ユーザー必読 人気の老人フィルター〈FaceApp〉は安全なのか?

楽しさのためにプライバシーを犠牲にしている? 世界中で爆発的な人気を誇るFaceApp(フェイスアップ)が、恐るべき未来をもたらす可能性が。メディア・コミュニケーション学の専門家に話をきいた。

by Douglas Greenwood; translated by Ai Nakayama
|
02 August 2019, 7:14am

日曜の夜、私はベッドに横たわり、自分の写真を眺める。80歳の姿となった自分の顔は、よぼよぼのシワシワ。老人フィルターをオフにしたら今の自分に。若くなって安心した。

私たちは今や20代のうちから、老化という自然の摂理に抗うように説得される。「ちゃんとしたスキンケアを早めに始めておかないと、将来後悔するよ」と。私たちは洗面所の鏡の前で、自分の顔に現れた老化のサインを見つめている親や祖父母の姿を目にしてきた。目尻のしわ、すぼまった唇、そしてシミ。彼らは、ヒアルロン酸、シートマスク、レチノイドの流行を経験してこなかったし、バカンスではスペインのリゾート地で太陽をたっぷり浴び、それがもたらす将来の影響については考えもしなかった世代だ。

その点、ミレニアルズやZ世代は、将来のセルフケアに関して、前の世代の過ちから得た知識を享受できるはずだ(だといいが)。同時に、効果があるという確証はなくても、美容グッズを使うことで、私たちは自然の摂理を受け入れられるということも学んできた。今や、老化しシワシワになった自分の顔をみたときに強く感じるのは、老化の避けがたさより新奇さだ。

だからこそ、私たちは〈FaceApp〉の老化フィルターにどハマりしているのだろう。「AIを採用した最先端の写真編集」アプリ、FaceAppが7月中旬に「未来の自分に会おう」というディストピア的な宣伝文句とともに、公開したこのフィルターはインターネットを席巻。ユーザーのセルフィーを読み取り、ゾッとするほどに正確なディテールで、たるんだ頰、薄い唇、くっきりと刻み込まれた眉間のシワを再現する。このアプリは人気が爆発し、英国のApp Storeで一躍トップに躍り出た。Lil Nas XからJONAS BROTHERSまで、セレブというセレブが老化写真を公開した。セレブだけじゃない。ずっと会っていないかつての学友も、あるいは父親もが老化フィルターを試しているのではないだろうか。〈経験していない人生の証〉が目の前にあるのだ。面白いに決まっている。

そう、面白いのだ。自分なのに自分とかけ離れた自分を目にすることには、ワクワクする何かがある。会ったことがないのに知っている気がするひとと、街ですれ違うような面白さだ。しかし、私たちはどうやってこれを面白がれるようになったのだろう? いつの間に私たちは、老けた自分の写真を公開できるようになったのだろう? たった2〜3年前、私たちの世代の自尊心は、Facetuneで病的なまでにアラを隠してほっそりさせてから、Instagramに最高に盛れたセルフィーを公開することで保たれていたはずだ。

私たちは、いつだって(そうでないときも)魅力的にみられたいわけではないのだろうか。実のところ、Facetuneはすでにピークを過ぎ、徐々に人気が落ちている。統計によると、本アプリのダウンロード数は今年4月から低下し続けており、今や写真加工が自意識に与える悪影響は、医学的な研究対象となっている。

お気に入りのSnapchatフィルターをかけたときの自分の姿に近づけるために整形を選ぶひとびとの行動は〈スナップチャット醜形恐怖症〉と呼ばれているが、これまで魅力的とされてきた、瑕疵のない完璧な容姿をInstagramで公開することは、多くのひとにとってもはや価値のないこと。そこでがんばっているのは、モネの絵のようなメイクを発表する美容系インフルエンサーくらいだ。

そうではない私たちは複雑な立場にある。ネット上で、現実世界では決して実現できない完璧なイメージを維持しながら日々を生きるのか? それとも、時にはおぞましい顔をしているときもある、と認め、その事実とともに生きていくすべを学ぶのか。私は、皆が後者のほうに向かっており、Facetuneの一強時代が終わってFaceAppが爆発的な人気を誇る今の状況が、その道筋に向かっていることを示す小さな希望だと信じたい。

しかし他の事象と同様、FaceApp人気にも明暗がある。みんなが老化フィルターを使っているからといって、このような〈AIアプリ〉を使用するさいの注意点を気にしなくていいというわけではない。面白さは関係ない。もしインターネットに渦巻く噂を信じるとすれば、FaceAppを提供するロシアのテック企業が私たちのデータをすべてダウンロードし、私たちが写っている写真に関する権利は、あらゆる個人情報とともにその企業に譲渡されることになっているらしいのだ。私たちはこのアプリをダウンロードすることで、以下の利用規約に同意したことになる。

「ユーザーは、現在既知または今後開発されるあらゆるメディアフォーマットとチャンネル内のユーザーコンテンツに関連して提供されたユーザーコンテンツ、名前、ユーザーネーム、そして自らが写っている画像の使用、複製、修正、適合、掲載公表、翻訳、派生物の作成、配布、公的実行、表示を行う、著作権使用料無料の、恒久的、非排他的、変更不能、譲渡可能、サブライセンス可能な全額支払済の世界規模のライセンスを、一切の報酬なしにFaceAppに付与する」

たとえばFaceAppが1年後に倒産したとして、利益のため倫理に反することも厭わない企業がFaceAppとそのデータを買収したら?

本アプリの利用規約に挟まれたこの大仰なステートメントは、読む者を震え上がらせる。つまり企業は、全ユーザーのセルフィーをデータベース化し、AIの顔認証トレーニングに使用可能ということだ。
FaceAppの最高経営責任者ヤロスラフ・ゴンチャロフ(Yaroslav Goncharov)は、BBCのインタビューでそれを否定しているが、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のメディア・コミュニケーション学助教、シータ・ペーニャ・ガンガーダラン(Seeta Peña Gangadharan)博士によると、FaceApp側が違法行為をしていないからといって、ユーザーデータの使用法について心配しなくていいわけではない、と強調する。

「何らかのアプリや当該企業と関係のある第三者とのユーザーデータの共有に関する同意については、FaceApp以外にも心配すべき企業はあります」と博士は述べる。「FaceAppは、私たちがいかに容易に自分のデータの価値や、データの保護の重要性を軽視してしまうかを示した、最新の悪い例にすぎません」

では、その危機はどれくらい差し迫っているのだろうか?「データの使用法に関する選択の余地がなくなる可能性は、現在も近い将来も、間違いなくあります」と博士は指摘する。「たとえばFaceAppが1年後に倒産したとして、利益のため倫理に反することも厭わない企業がFaceAppとそのデータを買収したら?」
博士はこの状況を、石油流出のような災害にたとえる。「今後、何名のユーザーがその影響を受けるかはわかりません。このタイプのアプリは、いかにユーザーがソフトウェア開発のためのたたき台になりうるかを示す完璧な例です。今回のプロセス、つまり顔を老化させるプロセスが、顔認証技術を磨き上げることに役立つはずです。私たちはFaceAppに協力してるんです。実験台なんです」

テクノロジー時代において、私たちは完璧なモルモットなのだと思わずにはいられない。顔の老化フィルターのような面白い実験は、アプリ開発者により社会的、心理的研究の手段とされている。また、それと同じくらい私たちの心を動揺させるのは、SNSにおいて、どれくらい〈いいね〉と思われているかを証明したいという私たちの欲望が根深いがゆえに、自分に注目を集めるための新しい方法、すなわち老化フィルターを見つけた、という事実だ。

美化フィルターの時代が終わろうとしている今、注目を集めるための新たな手段が老化フィルターなのかもしれない。あるいは老化フィルターも、他の多くの現象と同様、インターネットによって人間がいかにタガを外すかを示すひとつの兆候にすぎないのかもしれない。

Instagramにおける〈いいね〉ボタンの廃止(※現在日本を含む数カ国でテスト中)から学びがあるとすれば、私たちはインターネットにおいて、称賛や注目、憧れを得たいがために、あまりに自分を犠牲にしすぎているということ、そしてその結果を考慮していないということだ。よぼよぼになった自分の姿は面白いが、その裏で何が行われているかは常に意識しておくべきだろう。よぼよぼの顔はタップ1回で元どおりになるが、私たちは〈楽しさ〉の名のもとに自らのプライバシーを犠牲にしている。

This article originally appeared on i-D UK.

Tagged:
photoshop
facetune
faceapp
social media influencers