『Familie Werden (家族になる)』:アーティスト・山田梨詠インタビュー

「私も近々家族写真を撮りに行く予定です」ドイツの写真新人賞受賞アーティスト・山田梨詠。受賞作の制作秘話、家族のこと、マイブームについて語る。

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jan 29 2018, 10:11am

最後に家族写真を撮ったのはいつだろう?ドイツの写真における卒業制作作品コンペティション『gute aussichten (グーテ・アウスジヒテン)』を受賞した、ベルリン・ヴァイセンゼー美術大学在籍アーティスト・山田梨詠によるセルフポートレイト作品『Familie Werden (家族になる)』は、私たちをそんな気持ちにさせる。同じ顔が並ぶ10組の家族写真は単なるパロディ写真ではなく、これからの家族と家族写真のあり方について迫った、極めてメッセージ性の強い作品だ。今年はドイツをはじめ、キプロス、ベトナム、メキシコにて巡回展が随時開催予定と、その勢いは止まらない。そんな彼女に、家族写真と制作秘話、マイブームについて訊いた。

ー 受賞作『Familie Werden』について教えてください。
家族写真は私たちにとって一番身近で、かけがえのない写真のジャンルです。そして、アルバムには家族という集団の印と生きた証がある。だからこそ見る人の経験や記憶と重なり合い、他人のアルバムにも懐かしさや共感を抱きますよね。でも現実は時間の経過とともに、箱の中でひっそりと眠っていたり、こうやって手放され私の手元に来たりしてています。私はそんな家族写真を読み解き、それぞれの家族とその背景を理解、体験する手段としてセルフポートレイトを選びました。女である私が10組の家族を演じることは、様々な形の家族になれるというメッセージが込められています。制作を始めるまで、私も家族を築かなければならないのではという葛藤やプレッシャーがありました。この作品は、選択できる時代だからこそ生まれた作品です。

ー 「家族写真」を題材に選んだきっかけとは?
そもそもドイツの蚤の市で、他人のアルバムが丸ごと売られていることに衝撃を受けたんです。東日本大震災後に家族写真を洗浄復元し、持ち主に返す活動を知ったこともきっかけでした。写真が大衆化、デジタル化した今だからこそ、私たちは写真や家族写真のあり方について考えるときなのではないでしょうか。社会が変化している今だからこそ、家族のかたちについても考えるべきです。

ー 題材となる日本とドイツ10組の家族写真ですが、ドイツは蚤の市、日本はネットオークションで収集されたそうですね。無数に存在する家族の中から10組選んだ、その決め手は何だったのでしょうか?
手放された家族写真だということ、自分がその家族と背景を知らないこと、写真が各家族最低50枚揃っていることが条件でした。50枚はないと、その家族のことを理解したり背景を推測することができないので。アルバム数冊、ダンボール1箱といった単位で買っています。ドイツで購入した段ボールには写真300枚に加えて、DDR(旧東ドイツ)の免許証やFDGB(旧東独労働組合)の会員手帳まで入ってました(笑)。

ー メインのセルフポートレイト写真に加え、参考資料としてオリジナル写真をまとめたアルバムを一緒に展示されていますね。このアルバムに添えられた各家族のストーリーは山田さんが作ったのですか?
ドイツ人家族はドイツ人に、日本人家族は私の家族や知り合いに、その家族を想像しながら書いてもらいました。基本的に彼らが過ごしたであろう時代背景を知っている方にお願いしています。白無垢のお嫁さんは、おそらく彼女と同年代の母がストーリーを書いてくれました。フィクションだけれど、実際にありえる、ありえた物語になっています。

ー 中でも山田さんにとって思い入れの強い作品はどれでしょうか?
強いていうならタバコを吸っているおばさんの写真ですね。時代背景など知識や発見が多く、小道具の準備にも一番時間がかかったので。例えば、彼女が着ているピンクのエプロンは当時のDDR主婦のトレンドだったんです。特に衝撃を受けたのは、女性のヌード写真が載っている新聞ですね。実はこれベルリンの壁崩壊後1991から1992年の1年間だけ、主に東ベルリンで発行されていたものです。この新聞のおかげで東ベルリンと断定できました。

ー 他にも面白い発見やエピソードがたくさんありそうですね。
砂浜の家族写真は、東ドイツ出身の家族が1961年にブルガリア旅行へ行ったときのものだと思います。というのも、購入した箱の中にチケットやスーツケース用ネームタグが一緒に入っていたんです。おそらく家族9人で旅行、飛行機代の合計は約8000東ドイツマルク。当時の平均年収が8000~9000東ドイツマルクと言われていました。つまり、お父さんが1年働いたお給料まるまる飛行機代に費やさないと旅行に行けない時代だったんです。自由が少ないそんな時代だからこそ、家族と一緒に過ごす特別な旅行を計画したのかもしれないですね。ちなみにそんな思い出深い家族のオマージュを、私は沖縄・竹富島で撮影しました。この撮影は母にアシスタントをお願いし、家族旅行も兼ねて10年ぶりの2人旅。家族旅行という名の撮影旅行でした。

ー 日本での撮影は家族や親戚の方々に手伝ってもらったとか。
両親はもちろん、親戚一同手伝ってくれました。父の姉の旦那さんのいとこみたいな人まで(笑)。10組の家族を知り、演じることで、自分の家族と向き合うきっかけが生まれ、新たに私の家族の歴史を知ることにもつながりました。

ー 山田さんが新たに発見した家族の歴史とは?
例えば、おじいちゃんが末っ子で養子としてもらわれていたとか。うっすら知っていたけど、改めて聞くと当時の家族にはよくある話で、日本の家族のあり方も知れましたね。たくさんの親族の名前が出てきて、私の頭の中の家系図の範囲が広がりました。

ー リサーチや小道具の準備から、撮影、モデルまで全プロセスを自分の手で行うことを大事にされていますよね。
リサーチで得た知識、感覚、そこにかける思いなど、自分がインプットしたものを100%アウトプットしたくて。そうなると自分をモデルに使うことが一番忠実に表現できる、最善の方法なんです。今回は特に見知らぬ人の写真を扱っているので、誠意を込めて最初から最後まで手をかけたい思いもありましたね。すべて自分でやったからこそ、その家族をより理解し、愛着も湧きました。

ー 今回の受賞後にベルリンのフェミニズム系雑誌「Missy Magazine」からもインタビュー取材を受けたそうですね。
インタビューを通して発見が多く、言葉にしてくれてありがとう!と思いましたね。写真の世界は男社会っていうイメージがいまだに強いと思うんですよ。昔だとカメラを所有して扱うのは父親や男性だったため、被写体は圧倒的に女性が多かったんです。確かに今回の作品も女性の写真が多いですね。今は誰でも撮れますし、家族も社会も徐々に変化しています。あと大学で写真を学ぶ女性は多いのに、実際仕事となると男性フォトグラファーが大半です。渡独前、東京の写真スタジオで働いていたときも8割男性でした。

ー 今回の展示で使用したアルバムもご自身で製本されるほど、製本がマイブームだとか。
製本はブームですね。あと何かを収集することも好きです。例えばこけしだったり、民芸品とか。製本も収集と作業が似てるんですよ。例えば民芸品は、綺麗に掃除して配置を考える。製本も、まず写真を編集・レイアウトする。この作業の後、製本は自分の手でひとつひとつ紡いで綴じる、これがまさにシメの作業なんです! 1冊の中に収集する感じですね。

ー 今後も家族について制作される予定ですか?
「Familie Werden」はシリーズで、これから2部3部、現在未来へと続いていきます。写真だけでなく、映像も使うことになるかと。もしかしたらパフォーマンスになるかもしれません。どの方法であれ、自分を使って制作するスタンスは変わらないと思います。自分が一番自由の効くモデルですからね。

Rie Yamada Official Website