リアルなイーストエンドミュージック

グライム(UKヒップホップの進化系ミュージック)の代表的なラッパー、ケイノ。彼の出身地、ロンドンのイーストエンドをルーツにして生まれた最新アルバムとともに、ケイノは音楽の世界に舞い戻る。

by Hattie Collins
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27 July 2016, 5:35am

「サリー! 尊敬してるよ!」ラングドンアカデミーに通っている少年がケイノに向かって、ちゃかすように声をかけてきた。サリーとは、ケイノがチャンネル4のドラマ『TOP BOY』で演じた役の名前だ。彼は背筋を伸ばし、その少年に向かって鋭い表情をしながら「あんなやつ、気にしちゃダメだ」とつぶやいた。MC(ラッパー)、俳優、プロデューサー、そしてディレクターとして活躍している現在30歳のケイノは、無礼で衝動的な行動をとるような売人の少年とは似ても似つかない。彼はとても礼儀正しく思いやりがあり、多くの人から尊敬されている。しかし、彼がイーストエンド出身ということを忘れてはならない。それは、彼の最新のアルバム『Made In The Manor』でも強調されている。物騒なその地域で、Y-3に身を包み、Yeezyのスニーカー(16万円以上)を履いている彼を見て、その格好で安全なのかと不安に思うだろう。「大丈夫だよ。俺はここでは大丈夫なんだ」とケイノはにやりと笑う。

ケイノ(ケイン・ロビンソン)がこのイーストハム地域のストリートで遊んでいたのは10年以上前の話だが、彼の母親がラングドンアカデミーでネットボールのコーチをしていることもあって、この地域とはまだ強い繋がりがある。真面目な生徒で、ズル休みもせず、問題を起こすこともなかったという。「毎日サッカーの朝練のために早く学校に行っていたよ」と言うケイノは、大学でグラフィックデザインの勉強をしていたという過去もあり、もし今と違う道を歩んでいたならサッカー選手か芸術家になっていたと言う。しかし、彼の想像力を刺激したのは音楽だった。自らの名前をケインからケイノに変えたのは、14歳。彼が初めてMCとして公の場でラップを披露したときだった。「公園でビートボックスをしてる集団がいて、そこでラップしたんだ。みんな、すごいノってくれた。たしか、弟をディスったリリックだったけど」と、彼は笑って話す。

All clothing model's own. 

彼の母親であるメルローズはシングルマザーだったが、息子の夢を精一杯応援してくれた。ターンテーブルやマイク、クリスマスにはCASIOのキーボードを彼にプレゼントした。「このキーボードで2つ目か3つ目に作った曲が『Boys Love Girls』だったんだ」。2002年にリリースされた「Boys Love Girls」は、今やグライムの定番になっている。音が複雑に絡み合いながら流動的に美しく流れ、絶え間なく進化し、ケイノの才能が際立っている作品だ。うっすらとだが、ケイノのことを知っていたMCのディジー・ラスカルがある日、彼をスタジオに連れて行き、「Boys Love Girls」を歌わせた。その後、MCのジャマーのもとにその曲が届き、その夜彼のラジオ番組でDJを務めるマック10(N.A.S.T.Y Crewのメンバー)がその曲を流し、世に広まった。

ケイノは自分の曲を、当時1番人気だったラジオ番組で聴いた時、夢を見ているようだったと語る。評判は瞬く間に広がり、彼はその数週間後、この曲がどれだけ有名になっていたのかを実感することとなる。「グライムのシーンで有名なパレス・パヴィリオンにN.A.S.T.Yと行った時、びっくりしたよ。「Boys Love Girls」が始まると、歓声が鳴り響いて、会場がどよめいたんだ」と彼は話す。その後すぐに、ジャマーと数枚のデモテープを作った。ケイノは「俺たちは、最終的には数千枚ものCDを売ったよ。あんな大金を稼いだのは、初めてだった」と話す。その後、ワーナー・ミュージック傘下の679レコーディングスと契約を交わし、2005年、20歳の時に『Home Sweet Home』でデビュー。このアルバムでは、ダヴィンチ、テラー・デンジャー、ディプロ、ポール・エプワース、マイク・スキナー、フレイザー・T・スミスらとのコラボも果たしている。

All clothing model's own. 

ラッパーの最前線にいるように見える彼だが、意外なことにこれまでチャートで首位を取ったことはなく、マーキュリー賞も逃している。もしかしたらそれは、彼がいつも時代より先を行ってしまっているからかもしれない。しかし彼は、デーモン・アルバーンと仕事をしたり、Mercedes-Benzやadidasの広告キャンペーンに出たり、ドラマに出演したりと、積極的にキャリアを積んできた。噂されている 『TOP BOY』シーズン3の放送については、放送が決定しているのか、また同番組の大ファンを公言しているドレイクが資金提供をするのか尋ねたが、ケイノは答えなかった。「俺はただ演じるだけだ。その辺のことはわからないよ」と言って笑った。

5枚目のアルバム『Made In The Manor』では、彼が育ったイーストエンドの様子が歌われている。今回は、ディー・ダブル、 ワイリーやアルバーン、ジェー・エム・イーらとコラボをし、面白くて温かく、エネルギッシュな曲目を揃えた。「今までで最もパーソナルなアルバムなんだ。自伝的な内容だよ」と彼は言う。このアルバムはノスタルジックな側面もあるが、社会的な主張も込められている。ケイノは楽曲を通して、昔からある地域特有の人種差別や、今でも続く社会問題など、移ろいゆくイーストエンドの様子を映し出している。また、デビューアルバム『Home Sweet Home』のジャケット写真の撮影中に起きた銃乱射事件のことや、「strangers」では、元親友であったMCデーモン(リーサル・ビズルで有名)とのケンカを書いたリリックもある。彼は、ストリートをつねに観察している。様々な人種からなる労働階級の子供たちを見て、曲作りに反映させている。「特に俺が育った地域は、本当にたくさんのことが変わった。次の世代はもう頭角を現し始めているよ。彼らに与えられる影響が、俺たちがやってきたことの軌跡さ。俺たちが犯した過ちや功績を通じて、もっとクリエイティブに生きてもらえたらいいね。彼らを勇気づけたいんだ。それがずっと続いていって欲しいね」

Credits


Text Hattie Collins
Photography Olivia Rose 
Photography assistance Tessa Griffith
Translation Aya Tsuchii