ティモシー・シャラメ主演『ビューティフル・ボーイ』の裏にある実話

i-Dの表紙を飾ったティモシー・シャラメ主演最新作『ビューティフル・ボーイ』の原作となったのは、薬物依存症を経験した息子とその父親の記録だった。作者の親子に話を聞いた。

by Douglas Greenwood; translated by Nozomi Otaki
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23 April 2019, 9:33am

デヴィッド・シェフとニック・シェフ。この親子が過去のつらい体験を忘れ去ろうとしても、誰も責めたりしないだろう。しかし、ふたりは10年にわたり、家族を引き裂きかけた悲痛な過去に真正面から向き合ってきた。

それまでの人生は順風満帆だった。カリフォルニア北部で暮らすデヴィッドは、『The New York Times』や『Rolling Stone』に寄稿する著名なジャーナリスト。妻カレンとのあいだに、ニック、ジャスパー、デイジーという3人の子どもがいる。長男のニックは将来有望で心優しい青年だが、大学進学を機に20代前半で家を出たあと、メタンフェタミン依存に陥ってしまう。その後、ニックは不法占拠や路上生活を繰り返し、父親とも音信不通に。デヴィッドは約10年間、息子の生死もわからず、常に不安にさいなまれながら過ごすことになる。

父子それぞれの回顧録を映像によって見事に融合させたのが、注目の映画『ビューティフル・ボーイ』だ。デヴィッドの回顧録からタイトルをとった本作は、依存症に向き合う家族の痛みをまざまざと描いている。すでに多数の批評家のお墨付きで、ベルギーのアートハウス界の鬼才、フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督の鋭い視点、ニック役のティモシー・シャラメとデヴィッド役のスティーヴ・カレルの熱演が絶賛を浴びている。

ニックはクスリを買うお金を手に入れるため、実家に押し入って両親の持ち物や弟の小遣いを盗んでいた。「人生が再び良い方向に向かっているかと思えば、楽になりたくてまたクスリに手を出す。そんな悪循環に陥っていました」。ホテルのスイートルームで、ニックは向かいに座る父親を沈痛な面持ちで見つめながら回想する。当時のデヴィッドにとって、最愛の息子が依存症に苦しむ姿は耐えがたいものだった。

更生施設での生活とセラピーを何度か繰り返したあと(1回の治療介入だけで依存症を抱えたまま自活できるようになる患者はほとんどいない)、ニックはどうにか依存症を乗り越えた。そんな彼と父親の体験から生まれたのが、胸を打つ珠玉の自叙伝『Tweak』だ。症状が落ち着いたあと、ニックは自らの体験をもとに『Tweak』を執筆。どうにか家庭の平穏を取り戻したデヴィッドも、衝撃的な体験に身を震わせながら、彼の視点を通したストーリーを書き上げた。

しかしこの作品において、親子を演じる俳優よりも大切な要素は、デヴィッドとニックが決して失わなかった特別な心のつながりだ。本作のモデルとなった家族にとって、『ビューティフル・ボーイ』は単なる映画ではない。ヒュルーニンゲン監督は彼らの設定を完璧に再現するべく、偏執的なまでのこだわりをみせたという。「映画が上映されるまでには、この作品から自分を切り離して考えられるようになると思ってた」とニックはいう。「でも、スティーヴのオフィスで僕らの昔の写真に役者ふたりの写真をフォトショップで貼り付けたり、撮影自体も僕が育った場所で行われた。劇中でティモシーが運転する車も、僕のとまったく同じなんです」。事実に忠実な作品づくりによって、心温まる思い出もよみがえった。「僕たちは乗り越えたんだってことを改めて実感できた」とニックは微笑む。「あらゆる出来事を振り返る必要があったけど、そのおかげで前に進むことができました」

Timothee Chalamet and Steve Carell in Beautiful Boy

「涙が止まりませんでした」。デヴィッドは首を振りながら、ここから数百キロ離れたロサンゼルスで初めて本作を観たときのことを振り返る。そのときは息子のニックは不在だった。「もちろんスクリーンのなかにいるのは俳優だとわかっていたけれど、彼らは私たちそのものでした。彼らが表現する喜怒哀楽も、ジェットコースターのような日々も、すべて私たちが体験したことです」。デヴィッドは息子のほうを向き、こう続ける。「まだ話してなかったと思うけれど、映画のなかでいちばん心が痛んだのは、女の子がオーバードーズするシーン」。デヴィッドが言及したのは、ニックが逃亡先である少女と恋に落ち、メタンフェタミンをいっしょに使用する場面だ。劇中で、ニックはドラッグへの愛と彼女への愛を見分けられなくなる。彼の人生に不可欠なこのふたつが、ひとつに融合してしまうのだ。「誰にもいってなかったけれど……もちろん、ニックが助かったのはとても幸運なことだと思ってる。でも、もしニックだけが生き残って彼女が助からなかったら、と考えてしまった」。デヴィッドはそっと手のひらをこすり合わせた。「もしかしたら息子は、誰かの死に関わったという事実をずっと背負いながら生きていかなければならなかったかもしれない」

劇場で本作を鑑賞する観客の大半、つまりティモシー・シャラメに夢中なミレニアル世代が、本作のような作品を観るのは、おそらく今回が初めてだろう。大躍進を続ける若きスターは、依存症、バラバラになった家族の絆を描く重苦しいアートハウス系作品に、まったく新しい客層を呼びこむことになる。彼の魅力は、ただ若い観客を愉しませるだけでなく、彼らの啓発を促す可能性を秘めている。

ニックはティモシーの起用について、「本当にラッキーな偶然だった」と語る。撮影は『君の名前で僕を呼んで』がサンダンス映画祭で上映されたあと、全世界が熱狂の渦に巻きこまれる直前に行なわれた。当時はまだ〈シャラマニア(訳注:ティモシーの熱狂的ファンの総称)〉は存在しなかった。「ティモシーのすばらしいところは、彼が現代の若者のロールモデルになっているということ。ティーンに人気な有名人はたくさんいるけど、彼は群を抜いている。若者に考える機会を与えるスターは、僕が生まれてからひとりもいなかったんじゃないかな」

『ビューティフル・ボーイ』で目にするのは、個人の葛藤を描く痛切な物語にとどまらない。本作のもっとも重要なテーマは、家族、つまり私たちが血を分けた人間に負っている責任だ。「薬物乱用やオーバードーズなど、極端な部分がフォーカスされやすい作品だけど、核となっているのは、家族とは何か、子を愛し親になるとはどういうことか、私たちがつらい体験をどう乗り越えたか、ということ。それを観たひとに理解してほしい」とデヴィッド。「薬物乱用だけじゃない。愛と喪失を描いた作品なんです」

「そう、この映画は愛にあふれている」とニックも同意する。「それがこの作品のすばらしいところ。つらい体験もそうだけど、あの食卓の場面とか、僕たちの家族の愛がはっきりと描かれてる」。ニックは何かを探し求めるかのように父親を見つめ、彼に寄り添った。「モデルになったのは僕の家族だけど、どの家族にも通じるものがあると思う」

観客がこのことに気づけば、本作が秘めている力が明らかになるはずだ。『ビューティフル・ボーイ』は、主人公ニックへの同情を誘うわけでも、私たちが依存症を抱えていないことへの安心感をもたらすわけでもない。本作は私たちをニックの視点に立たせ、たとえ一瞬でも、ほんの少しでも道を外れてしまったら、人生は取り返しがつかなくなるという教訓を与えてくれる。劇場から家に帰ったら、あなたの大切な存在をもっと強く抱きしめてほしい。ありきたりな表現かもしれないが、まさにそういう作品だ。

ビューティフル・ボーイ』は4月12日(金)より TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開。

This article originally appeared on i-D UK.