サンファにひと耳惚れ

華やかな世界から距離を置き、自らが追い求める完璧な音を追求したサンファ・シセイ。感情豊かなデビュー・アルバム『Process』で、魂をさらけ出す。

by Lynette Nylander
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26 July 2017, 6:00pm

サンファ・シセイ(Sampha Sissay)の音楽を聴いていると、彼を長く、そして深く知っているような錯覚に陥る。だからなのか、初のフルアルバム『Process』が今リリースされるという事実に不思議な感覚をおぼえる。ボーカルがメロディを奏で、一音一音に感情がにじむ彼の音楽--私たちが最初にサンファの存在を知ったのは7年前、プロデューサーSBTRKTが織りなすビートに乗せた彼の声を通してだった。その後サンファは、レーベル<Young Turks>から2010年に『Sundanza』で、2013年に『Dual』で自身の世界観を打ち出し、FKAツイッグスやフランク・オーシャン、ソランジュ・ノウルズなど現代音楽界を彩る若き鬼才たちからコラボレーションを切望された。このとき、サンファ自身は自らの可能性に気づいていなかったという。しかし、周囲の期待は高る一方だった。そこへ、人生が容赦なくサンファの家族に悲しみをもたらした--彼のキャリアは、本格的に始動する前に保留状態となった。サンファの母ビンティが、寛解状態にあったガンを再発し、急激な症状悪化をみせたのだ。サンファは、母を看病するため、音楽活動を一時休止し、実家へ戻った。2015年9月、ビンティはガンとの闘いの末に他界し、5人の息子たちは悲しみに暮れた。『Process』の核をなしているのは、母の死だ。彼が体験した歓びと恐れ、痛み、そして喪失感をたどり、感情を揺すぶる40分間が繰り広げられる。

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「この間、母の家に行ったんだ。子育て日記があって、そこには子どもが成長していく様子が詳細に書き込まれていた。そこに『サンファが粘土でヒトを作っていたら、その頭がもげてしまった。サンファは頭を拾って元の場所に戻したけれど、それはまた落ちてしまった。それを何度か繰り返した後、サンファは頭部をまた元の場所に戻し、今度はグリグリと押し込んだ』という一節があった。執念だよね。その日記には、お遊戯の時間に僕がいかに静かでおとなしいかも書いてあった。でも大人と話すことには慣れているようだとも。僕は子どもの頃からほとんど変わっていないだね」とサンファは、現在ガールフレンドのジョージョー(Jojo)と同棲生活を送っている家の近くにあるカフェで、ハーブティーの入ったカップに指の腹を滑らせながら話す。彼はとても静かな男だ。抑えたトーンで話し、面白いとクスクス笑う。彼は、ロンドンのモーデン地域のシエラレオネ移民家族のもとに生まれた。子どもがのびのびと育つことを後押しする家庭だったという。「大事に育ててもらったんだ。母はとても物静かな女性だった。"伝統的"って言葉は好きじゃないけど、母は間違いなく昔ながらの伝統的な母親で、子どもである僕をかいがいしく世話してくれた。食事や教育にはじまり、子どもに必要なものすべてを与えてくれたことに感謝しているよ」

サンファに音楽への愛を芽生えさせたのは兄弟たちだった。ハービー・ハンコックやジェームス・ブラウン、グルーヴ・アルマダ、ザ・クラッシュなどの音楽に出会ったのも、兄弟たちのおかげだったそうだ。特に、実家の近所に暮らし、そこに作った小さなスタジオで自ら音楽プロデュースを手がけていた兄サニエ(Sanie)の影響は大きかったという。父はサンファが幼少の頃に他界したが、家族にピアノを残した。サンファはこれを大切にし、ときには数時間も鍵盤で遊んだという。そして音楽で物語を奏でることで得られる解放感を味わった。

高校を卒業すると、サンファはチェスター大学に入学し、音楽制作を勉強し始めた。しかし、まもなくして授業に限界を感じ、退学した。「決まったやり方に沿って曲を書くことができなかったんだよ。環境的にも限界を感じた。僕と同じような考え方の人が大学にはいなくてね」大学での勉強に見切りをつけたサンファは、ロンドンに戻ってSBTRKTとの音楽作りを始めた。MySpaceで出会ったSBTRKTとサンファだったが、家も近かった。音楽のキャリアへと進む息子の将来を案じながらも、母ビンティは「愛する息子の夢だから」と背中を押した。「SBTKRTはこだわる人。対する僕は、ただ音楽作りが楽しくてしかたなかった。お互いを補い合えるバランスが僕たちの関係にはあったんだね。言葉でないところで僕たちの音楽はできあがっていった。彼との関係も、出来上がった音楽も、僕には嘘のないものだったよ」

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SBTRKTのクリエイティビティに影響を受けたサンファは、独自に作った音楽をリリースし、SBTRKTとのツアーも敢行した。そして2013年にはドレイクと「TooMuch」で、そしてカニエ・ウェストと「Saint Pablo」でコラボレーションを果たすなど、大躍進をみせた。しかし当時のサンファは、音楽作りの裏方から表舞台に出ていく心の準備ができていなかったという。「プロデューサーからシンガーへのスイッチの切り替えは、自分で想像しているほど簡単じゃなかったんだ。見られる立場、聴かれる立場になるということに慣れることができなかった。見てもらえること、聴いてもらえることを今では心からありがたく思っている--僕にしかできないものを評価してもらってるわけだからね。でも当時はそう感じることができなかった。自分自身の作品を作るほうが楽なときもあるし、人の作品を作ってるほうが楽なときもある。今は、細かいところにまでこだわって、自分の音楽作りに没頭してるんだ。誰かの要望や質問に応える必要もなく、自分が良いと思うものを突き詰められるからね」

コラボレーション制作の過程でカニエ・ウェストにみた自信が、サンファを『Process』制作へと突き動かした。それから2年をかけ、40曲を書き上げたサンファは、アルバムのテーマに基づいて10曲に厳選していった。彼が歌詞に用いる言葉は、物語のなかに物語を展開し、さまざまな解釈が可能なメタファーや抽象的表現が重なり合って、聴く者の感情に訴えかけてくる。アルバムのオープニング・トラック「Plastic 100℃」で、サンファは喉にしこりを見つけたときの衝撃を歌っている--キャリアの今後を脅かす出来事を。「しこりを見つけて『病気なんだ』と悟ったときに感じたあの身体的な衝撃は、それまでに経験のない感覚だった」。歌詞は身体的な痛みも、感情的ストレス、不安、そして熱の感覚までをも克明に綴っていく。「It's so hot I've been melting out here, made out of plastic out here(身体が熱い--プラスチックでできた身体が溶けだしそうなほど)」と。「言葉が溢れ出した」とサンファは明かす。「書こうと思って書いたことなんてないんだよ。ただ口から溢れ出してくるんだ。心に浮かんだ情景をそのまま言葉にしようとするだけ。『Plastic 100℃』では、青い空と真ん丸の黄色い太陽が見えた」

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続く「Blood On Me」で、サンファは究極の不安状態にある自分を見つめている。「単に"逃げ出したい"という思いを曲にしたんだ」とサンファは説明する。「怖いという状態について書いた。怖いというのは、不気味なぐらいに普遍的な感情だよね」。まるで悪い夢でも見ているかのようにピアノのフレーズが繰り返される狂気の音世界は、ニーナ・シモンの「Sinner Man」を思わせる。続く「Kora Sings」は、さまざまなビートがぶつかり合い、くぐもった歌声が乗せられた実験的トラックだ。アルバムに、優しく躍動的なムードを添えている。「西アフリカのマリ出身のミュージシャン、ウム・サンガレの音楽に夢中だったんだ。そこでアフリカの楽器についていろいろと調べてみた。西アフリカ発祥の楽器コラを演奏できるミュージシャンを呼んで12分間のジャム・セッションをやったんだ。そこから作った曲だよ」

アルバム『Process』で孤高の輝きを放つ曲が続く。「(Nobody Knows Me)Like The Piano」だ。亡くなった父が残し、母も去った今もなおサンファの生家に置かれている、あのピアノについて歌っている。母が亡くなる前に着手したが、完成したのは彼女の死後だったという。悲しみがにじむこのバラードは、サンファに感情の浄化をもたらしたそうだ。だが、サンファは今でも母親の話になると圧倒的な悲しみに襲われる。「何も感じなくなるときもある。平凡な日常はなんと素晴らしく、そしてなんともろいのかって」と、サンファはうつむいて言う。

『Process』は、これまでにサンファ・シセイが歩んできた人生を検証したアルバムだ。痛々しいほどに実直なサンファが垣間見える。その世界に、聴いているこちらが染まってしまう--そんな作品だ。心と魂がさらけ出され、親密で、圧倒的で、そして狂おしいまでに美しい。感情溢れるサンファの声が聴かれない箇所でも、実験的なアレンジと、軽快なパーカッション、そして豊かな環境音(月面着陸を思わせる音や、窓をかすかに叩く雨の音)などが、奥行と広がりを生んでいる。

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この作品でサンファがスターになるのは間違いない。しかし本人は、これまで自分がスターになるなどとは想像もしてこなかったようだ。「自分が有名になるなんて考えもしなかった。そんなことが起こるなんて、よく理解できないんだ。僕が作っているような音楽で人が有名になるなんて起こり得ない--そう思ってきた。でも同時に、何もわかってないわけでもない。顔も知られてるし本名で活動してきたし、人が共感してくれるようなパーソナルな感情を歌にしているんだということもわかってる」。これからの1年間、サンファは『Process』のツアーに追われることになる--ファンたちは、生のパフォーマンスで彼の魂に触れることができるのだ。「SBTRKTとツアーをやったから、ライブにはだいぶ慣れたんだ。でもね、観客に向かって話すというのがどうしても苦手で。フェスティバルに参加したこともなかったからね。本当に大変だった。新しい自分を発見するキッカケになったよ。ライブで観客の反応をじかに感じることができるって、圧倒的な経験だからね。今回、『Process』を引っ下げてのツアーは自分のバンドがいて、ヴィジュアルもあるから、また新たな経験になる......でもこれが、もっと多くの人が僕の音楽を聴いてくれて、僕の歌にもっと共感してくれるキッカケになれば嬉しいね」とサンファは言う。「まずは頭の中で完全な形を見ておく。作品を語るのはそれからだ」という徹底したアプローチで作曲をするというサンファ。『Process』はそれを反映したアルバムだという。世間の注目からも、業界の罠からも距離を置いてきたサンファは、今でも派手な音楽イベントや授賞式などには参加せず、自分と向き合う時間を大切にしている。「静かに、心で物事を見つめたり、気持ちや感情を表現する方法を探ったりするのが好きなんだ」。自身を知ることと、何かを生み出すことの間にあった空間を、サンファは「自分の感情と向き合うプロセスだった」と言い表す。

「『Process』には時間をかけたかった。以前は、心の準備ができていなかったから。僕の人生観はまだ未熟だった。だけど、何かを作り出して人々とそれをシェアしたいと思える瞬間が訪れたんだ」。このアルバムの美しさは、完成したアルバムそのものの美しさだけではない。今のサンファにたどり着くまでに彼が生きた人生こそが美しいのだ。その道のりは辛く悲しいものだった。人によっては一生をかけて経験する悲しみを、サンファは数年の間に経験したのかもしれない。しかしサンファは、その痛みを美しいものへと--人々を癒すことができる作品へと、昇華させた。

Credits


Text Lynette Nylander
Photography Hanna Moon r
Styling Max Clarkr
Grooming Mari Ohashi at LGA Management using Bumble and bumble. Set design Suzanne Beirne at D+V Management. Photography assistance Alessandro. Styling assistance Bojana Kozarevic. Grooming assistance Anna Payne.r
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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