れの的になるようなブランド、より多くのオーディエンスやひとびとに語りかけるものを目指しました。若者のブランドとか、都会的なブランドにはしたくなかった。もっと漠然とした、ただのブランド。みるひとに解釈を委ねるような、そんなブランドを目指しました。

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──みなさんはそもそもどうやって知り合ったんでしょう?

オリバー:18歳のとき、Loungeという家族経営のこじんまりしたブティックで働いていたときのことです。たくさんの若者が服を買ったり、音楽を聴いたり、ただトレンドを知るために集まったりしていました。そこでいろんなひとと知り合ったんですが、そのなかのひとりがドレイクでした。彼は当時すでに俳優として有名でした。彼と店で話していたとき、「ミュージシャンに転向しようと思ってるんだけど、手伝ってくれないか。いっしょに仕事しよう」と誘われたんです。彼は日中は俳優の仕事をしていて、僕も小売業の仕事をして、夜になると落ち合って音楽をつくりました。そのときはただの趣味としてやっていたんですが、2009年にミックステープをOVOのウェブサイトで公開したら、すぐに話題になりました。

──洋服を作るようになったのはいつ頃ですか?

オリバー:ロゴをつくったのは2011年。フクロウをデザインしました。でもそれより前から、自分たちのためだけにプロダクトをつくっていました。その頃、ドレイクのツアーでいろんな街、いろんな気候の場所を20~30人で回っていたんですが、チームだと一目でわかるように、ジャケットか何かをつくろう、という話になって。夏は夏用のジャケットを、冬のツアーのときは夜ツアーバスで寝ていてすごく寒かったので、冬用のジャケットをつくることにしました。とにかく必要だから、それからカッコいいものを自分たちでつくろう、というところから始まったんです。みんながそれを見て「それ、ひとつほしいな」「それって買えるの?」と訊いてきた。はじめは販売はしていなかったんですが、その反応をみて、ブランドを成長させるチャンスかもしれないと思ったんです。そこで2011年にプロダクトをつくり始めました。2015年には最初の店舗をオープンして、もうすぐ2020年になりますが、今年の終わりまでに全世界で11店舗を展開をする予定です。

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──当時はトロントの文化はあまり知られてなかったんですよね。トロントの文化は成長するという確信があったんでしょうか?

オリバー:100%ありました。僕たちが他の誰とも違ったのは、この街のアートを育てたいという思いと、街への誇りを持って、別のアプローチをとったことです。以前は、トロントは〈掃き溜め〉なんて呼ばれたり、誰かひとり有名人が出たら、自分が有名でいられるように、他のひとを抑えつけるような風潮がありました。でも僕たちは、街のみんなにとってプラスになるような活動をしたかった。興味深い活動や、この街の良いところを体現していると思ったアーティストにスポットライトを当て、彼らに僕たちのリソースを使おうと思ったんです。

ひとりのアーティストが成功すると、そのひとは自分のエコシステムの中心になる。ひとりのアーティストがあまり成功できなくても、別のアーティストが大きな成功を収めたら、業界には多くのディレクター、フォトグラファー、スタイリスト、マネージャーが関わることになる。そこでひとびとは「これが自分の仕事になる」というものを見つけるんです。そうやって、トロントでキャリアを築くことができる。

以前はこの街には、業界も、業界で活躍するチャンスもほとんどなかった。だからみんなNYやLA、ロンドンなどに移住し、そこで企業に就職した。雑誌も、メディアも、大手のアパレルブランドも、みんなそういう都市を拠点にしていました。この状況を変えたいなら、自分たちでつくるしかない、と気づいたんです。いずれはニューヨーカーが仕事を探すためにトロントに移住してくるような、そんな場所にしたかったんです。

──そう思うようになったきっかけは何だったんでしょうか?

オリバー:ひとつは僕が経済的に、他の街に引っ越す余裕がなかったからです。もうひとつは、僕が18歳から小売業の仕事をしていたこと。Loungeは厳選された、面白い商品を揃えていました。そこで何度か展示会や買い付けに行く機会があって、ファッションの世界の大きさを知り、NYや他の街出身の友人もでき、彼らが出身地を誇りに思う気持ちに気づいたんです。 僕たちには何も必要ない。才能もあるし、自分たちができるということもわかってる。きっかけは、そんなちょっとした対抗意識と、自分の街を信じる思いでした。

それから、今まで変だとか否定的に見えていたものが、実はもっとポジティブな、自分たちの強みになるものだと気づいたんです。でも誰もそれをクリエイティブに、または興味深い、クールなものとして提示していなかった。それに気づいたのがきっかけです。

高校生の頃はみんな周りに溶けこもうとしますが、大人になるにつれて、「自分が変えたかったところは、実は自分のいちばん気に入っていたところなんだ」と気づきます。大人になってようやくわかるんです。自分にも同じようにできるんだと自信をもつこと、またはそれほどうまくできなくても別の方法があるんだと気づくことが肝心なんです。

──カナダの才能たちをOVOのウェブサイトを通して発信していったわけですね。

オリバー:そうです。あとはただ、そのひとのメンターになるだけのこともある。いっしょに過ごし、必要な情報を提供するんです。僕たちにはドレイクがいてラッキーでした。彼がすぐに成功したおかげで、僕たちは米国で何が起こっているかをいろいろ知ることができた。ドレイクの最初のチャンスをくれたリル・ウェインについていって、彼らのやりかたや多くのことを学ぶことができたんです。その情報を僕たちの村に持ち帰って(笑)、彼らのアプローチ、やりかたをみんなに共有しました。そのノウハウを若い世代が活用できるようにするのが、僕たちの責任だと思ったんです。

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