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Photography Sayo Nagase

東京デザイナーが描く、オリジナリティのありか

i-D Japan

現在という時代の波と対峙しながら、インディペンデントの姿勢を貫き、独自性を追求するファッションデザイナーが東京にいる。彼ら、彼女らの話から浮かび上がってきた〈バーチャルなものとの距離感〉や〈個々人の記憶〉といった視点を手がかりに、東京に芽生えつつある新しいオリジナリティの源流を探る。

Photography Sayo Nagase

国境を超えた日本人デザイナーの源流
類い稀なファッションデザイナーの手によって、ファッションにまつわる“既成観念”は折々に革新されてきた。その歴史に、日本人デザイナーによる足跡は強く刻まれている——相当な駆け足になるが簡単に振り返ってみようと思う。先駆者たる高田賢三は、1970年にいち早くパリで活動を始め、ブティック〈ジャングル・ジャップ〉を開店。浴衣地や羽織の裏地など日本的な木綿素材を使い、世界各地の民族衣装にみられる明るい色彩を使ったコレクションなどでその名を轟かせた。三宅一生は1971年にニューヨーク・コレクションで発表した後、73年にはパリに拠点を移した。テキスタイルやその加工方法などへの飽くなき探究心に加え、和服に代表される「一枚の布」による表現で国際的な評価を得た。彼らは言わば、ファッションにおける東洋と西洋の出会いの場を切り開いたのだ。

そして西洋の服飾史の中で最も重要な革命のひとつ——1980年代、今なおパリ・フ ァッションウィークの第一線に立ち、世界中のクリエイターに刺激を与え続けているCOMME des GARÇONS川久保玲Y s’山本耀司がパリ・プレタポルテ・コレクションに参加。無彩色、穴の空いた服、切りっ放しにされた裾……。オートクチュールを頂点とする西洋の伝統からすれば未完成な服とされかねない、しかし誰も見たことのない “エレガンス”に対峙した西洋ファッション界の反応は賛否両論。エスタブリッシュメントされた美学や“正当”とされてきた服作りにまつわるあらゆる手法に、大きな揺さぶりをかけるものだった。しかしパリは旧体制を更新する存在を待望していたのかもしれない。間もなく世界は、両者のクリエーションの正体を咀嚼し、最上級の喝采を贈ることになる。

独特な色彩感覚、テキスタイルの重視、身体と衣服の関係性、平面的な衣服、特異な造形と非凡なカッティング……当時の西洋的伝統に決して迎合しない、一種のイデオロギーに対する対抗軸として位置付けられ、見出された“衝撃的な新しさ”。そこにはいつも、無二の「オリジナリティ」が内包されていたに違いない。以後、1990年代のマルタン・マルジェラらの登場も含めた服飾史におけるこうした革命がもたらした道導をたどるかのように、現在に至るまでのあいだに数多の日本人デザイナーが国境を超え活躍してきた。歴史は現在を編み、とうぜん未来へ受け継がれていく。

時代の移ろいと東京のデザイナー
とくに1990年代頃から始まったグローバリゼーションや高度情報化社会のうねりは、個人というレベルにおいて、情報処理の効率化や様々なボーダレス化をもたらした。ネットさえつながれば多種多様で膨大な情報と知識にすぐにアクセスできるフラットな世界が広がっている。そうしたなかでも、イメージと言葉が無限に飛び交うSNSの存在はどんな個人でも自己表現することができるコミュニケーションツールとして、ファッションと強く結びつきながら深く浸透している。それぞれのビジネスマインドに基づいた比重の大小はあれ、ブランドにとっては世界観をファン、ないしは不特定な他者と共有する“ツール”としてなくてはならないもののひとつになっている。世界的なビッグメゾンにも、インディペンデントなブランドにとっても等しく、だ。

例えばInstagramについて、何人かの若手デザイナーから話を聞いたことがある。聞けば、ルック撮影のためのプロではないモデルを探したり、面識のないカメラマンやスタイリスト、アーティストなどにも臆せずDMを送ったりすることも日常茶飯事で人脈の広がりには実りがあるという。ブランドのファンからメッセージを受け取って励みになることもあるそうだ。その一方で、2018年春夏コレクションのショーを沖縄で発表したKOTONAの山下琴菜は、こう語っている。「もちろんPRの装置としては有効だと思います。でも、ネットやSNSを介さず、コレクションを、服を直に見てもらうことの意義と機会を改めて見出していきたいのです」。画像=データだけの二次元的な世界とはある一定の距離を取ろうとする姿は、バーチャルでなく、リアルな世界に重きをおく彼女らしい。

doubletの井野将之もまた、自身のブランドについてこのように述べている。「そこまでトレンドが大事であるとは考えていません。ただ、無知であることは良くない、危険だなと思っています。その上で、知っているからこそ、それをユーモアに遊ぶことができたり、適切な距離感を保てたりするのではないかと感じます」。二人の言葉の折々に、時流をとらえた新たなオリジナリティを紐解いていく手がかりがあるように思う。溢れる情報に対峙する姿勢、加速するスピード感や広がるフラットな世界。東京を発表の拠点とする新鋭の日本人デザイナーにとって「ユーモア」や「適切な距離感」「リアル」とは何だろう? どのような服作りをし、どんなアティチュードを築こうとしているのだろうか? デザイナーの声に耳を傾けてみたい。

日本のローカルなところから
プレタポルタの黎明期である60年代から数えれば半世紀以上が経つ。どんなジャンルでも言われることだろうが、いわゆる「すべてやり尽くされてしまった」という語りに依れば、ファッションデザインにおいても“大きな既成観念を覆しかねない新しさ”という意味でのオリジナリティはたしかに生まれ難くはなった。しかし、そのオリジナリティが偉大なデザイナーが成し遂げた“グローバル”な規模をもつものだと捉えたとき、より小さな、例えば、身近にある“ローカル”なものに寄り添う価値観に、また違う種類のオリジナリティが宿っているように思える。細部まで認識しきれない大きさではなく、自分次第で深く掘り下げられる大きさ。ローカルは、バーチャルではなく、どこまでもリアルなものだ。

デザイナー名は非公開。2017年10月、オーセンティックなストリートウェアが国内外から熱い支持を集めながらも、謎のベールに包まれているブランドBlackEyePatchが、渋谷・観世能楽堂跡地を会場に初めてのショーを開いた。旧車會「GIMATAI」の面々やスケーター、ラッパー、俳優と、どこかでブランドと共鳴する多彩なモデルが登場したエキセントリックなショーのバックステージで、デザイナーに「東京に強いこだわりはあるのか?」と尋ねてみた。「こだわりはないです。東京にしか住んだことがないので、この地で見聞きして、自分で感じたものがデザインに反映されていると思います」。淡々とした語りでこう続けた。「日々の生活のなかで面白いと思ったものを自分たちのフィルターを通して表現しているだけです」

BlackEyePatchが放つ魅力の根幹には、服のどこかしこから滲み出る“リアルな東京”が潜んでいる。たとえ東京出身でなくとも同じような心象風景を持ち、共感性を見出す人にとってそれは、このうえないリアルクローズとなるのだ。

個人の記憶やエモーションから
自分自身の“記憶”を部分的なデザインの手がかりにしたり、ブランドやシーズンコンセプトのベースにしたりするデザイナーもいる。例えば、「父が着ていた背広にこっそり袖を通してみた幼い頃の記憶」から小さな身体と大きな服のあいだに生まれる量感を追想したことが、オーバーサイズジャケットをデザインしたきっかけだとWEWILLの福薗英貴が語っていたように。

山下琴菜に聞くと、話は20年以上前までさかのぼった。コレクションにツイード素材がよく使われるのは「授業参観日に母が着ていていた真っ赤なツイードのセットアップ。当時は他の保護者とは違うという理由で嫌だったけれど、大人になって改めて美しさを見出して」からだという。YOHEI OHNOの大野陽平が、2018年春夏コレクション全体のテーマに掲げたのは「少年の頃に抱いた、手を動かしてものを作るときの高揚感」だった。バウハウス調のグラフィックには「作る・喜び」や「PLAY」の文字。ホオズキのようなバッグの素材に使われた人工芝やプラスチック製の留め具をスカートの装飾に施すといったディテールにも、そのイノセントな記憶の痕跡が現れていた。もちろんどちらもホームセンターで買えるものだ。「明るいのか暗いのかわからない青春の空気と、そこにいる彼らの装い」をブランドコンセプトにするKEISUKEYOSHIDA吉田圭佑も、広い意味で思春期の自己を投影しているのだろう。

それが何年前の出来事かは問題ではない。記憶と、そこに紐づくエモーションとは、それ自体が本質的に“個人”にしか所有することができない、まさにオリジナルな物語なのだ。

「トレンドを知っているからこそ、それをユーモアに遊ぶことができたり、適切な距離感を保てたりするのではないかと感じます」-MASAYUKI INO-

ルールの解体とユーモア
「スタイリングで映える服」をコンセプトのひとつに掲げる、2017年にデビューしたkudos。「スタイリングの力は子どもの頃から信じていたこと。それが確信に変わったのはJW Andersonのアトリエで、スタイリストのベンジャミン・ブルーノの手によって服に命が宿る瞬間をみたときでした」。デザイナーの工藤司は、首席で入学したアントワープ王立美術アカデミーを中退後、パターンナーとメカニシャン(メゾンの裁断と縫製担当者)を養成するスクールで服づくりの基礎を学び、JACQUEMUSとJW Andersonでデザインアシスタント、Y/Projectではパターンアシスタントを務めた経歴の持ち主だ。「伝統的なテーラードやメンズウェアの型やルールを少しずつ壊すことで生まれる新しい服装のコードを創り出したい」。帰国して間もない彼が語ったことは、1着が作り出される過程や構造を知っているからこそ、ユーモアを持ってアンフォーマルに解体し、再構築することができるということだ。

そのプロセスに彼はごくエモーショナルな想いを忍び込ませる。自身が制作中に陥った “傷ついた心理的状況”と、キャンパスが切り裂かれたようにも見えるルーチョ・フォンタナの代表作である「空間概念」をオーバーラップさせた2018年春夏。「傷ついた現代の人にどう寄り添えるか」。大きなスリットが入ったカットソーはあくまで鮮やかな色に、あえて分断されたジャケットの身頃は、無数の白いボタンで留めはずし(治癒)ができる——あるいは、レインボーフラッグの色数でもある6色で描かれたLOVE Tシャツ(気を抜くとオリンピックのロゴに見えてくる)にひとつまみの皮肉を感じる。それは、あくまで彼の内面から発露する、他者に心を寄せる優しい“ユーモア”の表現と受け取るべきだろう。

一部を除くルックやキャンペーンのスタイリング、キャスティング、撮影のすべてを自身で手がけているのは、ファッションデザイナーのなかでも稀有な存在だ。2017年末、代官山の蔦屋書店で写真展を開いた彼が言う。「写真でしかできない表現もあると確信しています。ブランドを一番理解しているデザイナーが、あえて立場を変えて自分の服をスタイリングして撮るというところにも可能性があると思っています」。他ブランドの撮影にもスタイリストやフォトグラファーとして参加する彼は“、新しい”デザイナーのあり方を模索するひとりなのだ。

オリジナリティに潜む、常識への静かな問いかけ
予算の問題に限らず、あえて展示会での発表を続けるブランドも多いが、ショーという舞台を構成するすべての要素にオリジナリティが込められたプレゼンテーションには、観る者をはっとさせる力がある。そのひとつが、2018年春夏コレクション「THE ANTAGONISTS(敵対者たち)」をテーマにショー形式で発表したAVALONEだ。歌代ニーナをデザイナーに迎えて始動したウィメンズラインについてデザイナーの三浦進が語ったことには、もはや二元論では語ることができないジェンダーに関する現代的な問いかけが含まれている。

「AVALONEの定義には宇宙の影響が大きいです。宇宙主義である僕たちの哲学には、男性を含めたすべての人間が〈女性化〉していくのではないかという未来予想があります」。もちろん未成熟な科学を根拠にしたSF(Science Fiction)的なシナリオではない。「かつて〈女性的〉とされていた感受性の豊かさや包容力、家庭的であるというような特徴をもった男性も増えてきていますよね。この延長で世界が序々に進化し、中性的になっていくと思うんです」。明らかな性差があったメンズとウィメンズの服の要素がショーのフィナーレに向かうにつれて徐々に交差していく見事な演出に、その“未来予想”は緻密に織り込まれていた“。日本人”デザイナーから呈示される「こうなっていくのかもしれない」「こうもありえるのではないか」というスペキュラティブな物語は、その問いに対しての無知を教えたり、未来の世界を考えさせたり、個々人に内在している“既成観念”を大きく揺さぶるのだ。

キャリアをスタートして間もない日本人デザイナーが創り出した服に触れて、ぐっと心惹かれるときがある。その求心力の中核には、彼ら彼女ら固有の“ユーモア”がある。小規模ながらも、いや、だからこそ軽やかに、現代的な時流のうねりに的確な距離感をもって向き合い、ときにアンチのアティチュードを貫きながらオリジナリティを打ち出さんとするデザイナーたちが、東京にいる。

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Credit


Text Tatsuya Yamaguchi
Top Photography Sayo Nagase