モノクロ写真に曖昧性を写し出すフォトグラファー、池谷陸 interview

ソーシャルメディアで自分を晒すことに慣れてしまった現代人。私たちに等身大であること、曖昧であることの重要性を教えてくれるモノクロ写真を撮るフォトグラファー、池谷陸へのインタビュー。

by Kazuki Chito
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09 November 2021, 3:00am

私たちは生活を公に晒すことに慣れすぎてしまったのかもしれない。スマートフォンで写真や動画を即席に撮影し、自分の一日を他人に知ってもらうことである種の承認欲求や満足感を獲得し、自身が孤独でないことを確認する。しかし、そんな日々に私たちは疲れてしまうことがある。なぜなら、ソーシャルメディアにポストしている自分の姿は本当の自分から乖離していたり、相手に見られることや、相手のことを分かりすぎてしまうことに心身の体力が奪われるからだ。今ではソーシャルメディア・デトックス(ソーシャルメディアの利用を一時期中断すること)などというような言葉が使われる程にまで現代人は疲れている。だからこそ、今の「見られすぎる時代」、「分かりすぎる時代」に等身大の自分を素直に表現することや、表現の中に存在する曖昧さを守ることの重要性が伝わるような写真が大切にされるべきだと思う。

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Riku Ikeya

気鋭の日本人フォトグラファー、池谷陸はモノクロフィルムに自分らしさ刻むと同時に、パーソナルな部分をベールで隠す「曖昧」な写真を私たちに共有してくれる。

「写真に映る自分の心情を隠すと同時に、解釈の余地を残しておきたいんですよね。写真ってやっぱりパーソナルな部分がモロ出る可能性があるからこそ、隠しておきたい。自分で展示会とか開いているくせに矛盾しているな、とは思いますけどね。本当は展示で作品毎にキャプションとかも書きたくなくて。一番嫌な状態っていうのは写真一つに対してポエムが一つある状態で、ポエムの良さは情景が画像や映像として見えないことにあるのかなと思っています。じゃあ、写真の良いところを生かすためには、心情を隠す必要があるのかもしれないと個人的には考えています。」

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このようなパーソナルな部分を隠した曖昧な写真を撮影する池谷陸が現在開催する個展「A walk of a Seeker」は見事に鑑賞者を「一体これは何を伝えているのか」という疑問へと導き、最終的な答えが用意されていない作品たちが来場者を虜にする。同個展は友達の一人が書き下ろしたショートショート(記事底辺部分に記載)から着想を得た展示だと池谷陸は説明する。

「今までの展示で行ってきたアプローチとは違う方法でチャレンジしてみたいと思っていました。自分が持ち得ない発想や思考方法、自分の中からは生まれてこないであろうストーリーを基礎に写真やレイアウトを作り込みたいなと。友達に文を書くやつがいて、試しに一回書いてもらったら良いのができたのでそれをコンセプトに展示を作りました。」

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同展示では池谷陸の目を通して静観された何枚かの風景写真と、人の背面が映った1枚のポートレートによって構成されている。彼は今までコントラストが非常に高いモノクロ写真を撮り続けてきたが、最近では白と黒の間に存在する細やかなグレートーンを大事にしたいと話す。

「好みの変化かもしれないし、ちょっと大人になったのかもしれません(笑)。ずっとモノクロのコントラストがハッキリしたものを撮影してきたのですが、グレートーンにも惹かれようになって。僕的にはモノクロのコントラストがはっきりしてる写真って東京って感じがするんです。でも、自分は東京と密接な関係をもているわけではありません。聞いている音楽も東京の音楽ではないです。コペンハーゲンとか北欧系のインディー音楽ばかり聴いてます。人の背面が写っている写真はアントワープで撮影したもので、そこで撮った写真はグレートーンが細やかに表現されています。その写真を撮った瞬間のテンションとかマインドが一番自分にフィットしてると思います。」

全てを分かられたくない、見られたくないという強い思いがモノクロ写真となって表れる池谷陸の写真は非常にパーソナルでありながら、彼自身のパーソナルさについて鑑賞者は知る余地もない。しかし、現代の分かりすぎる時代、検索すれば何でもわかってしまう時代だからこそ、その隠されたスペースが必要なのだと思う。彼の第三弾となる展示、「A walk of a Seeker」は写真を通して彼から乖離したものではなく、彼の等身大、最もパーソナルな部分の心を映し出すのだ。以下は池谷陸の個展、「A walk of a Seeker」のコンセプトとなったショートショートである。是非、以下の文を読んで彼の個展へと訪れてみてほしい。

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“A walk of a Seeker”

果たしてどのくらい歩いたのだろう。彼にはまだ歩き始めたばかりのようにもずいぶん遠くまで来たようにも思えた。 

さっき少し降った雨が渇きはじめ、埃とカビと土の混ざったような、とうの昔に離れた旧里のそれと同じ匂いがする。暮れかけた陽が濡れたアスファルトを照らし、立ち込める湿気が彼の疲れた身体を舐めるように湿らす。実に不快だが、夕暮れの強い光は彼の汗で冷えた身体を少しあたため、照らされた街路樹から滴る水滴がきらきらと美しく光るので彼はそれで満足だった。彼はまだ少し歩き続ける。日が暮れると、寒くなった。彼は冬のあいだの霜焼けのあとがのこっている手を膝の上で擦りあわせた。彼には暖を取り合う恋人も、狂った時計のようにずれ、元々の形を崩していく気候について語らう友人もいなかったが、彼はそれでも自分を不幸とは思わなかった。 彼はまだ少し歩き続ける。永く歩き続ければ誰でも足を止め、振り返って母の待つ暖かい家に帰りたくなる時がある。月が彼をぎらりと睨みつけ、夜空の半分以上を覆う、鋼のように灰色の雲が壁のように立ちはだかり、低気圧が上からぐうっと押し付ける。彼はそれでも歩くのを止めない。彼はどんなに行手を阻まれようと、過ぎ去れば全ては幻想である事を知っているし、何より立ち止まることの方が少し怖いのだ。 

彼はまだ少し歩き続ける。前方に老いて背の曲がった男が、ゆっくりと、ほとんど止まりそうな速さで、街灯が作る光の中を歩いているのが目に止まった。彼は追い越し様にふと声をかけた。

「こんばんは。ずいぶんお疲れのように見えますが、どのくらい歩いてきたんです?」 

「もうずいぶん前に数えるのをやめたからわからないが背中がこんなに曲がるまで歩いたから永いこと歩いたんだろうな」。老夫は振り返らずに答えた。 

「どうしてそんなに歩いたんです?」 

「私はもう直ぐ歩みを止めるだろうが、結局のところわかったのは、私には知る由もないということだった」 

「じゃあどこまで歩けばわかるのでしょう」。老夫はその問いには答えなかったしもう止まっているように見えた。 

彼はまだ少し歩き続ける。


Credits
All images courtesy Riku Ikeya

Information of “A walk of a Seeker”

  • 住所: 千代田区神田錦町3-22 テラススクエア 1F エントランスロビー
  • 開催日時: 2021年8月23日(月)〜2021年11月20日(金) / 8:00~20:00
  • 休館日: 土曜・日曜・祝日 入場無料