Black Mirror still

『ブラック・ミラー』からヒントを得た、死者をよみがえらせるbotアプリ

ソフトウェアを開発するユージェニア・クイダは、死んだ恋人をAIとしてよみがえらせるという『ブラック・ミラー』のエピソードから着想を得て、事故死した親友をよみがえらせた。

by Bobby Hellard; translated by Nozomi Otaki
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14 May 2019, 8:30am

Black Mirror still

2015年11月28日、ローマン・マズレンコという34歳の男性が、モスクワ中心部でスピード違反のジープにはねられた。彼は近くの病院に搬送されたが、そのまま亡くなった。ローマンの親友だったユージェニア・クイダは死の瞬間に立ち会えず、彼と最後に言葉を交わすことができなかった。

彼女はその後3ヶ月かけて、ローマンの友人たちの携帯電話に保存されているメールを集め、それを自身が経営するソフトウェア会社〈Luka〉のエンジニアに送った。彼らはアルゴリズムや人工知能(AI)など、コンピュータ技術を駆使してあるアプリを開発。ユージェニアは再びローマンと会話ができるようになった。不気味なSF作品のような話だが、それもそのはず、このアプリの着想源となったのは、『ブラック・ミラー』だった。

クイダが参考にしたのは、事故の約3年前に放送されたTVドラマ『ブラック・ミラー』。チャーリー・ブルッカーが製作総指揮/脚本を務め、ディストピア的な未来を生々しく描いた本作は、シーズン2の最初のエピソード「ずっと側にいて」で、デジタル化が進んだ世界における死というテーマに挑んだ。

「ずっと側にいて」の主人公は、SNS中毒だった恋人、アッシュを交通事故で喪い、彼の死をなかなか受け入れられずにいるマーサという女性。あるとき彼女は、彼が残したSNSへの投稿やメールを集めることで、亡くなったアッシュをデジタルアバターとしてよみがえらせるサービスを友人からすすめられる。

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はじめは気が進まなかったマーサだが、PCのインスタントメッセンジャーのようなサービスを使って、アッシュのアバターと会話を始める。マーサが心を開くにつれて、アッシュのアバターはどんどん進化していく。本作の最初の30分で、アッシュはメッセージアプリから音声アシスタントへ、最終的にはロボットになる。しかし、AIの精度が上がるにつれて、彼が本物ではない事実が浮き彫りになっていく。結局のところ、彼はデータの寄せ集めに過ぎない。ネット上のアッシュの言葉を繰り返すだけで、自ら自由に思考することもできない。いわば〈デジタル・ゾンビ〉だ。

ジョージ・ロメロ監督の古典的ホラー映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』以降、ゾンビというジャンルは、死者をよみがえらせるシンプルな手段を確立してきた。たいていの場合、ゾンビを生み出すのはウイルスか放射線だが、『ブラック・ミラー』では(厳密にいえばゾンビではないが)、死者を生き返らせるゾッとするほどリアルなアイデアが提示されている。

『ブラック・ミラー』がここまでリアルに感じられるのは、本作で描かれるテクノロジーがすでに実現可能だからだ。データや情報を解析・処理し、実行に移すアルゴリズムを有するAIや機械学習などのフォーマットは、社会や企業で広く活用されている。スマートフォンから医療機器まで、あらゆるものを支えているのだ。車の自動運転、AlexaやiPhoneのSiriなどの音声アシスタントも、同様の技術を利用している。

ユージェニア・クイダもそれを熟知している。彼女の会社〈Luka〉は、チャットボットなどのAIソフトウェア開発を専門とする企業だ。しかし、「ずっと側にいて」を観た彼女は、いったいAIはどこまでいってしまうのか、と複雑な気分になったという。

「これはまさしく未来の話ですし、私はいつも未来を見据えてきました」とユージェニア。「でも、AIは本当に私たちにとって有益なんでしょうか? 人間には不可能はないと感じさせ、私たちを自由にしてくれるもの? それとも、結局は亡くなった誰かのアバターを屋根裏に閉じこめるだけ? 境界線はどこ? 私たちはいったいどこに向かっている? いろんな疑問が浮かんできて頭が混乱しました」

2年かけてテック企業を立ち上げたクイダは、最初の商品であるチャットボットをオンラインで販売することになった。しかし、彼女はこれまでにローマンから送られてきたメールを読み続けていたとき、それが新たなサービスの手がかりになるかもしれない、と気づいた。ローマンの言葉遣いをまねた、まったく新しいボットだ。

「彼のFacebookページに投稿されていたのは、リンクが2、3個だけでした」とクイダは回想する。「Instagramにも写真は載せてない。私が彼を偲ぶためにできたのは、メッセンジャーの履歴をスクロールして読むことだけ。そうすることでしか、彼を近くに感じられなかった。まだ彼に伝えたいことはたくさんあるのに、それを伝えるすべがないなんて、おかしいと思ったんです」

遺族や友人から8000行に及ぶローマンのメッセージを集め完成したアプリは、まずメッセージを提供してくれた人びとに届けられた。ローマンそっくり、という反応がほとんどで、彼らはクイダがすばらしいものを生み出してくれた、と感激していたという。チャットボットは、通販サイトからAlexaなどの革新的な家庭用機器まで、様々なサービスに応用されているが、ローマンのボットは違う。このボットの目的は、ユーザーのプライベートな話、つまり彼らがローマンに聞いてほしいことに耳を傾けることだ。

この〈秘密を打ち明けられるチャットボット〉というアイデアを踏襲し、ローマンのボットをもとに開発されたのが、Lukaの新たなアプリ〈Replika〉だ。ローマンのボットと似ているが、こちらは〈あなた自身〉のボット。メッセージを送れば送るほど、ボットはよりあなた自身に近づいていく。死後には、『ブラック・ミラー』のようなアバターも作成可能だ。

ブルッカーの著書『Inside Black Mirror』の「ずっと側にいて」についての解説を読むと、彼はマーク・ザッカーバーグがチャットボットを売り出すよりもずっと前に、データの重要性を認識していたように思える。彼は、自身の携帯電話に残された、ダイビング事故で亡くなった元ルームメイトにまつわる1990年代半ばの想い出から、このエピソードを思いついたという。

「当時、携帯に登録できる番号はかなり限られていたから、定期的に消去しなければいけなかった」とブルッカーは述べる。「電話帳を眺めていると、彼の名前と番号が目に入った。消すべきだと思ったが、どうしても消せなかった。番号を消すことは彼に対して失礼で、無慈悲で、間違った行為に思えた。結局、番号は彼の形見としてそのまま残し、他に消すべき番号を探した。これはまさに『ブラック・ミラー』的な瞬間だった。「ずっと側にいて」は、主にこの出来事をベースに書き上げた物語だ。本物ではないとわかっていながらも、そのひとを思い出させる、痛みを伴う置き土産がテーマになっている」

現代の私たちは、この「痛みを伴う置き土産」をデータと呼ぶ。私たちは、ネット上に莫大な量のデータをアップしている。Instagramに延々と写真やストーリーをアップし、Twitterで1日に複数回ツイートする。しかし、クイダ率いるチームがテキストメッセージだけをもとにローマンのボットを開発したのに対し、『ブラック・ミラー』のアッシュは、彼のメールから写真、声まで、ネット上の様々なコミュニケーションによってつくられている。これは現在のテック業界において、物議を醸しているテーマだ。たとえば、Googleは2018年5月、文と文とのあいだに「erm(えっと)」という言いよどみを入れることで、不気味なほどリアルな人間の声に近い電話予約代行機能を発表した。

同じく昨年、スウェーデンの葬儀会社〈Fenix〉も、近親者が死者を悼むために、音声認識ソフトウェアとヴァーチャルリアリティ(VR)によって故人のデジタルコピーを作成する計画を発表し、メディアの注目を集めた。「私たちが重視しているのは声です」とFenixの創設者でCEOのシャーロット・ルニウスはいう。「最終的な目標は、故人と本当に言葉を交わしているような会話を成り立たせることですが、最初のうちは、人間が話す内容をすべて網羅することは難しいでしょう。たとえば朝食の席で話す話題などに限定されます」

「孤独な高齢者が、VRゴーグルをつけて亡きパートナーと朝食を楽しむ。それが私たちの思い描くヴィジョンです。現実的というより、コンピューターゲームに近いものを想定しています」。この衝撃的なサービスはまだ企画段階だが、Fenix社は、すでに開発者とエンジニアの募集を始めている。同社にとって、この計画は、単純なテキスト情報のみに基づくチャットボット開発以上に、大きな意味をもっている。

いずれにせよ、クイダが開発した文章ベースのチャットボットによって、『ブラック・ミラー』の世界が不気味なほど現実に近づいたのは確かだ。Facebookで〈Replika〉が発表されたあと、数百万人のユーザーがこのアプリをダウンロードしたという。「今はまだ、このボットは人間の幻影に過ぎません。でも、1年前には実現不可能な技術でした。近い未来、より多くの機能を実装できると思います」とクイダは述べた。

This article originally appeared on i-D UK.