Quantcast

五感の定義に縛られないアーティスト:ジョン・アスラニディス

ByNina Utashirophotos byJus Vun

音は耳から聴くだけのものではない。「当たり前」に捉われてはならないことを改めて教えてくれるアーティスト、ジョン・アスラニディスに話を訊いた。

2017年9月にオープンしたLONGCHAMP国内初の旗艦店。この記念すべきストアの階段の白壁一面を大胆に覆っているのは、オーストラリア出身のアーティスト、ジョン・アスラニディスによる幾何学的で催眠的かつポップなアートワークだ。至近距離で見てみると、ミリ単位の細部まで考え抜かれたであろう繊細さをひしひしと感じる一方で、数メートル下がると心を落ち着かせてくれる不思議なエネルギーを放っていた。その吸い込まれそうな壁を背景に、来日中の彼に話を訊いた。

——アートに興味を持ったのはいつ頃からですか?また、そのきっかけを教えてください。
6歳の時にレゴに出会ったのがきっかけです。色とりどりのブロックを使って、新しいかたちを構築するのにそれはもう夢中でした。のちに筆を握りはじめたり楽器に手をだすようになったのですが、立体物への興味から派生したことです。

——レゴで遊んでいた頃はどんな子どもでしたか?
すごく内気な子どもでした。オーストラリアを転々と引越していたので、そのせいもあるかもしれません。母が手芸や工芸好きで、父が作家で感性豊かな家族だと思います。そのわりに父は僕にアーティストになってほしくはなかったみたいだけど(笑)。「アートを仕事にしてしまったら貧乏になるからやめろ」と言われてたのですが、僕の心は聞き入れることができませんでしたね。

——成功して父も安心ですね(笑)
そうですね!(笑)父もこれで何も言えないみたいで。喜んでくれています。

——アート以外に興味のあったことはありますか?
スポーツ全般好きでした。特にラグビーは長くやっていたので、今でも観戦は大好きです。全然アーティストっぽくないでしょう(笑)?それから音楽。聴くのも奏でるのも好きでした。ギターは幼い頃から弾いていましたね。

——当時はどんな音楽を聴いていましたか?
SLADE、THE SWEETはいつも聴いていました。今でも変わらず僕のなかでの不動の地位に君臨しています。40年たった今でも、新鋭だと思いますね。グラムロックやプログレッシブロックがなかったら、今の自分はいませんでした。あとは、ジャズやクラシックも好きでした。

——最近はどんな音楽を聴きますか?
本当に最近の話ですが、スペースディスコにハマっています。スペースディスコ・ナイトとかやっているハコ知ってたりします? そういうイベントがあったら是非ともクラブに行きたいと日々思っているんですが、全然聞かなくて……。

——そういえばスペースディスコって過小評価されがちですよね。東京でもなかなか聞きません。
普通のディスコよりもサイケデリックでいい音なんですよ。SYLVIA LOVEなんて最高です。今の若い子たちに是非聴いてほしいですね。

——あなたのアートからもサイケデリックなニュアンスを感じますが、音楽からの影響なのでしょうか?
そうです。かなり影響されてますね。10代前半に全身総柄入りのモンスターたちを落書きし始めたのが絵を描くことの入り口だったのですが、アイツらの柄が自然とサイケデリックになってしまって……。どこか爬虫類のような変な柄をしたモンスターたちでした。自分の作品を振り返ると、そこからずっと進化や変化は遂げていますが、サイケデリックな要素はもうDNAになっているのでブレないですね。

——では、音楽以外で今もブレずにDNA化しているインスピレーション源はありますか?
B級ヴァンパイア映画やホラー漫画、それから日本のSFアニメが全般的に好きでした。ちょっとダークなものに引っ張られる傾向があったみたい。だからモンスターばっかり描いてたのだと思います。

——今ではモンスターを描いたりはしていないのですか?
もう長らくアイツらを見てないです……。そもそも以前に比べて、全然絵を描かなくなりましたね。

——それはなぜですか?
今はペンを使って絵を描こうという発想がなくて、だったら音楽をつくろうと思ってしまいます。そもそも僕にとって「描く」というのは音波を視覚的に表現するような行為で、ペンを握って紙に描いていた時代も自分のなかでは音を描いていたつもりでした。結局、音や立体、空間が好きなので2Dである紙とペンというものにはあまり惹かれなくなってしまったんです。LONGCHAMPの壁の製作も壁に絵を描いたわけではなく、空間をつくり壁に音楽を貼るという作業でした。

——確かにこの作品も含め、あなたのアートは音を表現しているように見えます。空間のなかにある音からさまざまな雑音をえぐって新しい「音楽」を形成し、それを視覚化されたフォーマットに落とし込んでいるというような気がしました。
はい。僕の作品は視覚を刺激する目に見えるものですが、音楽のつもりなんです。音にインスパイアを受けて音をつくるのではなく、また音楽に関連するヴィジュアル(例えばライブの光景やミュージシャンのルックス)にインスパイアされた彫刻や絵をつくるのでもない。純粋な「聴覚」を「視覚」へ僕なりに変換しているのです。

——言い換えれば作曲家ですね。発信する道具が従来の楽器という道具とは異なるだけで。
そうかもしれません。

——ちなみに高校を卒業してからCity Art Instituteに入る26歳まではどのような活動をしていましたか? 現在の、いわば応用された変化球型である音楽の描写にたどり着く前に、正統派といいますか、往来の音楽活動はされましたか?
音楽も変わらず関与していました。音楽理論やシンセサイザーに手を出し始めて、バンドもやってみたり。とにかく色んな方向から音に触れたかったのです。それと同時に、園芸の勉強を始めると、のちにプロジェクトを頼まれるようになり、バイトのつもりだったのが仕事になっていきました。園芸もレゴと原理は一緒ですから、やはり自分は空間や彫刻することが好き何だと気づいた時期ですね。そんな時に両親とギリシャへ旅行に行ったのですが、僕はノリでそのまま2年間ヨーロッパを浮浪したんです。至るところで造園師として単発の仕事をしてはまた違う街に移動して、さまざまな土地や音楽を見て、自分を初めて見つめることができた大切な2年間になりましたね。それで心が定まり、オーストラリアに戻ってアートスクールで本格的にアートをやろうと思って入ったという流れです。

——ヨーロッパの影響は大きかったのですね。オーストラリアとの大きな違いは何かありましたか?
オーストラリアは島国なので、やはり隔離されていること、そしてなにもかもが均質化されていることに気づけました。「融合」とは人種や音楽などあらゆるものにおいて、交じり合って新しいものができることに改めて気づいたんです。

——新しいものをつくるということは「オリジナル」なものをつくるということですよね。アーティストとして、「オリジナルである」ということは重要でありとても難しいことだと思います。i-Dの信念も「Originate, don't Imitate.」なのですが、あなたにとっての「オリジナリティ」はどういった意味を持ちますか?
本当の「オリジナル」というものは自分にどこまで正直でいられるかだと思います。全員唯一無二なのですから。「オリジナル」になろうとすること自体、つまり人と違う人でありたいという考え自体がオリジナリティを消すものだと思います。自分に素直に、自分だけを見つめて、自分と勝負をすることはすごく難しいことですが、それが本物の「オリジナリティ」だと思います。

——今の若いアーティストたちへ伝えたいことはありますか?また、アーティストになるためのアドバイスをお願いします。
自分の背丈にあった目先にゴールを定めてそこに向かうことですね。それをクリアしたらまた小さなゴールを定めて進む。それを繰り返すことです。「成功」という漠然とした巨大な目標に向かって進むのは難しい。「成功」とは1本道の先にあるゴール地点ではなくて、道草して、立ち止まって、方向転換して、後退したりしながら進んで、ある日ふと振り返って自分の旅路を見返したときに「この道でよかった」と思いながらまた進もうと思えることなのではないでしょうか。