セルフ・ポートレイトが描く、バスルームで美を磨く女性の肖像

写真家ジュノ・カリプソは、自身が作り出したもうひとりの自分を通して「女性が美しくあること」と「美へのたゆまぬ努力」にがんじがらめになった現代の女性の心を表現している。

by Stevie Mackenzie-Smith
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21 September 2016, 3:50am

「家具も勝手に移動して、ウィッグや食べ物がそこらじゅうにちらばった部屋で、私は自分の体を頭からつま先までグリーンに塗ってたのよ。誰も来なくてよかったわ」。ホテル従業員が部屋へ訪ねてきたりはしなかった? という問いに、ジュノはそう答えた。「話としては面白いだろうけど、もしあんな姿を見られたら、恥ずかしくて立ち直れないわよ」

ジュノ・カリプソ(Juno Calypso)が作り出したもうひとりの自分、ジョイス。ベビーピンク色のバスタブに陳腐なカーテン、70年代風フィンガーフードのビュッフェなどが共存する空間のなかにひとり、ジョイスはいる。『12 Reasons You're Tired All The Time:あなたがいつでも疲れている12個の理由』ではプラスチックのエステマスクに顔を覆われて苦しそうなジョイスが捉えられており、『A Dream In Green:緑の夢』では、痩せるために海藻パックを全身に塗った全身緑色のジョイスがまるでボッティチェリのヴィーナスのように立っている。

ジュノ・カリプソの最新写真シリーズ『Joyce』には映画のワンシーンのような雰囲気と物語性があり、そこにはジュノが考える厳格で孤独な「女性の美の形態」が映し出されている。

大学在学中に制作を始めたこのシリーズは、現代の女性がバスルームで行なっている「美のための努力」と、女性達がそれにがんじがらめになっている姿を捉えた作品だ。作品のなかでジョイスは、美を得ようと身づくろいやマッサージをし、さまざまな美容器具を顔や体にあてがう――求めているほどの結果など得ることができないと知りながら。

ジュノの作品撮影のプロセスは、女性が美を求めて悪戦苦闘するプロセスそのものだ。セットは緻密で、ディテールは正確だ。ジュノはかつて、ネットで見つけたホテルでどうしても撮影がしたいと太平洋を超えてニューヨークへと飛んだこともある。とことんピンクにこだわっていることで有名な、ペンシルバニア・ホテルのハネムーン・スイートだ。彼女のセルフ・ポートレイトには、いつもどこか懐かしさを感じさせる小道具や家具が用いられている。にもかかわらず、彼女の作品は一貫して見る者に心もとない感覚を与える。「女性であること」を実現するための努力のなかで、感情的にも経済的にも疲弊した女性達を前に、私たちが感じる心もとなさだ。

この『Joyce』で2016年ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・フォトグラフィー賞のシリーズ賞を受賞したばかりのジュノ・カリプソに、セルフ・ポートレイト、郊外に生きるということ、そして決して達成できない美について聞いた。

『Joyce』には、ユーモラスなセルフ・ポートレイトから、フェミニ二ティ(女性らしさ)にある過酷な要素を浮き彫りにする写真まで、さまざまな作品がおさめられていますが、どのような経緯でこの形に辿り着いたのでしょう?
大学2年生のときに最初の数枚を撮影したの。そのときはまだ、それがその後どんなふうになるか考えずに撮っていたわ。4年後にまだこれに取り組んでいることなんて思ってもみなかった。当時まだ私は21歳で、作品ももっとコメディの要素が強かったの。「クラスメイトに見せて楽しもう」と撮ったものだったから。学校ではシリアスなことばかり勉強していたから、その反動で、みんなを笑わせられるものを作りたくて。しばらくすると「自分は写真作家なんだ」と世に証明したくなった。大判フィルムで写真を撮るようになって、その頃から作品がシネマティックになり始めたの。
フェミニ二ティの過酷な構造について探るというのは、私が当初考えていた作品制作の意図ではなかった。ある意味、その逆だったわ。最初はモデルたちに可愛い服を着させて写真を撮りたいと思ってたんだけど、その先が見出せなかった。ジェンダーやフェミニズムの表現に興味があったんだけど、当時の私の作品にはそういったものがまったく浮かび上がってこなかった。悲しい表情の私の作品があるでしょう? あれは当初、ジョークのつもりだったの。でも私の先生があの作品にもっと深い意味を見出してくれて「この方向性で続けなさい」って激励してくれたの。

『Joyce』で使われているロケーションはどうやって選んだのですか?
私は膨大な時間をかけてリサーチするの。1日中、eBayを見続けたりね。TripAdvisorに掲載されているホテルの部屋は、たぶんすべて見たと思う。タイムスリップして取り残されたみたいな感覚を与えてくれる場所をずっと探してるの。「この時代のものでなきゃならない」って決まりはないけど、「古いホテルなのに部屋には最新設備が搭載されている」ような場所には惹かれるわね。変わってる場所がいいのよ。ピンクの部屋とかね。新たなロケーションを探すのはどんどん大変になってきてるわ。グーグルでピンクのスイートルームを検索すると、自分の作品が検索結果ページに出てくるから。

「身体的に制限された状態でジョイスになりきる」というプロセスに疲れてしまったりはしないのですか?
いつも疲れるわよ。作品に見られるプロセスは、女性が美を実現するために辿るプロセスそのものだから。完璧な容姿を作り出そうと手をつくす女性を捉えた写真――それがわたしのテーマ。だからこそ多くのひとが私の作品に共感してくれているんだと思う。リアルなのよ。筋書きがあるからこそのリアルさなの。いつも撮影の前段階で疲れきってるし、作品作りが決して簡単に運ばないこともわかってる。試行錯誤の連続なの。撮影もひとりでするから、フィードバックをくれるひともいなければ、「もう十分だろう」って仕切ってくれるひともいない。撮影はいつも明け方まで続くのよ。

あなたの作品は、映画『ステップフォード・ワイフ』や郊外という不気味な空間を連想させますが。
私のポートレイトが郊外に関連するって私が言ったのか、誰かが言ったのか思いだせないけど、いずれにせよ作品に特定の物語を織り込まないようにしてるわ。私の作品はファンタジーであって、非現実的であってほしいと思っているから。それに郊外に暮らしてるひとが不気味だっていうイメージも発信したくないしね。
でも、私は誇張された郊外のイメージに大きな影響を受けて育ったの。若い頃は、『カラー・オブ・ハート』(1998)や『シザーハンズ』(1980)に夢中だったわ。A.M.ホームズが書いた小説に『Music For Torching』というのがあって、それが郊外の陰鬱な世界を実に素晴らしく描いているんだけど、それにも夢中だった。街はどんどん変わっていくでしょう? だから、たまにタイムスリップしたような環境に行きたくなるのよ。

あなたのセルフ・ポートレイトはどれも緻密な計算のもとに作られています。普段からセルフィーをたくさん撮るのでしょうか?
最近はほとんどセルフィーを撮っていないの。1年に10枚撮ればいい方よ。しかもその中で成功するのは1%ぐらい。若い頃はセルフィーを撮るのが大好きだったけど、今はそれが自分の生活になっているから、自由な時間にわざわざ自分の顔なんて見たくないのよ。自分を写真に収めていくことでキャリアを築いたからという理由で、私は自分に自信を持ってるんだろうと思われがちだけど、まったく逆よ。自分をフォトジェニックだと思ったことなんて1度もないし、レンズを通して自分を見ていると、どんどん「自分は醜い」と思ってしまう。緻密に計算して写真を撮ること、それと自分自身を使ってひとびとを笑わせること、このふたつがあったからこそ私はそんな不安をやり過ごすことができてるの。

子供の頃は、ドレスアップしたり、女の子らしく自分を飾ったりしたのでしょうか?
私は中性的な子供だったと思う。ジーンズにTシャツ、それに兄のお下がりばかり着ていたしね。でも、たまにフラメンコドレスを着て、リビングのドアを閉めて踊ったりしたわ。10歳か11歳になると、メイクやドレスアップに凝り始めた。19歳の頃にはそれがピークに達して、バカみたいに日焼けやエクステにはまったわ。今ではもう落ち着いたけどね。作品の中ではウィッグを使うのが好き。完全に変身できるから――それが、"自分ではない誰か"に変身するための最後のステップなの。ピンクはずっと好きなの。今は前よりももっと好きになってるわ。この歳になってそれを受け入れるというのはとても気分がいい。ピンクが大好きってことで世界が私を「子供らしくてバカバカしい」と言えば、わたしはもっとピンクを使いたくなるわ。

junocalypso.com

Credits


Text Stevie Mackenzie-Smith
Photography Juno Calypso
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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Juno Calypso
british journal of photography 2016