私は黙らないことを選択するけど、あなたはどうする?

日常から“政治”が切り離されがちな日本でも、ようやくアクティビズムの新しい波が起ころうとしている。Wakakoはその先頭に立つ若きアクティビストだ。彼女への風当たりは強い。しかし、どれだけ誹謗中傷がこようと、彼女は黙らない。

by Wakako
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16 November 2018, 10:56am

この記事は『i-D Japan No.6』フィメール・ゲイズ号から転載しました。

フェミニスト。そう言っただけで、この女はアグリーに違いないって言い出す人がたくさんいる。はいはい、どうも。別に男嫌いなんかじゃないわ。ただそうやってフェミニストは男嫌いにちがいないってへそを曲げる、バカな男が嫌いなだけ。それはあなたが女だったとしても同じね。とはいえ24年間の人生のうち、そうね、少なくとも18年くらいはフェミニストではなかった。ずうっと名誉男性をやり続けてきた。特にガイドラインがあるってわけでもないのに、ティーンのころから自然と期待されていた女らしさを身につけていた。男の子が自慢げに話すトピックについて、じゅうぶんに知っているのにまったくわからないふりをした。つまらないジョークにもケラケラと笑い、お弁当箱はバカみたいに小さいサイズを選んで。“ムダ”毛はいつだって綺麗に剃っておくのがマスト。セックスの話? 処女でいたほうがあなたの価値は上がるわ。今なら笑い飛ばすことができるそれらの“大変ありがたい処世術” を、当時の私はまるで教会の隅っこの席でバイブルを開いて感涙する無垢な少女のように慎重に、かつとても真剣に実行していた。

ただひとつの大きな違いは、今の私にはそれらの言葉を跳ね返すだけのパワーがあるってこと。いや、パワーはいつだって備わっていたの。ただ、その事実をまったく認識していなかっただけ。っていうのも社会はそれを望んでいなかったから。私が少しずつ変わっていったきっかけのひとつは、2013年にデモに参加したこと。当時話題になっていた特定秘密保護法に違和感を覚えて、初めて路上に出てみた。

その姿は私たちにこう問いかける——じゃあ、あなたはどうする? 同じ社会のなかにこんなコミュニティがあったんだ、って素直に驚いた。勉強が得意じゃなかったから、世の中の人が社会運動を避けるきっかけにもなった内ゲバとか浅間山荘事件とか、そういったものについてなんにも知らなかったんだよね。だからそもそもデモや抗議活動は怖くて危ないものだっていうイメージすらなかった。今思えば信じられないくらいナイーブ! それから同世代の子たちと出会って、2016年に一度日本を離れるまでコンスタントに活動を続けた。

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少し経ってから気がついたのは、どうもチヤホヤされるってこと。何をしてもどんな発言をしても、「可愛い」とか「偉い」って言われちゃうの。そういうのが嬉しいのって本当に一瞬だけで、あとはひたすら気持ち悪いなあって。「憲法守れ」って叫んでるそれのどこが可愛いのよ。褒めてるつもりなんだろうけど、本来心地よく響くはずの言葉はなぜか耳元で歯ぎしりされているような居心地の悪さしか残さない。それからしばらくして所属していた団体SEALDsがより注目を集めるようになってからは、もう呆れるくらいのバッシングの嵐。毎日、何百件と届く罵詈雑言。そのほとんどが容姿について。可愛い、ブス、ヤらせろ、太ってる、あばずれ、女のくせに。そんな言葉ばっかり。私の政治的主張や個人としての意見は、男たちのそれほど重要視されなかった。

それまで遊んでいた男の子たちはすっかり離れていった。「こんな女だとは思っていなかったよ」って。はじめは少し驚いたけど、今考えてみれば、それって人生で経験した良いことのひとつね。だって絶えず商品化してくる人たちから避けられる、こんなに楽なことないじゃない! それからどんどん言いたいことを言うようになって、私の名前の前につく形容詞は「可愛らしい」から「強い」に変わっていった。そして私に対する褒め言葉のリストから「可愛い」が完全に消え去ったころ、私はレイプされてしまった。

多くの人がしょっちゅう忘れてしまうこと。誰にでも選ぶ権利はあるってこと。NOが言えなくてつぐんだ口をYESだと捉えられたことがこれでも何度もあった。そのたびに思い続けてきたの、口を開けない私が悪かったのねって。本当はちっともそんなことないのに! その経験をありがたく思う日は一生来ないでしょうけれど、たしかにその経験は私に多くのことを気づかせてくれた。私はまだラッキーな方。だって、その直後に飛行機に乗って遠くまで行くことができたから。そしてしばらくのあいだは帰ってこなかった。もっとも、距離が何かの解決策になることって思ったより少ないんだけどね。

東京に戻ってきてから、周りのガールズ(言うまでもなくフェミニストたち)と新しいグループを作って、街宣をした。名前は「I AM」。街宣のタイトルは「私は黙らない」。まったく、あれだけ叩かれたのに懲りないよねって自分でも笑っちゃった。「黙れ」って言われ続けてきたのに、帰ってきた途端「私は黙らない」だって。でもしかたないでしょ、大事なことなんだから。私は街宣の最後にスピーチをした。今まで数え切れないくらいのスピーチをしたけど、あの日がいちばん緊張したと思う。今まで喋ったことのない、とてもパーソナルな部分について話をしなければならなかったから。それは結果的に、私と、この社会のほんとうにタイニーな一部にわずかな影響をもたらした。まずはバッシングの嵐。久しぶりだったから、「ハイ元気してた?」ってな具合でね。そしてそれ以上多く私の元に届いたのが、年齢も出身もさまざまな女性たちからのメッセージ。今さらながら、被害に遭ってなおかつそれについて必要なサポートを得られていない人たちがこんなにもいるんだってことに驚いてしまった。統計で見る被害者の数に比べたら届いたメッセージなんてそのほんの一部でしかない。けれど事細かに綴られた彼女たちの言葉は、学者によって書かれた分析よりも深刻な顔をしたアナウンサーのコメントよりも、ずっと重みを持って迫ってきた。

フェミニズムは宗教ではないし、フェミニストは男嫌いのアグリーな女って意味じゃないけど、ヒーローってわけでもない。それに、こんな家父長制社会のなかでは、本来戦うための手助けになるはずのそれが足かせに変わってしまうことだってある。みんなフェミニストでいなくっちゃ、とも思わない。ただ、あなたがフェミニストではないという事実に私は文句をつけないから、あなたも私がフェミニストであるということに最低限のリスペクトを払う必要がある。私は黙らないことを選択するけど、あなたはどうする?っていうただそれだけのとてもシンプルな問い。

私は東京にクライシスセンターを作ることにした。まるで今日の晩ご飯はカレーにするわねっていうくらいの軽さだけど、これは私の今のシリアスな目標。性被害を受けた人が必要なときに適切なサポートを受けられる場所にして、それと同時に性教育もやっていきたい。例えば避妊やコンセント(同意)について。LGBTQA+についてもまだまだ理解が足りないよね。それから、もっと多くの人に、自分の身体のことは自分が決めていいんだってこと——my body my choice——を知ってほしい。となると、やっぱり人権についてしっかり考える癖がつくような教育システムも必要になってくる。それにエンパワメントを手伝えるような書物の紹介なんかもできたら最高! だってやっぱり本は大事だもの。情報だけじゃなくて知識をきちんと入れない と、パワーは育たないから。

私は、自分がこの取り組みをする正当な理由をまだ見つけていない。私の考えていることにはあまり意味がないということも、成功しないということもじゅうぶんあり得る。それでも、考え続けるしかない。私が私として存在し続けるために。解放という名の可能性に心躍らせる彼らのために。差異でつくられたその厚い壁に、少しずつヒビを入れていくために。

Credit


TEXT WAKAKO
PHOTOGRAPHY CAILIN HILL ARAKI

WAKAKO WEARS ALL CLOTHING MODEL’S OWN.

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