LAのスケートシーンに風穴を開けるクィア・スケートコレクティブ〈Boos Cruise〉

「わたしたちはみんなセクシーで、みんなクィア。楽しむために集まってるだけ」

by Liana DeMasi; photos by Williejane Dent; translated by Nozomi Otaki
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10 January 2022, 6:33pm

多くの人びとから楽園と讃えられる街、ロサンゼルス。日に焼けた肌をさらし、どうやら西海岸の飲み水の成分に含まれるらしい、若々しい輝きに満ちたスケーター、ローラースケーター、サーファーがたむろする……。

この描写が間違っているとまではいわないが、これは一時的な幻想に過ぎず、その幻想が消えた瞬間、理想郷のなかの亀裂や排除されている人びとの物語が浮かび上がってくる。スケートシーンに関していえば、このリラックスした空気にはインクルーシビティを欠いたカルチャーが含まれる。だからこそこのスポーツはシスジェンダー・ヘテロセクシュアルの白人男性に結び付けられやすく、それゆえに往々にして彼らの所有物としてみなされる。

 「スケートボードは、アウトサイダー的な側面の強いアクティビティ」とセリース・キャッスルはZoomで説明する。「わたしたちは社会の周縁にいる存在で、必ずしもそのルールに従っているわけじゃない。わたしたちは自分たちなりのヒエラルキーやファッション、カルチャーやそれに伴う全てのものを含めて、自分たちのコミュ二ティにいることに満足してる」

 「でも、興味深いのは、このシーンがいまだにとても閉鎖的だということ。このアウトサイダーのコミュニティに参加するには、シスジェンダーの白人男性というイメージに沿わなければいけない」

 セリースは、ロニ・デイヴィスヤヤ・チャベスが2020年に立ち上げたクィアのスケートコレクティブ〈Boos Cruise〉のメンバーだ。ラスベガス生まれのヤヤは、ニューヨークで数年暮らしたあと、2年前にLAに移住。さまざまな街で生活するなかで、なぜこれほど多くのスケートコレクティブに、同じようなバックグラウンドを持つ人びとや、同一のLGBTQ+スペクトラム(ゲイやレズビアンなど)のメンバーが集まるのか、疑問に思ったという。

 「スケートコミュニティには排他的な一面がある。ゲートキーピングによって、『あんた誰?』と来るひとを拒んでしまう」とヤヤは説明する。「でも、そんなことをする必要はないはず。みんなやりたいことは同じなんだから」

members of queer skate collective boos cruise posing at the park in los angeles
a side profile of yaya chavez and their boos cruise tattoo at the skate park

そんな現状を変えるべく活動するBoos Cruiseは、クィアやBIPOC(Black, Indigenous, and People of Color:黒人、先住民、有色人種)の人びとを中心に構成されている。LAのシーンで独自の市場を切り拓きながら、インクルーシビティ、寛容さ、優しさを基盤とする団体だ。例えば、あるスケートボード初心者が、チェビー・チェイス・スケートパークで週2回開催されるミートアップに参加したとする。最初は遠慮がちだったとしても、参加者たちがお互いに励まし合う姿を見れば、自分も思い切ってボードに乗ってみようという勇気が湧いてくるはずだ。

「もっとそういうひとたちを積極的に受け入れるべきだと思う」とロニはいう。「スケートボードは、時間がかかるもの。初めてや2回目はまだボードに乗れなくても大丈夫。スケボーを学ぶ目標は何であれ、わたしたちはあなたを歓迎するし、あなたがいると気づいたら、戻ってきてくれたことを喜ぶはず」

Boos Cruiseのメンバーに、クィアのスケートコレクティブに参加する意義や、自分にとってのコミュニティ、ヒーローについて話を聞いた。

founder of queer skate collective boos cruise yaya chavez skating in los angeles
yaya chavez sitting on their skateboard at a park in los angeles

ヤヤ・チャベス

──スケートボードを始めた年齢と、きっかけを教えて。

2016年、まだNYに住んでいた頃からずっと続けてる。スケートは移動手段で、お酒をやめたあとの一種の瞑想でもあった。ボードに乗ると、思い悩んでいることから解放されて、別のことに集中できた。特にBoos Cruiseが大きく成長したここ4ヶ月くらいは、もっと上達し、さらに多くのトリックをマスターするために努力してる。それも全部Boosのメンバーのおかげ。エリアンがいなければ、オーリーのやり方すらわからなかった。マットやトリー、セリース、ロニのようなひとたちがいなければ、ドロップインもできなかった。ひとりではできないと思ったときも、みんなが応援してくれた。

──Boos Cruiseを立ち上げようと思ったきっかけは?

もうひとつのスケートコミュニティでは、いろんな意味で安心できなかった。ノンバイナリーとしても、褐色人種としても。ボードを放り投げたり、自分とは違う見た目の人びとになんの敬意も示さない男性たちに囲まれていてはね。これまで見てきたコレクティブは、自分の居場所だとは思えなかった。そこが別の誰かのための居場所になってるなら、別にそれで構わない。でも、自分のような人びとにとって居心地が良いだけじゃなく、安心できる場所をつくりたかった。

──滑っていないときは何をしてる?

ミュージシャンとして活動もしてるけど、コレクティブを始めてからは、音楽に割く時間は減った。もっとBoosの方に力を入れてる。音楽は今でも日常の大部分を占めているけど、このコレクティブが自分の生きがいになった。

──あなたにとってコミュニティとは? クィアであることは、あなたとスケートとの関係にどんな影響を与えた? その関係はBoosによって変わった?

スケートボードはかなり容赦のないスポーツでもある。自分にとってのコミュニティとは、共通のゴールを持つ人びとのなかに身を置くこと。Boos Cruiseの場合は、そのゴールは優しさ。シビアなはずの場所で優しさに触れたら、すごくショックを受けるでしょ。「うわ、優しくしてくれるの? こっちは君たちにとってすごく嫌なヤツかもしれないのに?」って。

子どもの頃は、自分のジェンダーを全然理解してなかった。わたしのジェンダー表現はすごく男性的だった。好きなスポーツとか服装のせいで、トムボーイと呼ばれてた。女の子にはいつもからかわれていたから、自然と男の子たちと一緒にいるようになった。クィアとしてスケートコミュニティで過ごせること自体が、受け入れられているということ。たくさんの素晴らしいひとたちと一緒に居られることも大きい。周りのひとたちに受け入れられる、それ以上のことはないと思う。

──あなたのヒーローは?

友だち。友だちや自分で選んだ家族がいなければ、今の自分はいなかった。誤解しないでほしいけど、もちろん血のつながりのある家族も心から愛してる。でも、自分で選んだ家族は、わたしのすべて。いろんな意味で、この家族は自分の好きなところを象徴してる。昔は自分から話すばかりで、ひとの話を聞くことはあまりなかった。友だちはみんな話題が尽きないひとばかりだから、いろんなことを学べる。

members of queer skate collective boos cruise on a ramp in los angeles
roni davis posing with her sailor moon skateboard at the park

ロニ・デイヴィス

──スケートボードを始めた年齢と、きっかけを教えて。

中学生の頃から少しずつ滑るようになった。父はずっとスケボーをやってきたけど、母はずっと反対してた。父が何度もケガするのを見てきたからだと思う。だから、いけないことのような気がして、最初はこっそりやっていた。

LAに引っ越してから、住んでいたコリアンタウンの近くの駐車場でひとりで滑るようになったけど、そこまで真剣にはやってなかった。そのあとヤヤに会って、パンデミック中に一緒に滑るようになった。みんなが孤独を感じていたときに、そんな友だちができて本当にうれしかった。いったい何が起きているのかもわからない不安だらけの時代に、スケートは最高の気晴らしで、わたしの唯一のルーティンになった。今までほとんどやったことがないものに、これだけの時間やエネルギーを費やすほど打ち込めるようになるなんて、わたしは本当に恵まれてる。

 

──Boos Cruiseに加わったきっかけは?

ヤヤとわたしは共同ファウンダーだけど、わたしはどちらかといえば裏方担当。あまり表には出ない。表に出るのはヤヤ。エネルギッシュだし、憧れのスケーターっていう感じだから。このコレクティブに加わったのは、コミュニティや友だちのため。たくさんの絆を生み出すことができたのは、すばらしいことだと思う。

 

──滑っていないときは何をしてる?

普段はシェフとして、LAのレストラン/バーで働いてる。それから、趣味で楽曲制作を勉強中。

 

──あなたにとってコミュニティとは? クィアであることは、あなたとスケートとの関係にどんな影響を与えた? その関係はBoosによって変わった?

正直、ストレートのひとに「そっか、じゃああなたはレズビアンなんだね」と決めつけられるのはもううんざり。もう二度とそんな言葉は聞きたくない。自分からすすんで話す以外に、自分のアイデンティティを明かす必要のないひとたちと一緒に過ごすのは、言葉では言い表せないほど大切なこと。ここでは誰もそんなことは気にしない。シスジェンダーの男性優位の空間で女性として暮らしていると、そんな言葉をぶつけられるのが日常茶飯事だから、ジャッジしたり、自分をひとつのレッテルに押し込めたりしないコミュニティがあって本当によかった。

 

──あなたのヒーローは?

わたしは1990年代前半にシアトルで生まれた。当時、街の情勢は不安定で、ドラッグとか問題だらけだった。でも、両親は最高にクールだった。父は、スケートボードはみんなのためのものだと証明した。彼は移民の一家出身のアジア系ムスリムで、ずっと自分が安心できる居場所はないと思っていた。でも、スケートボードが父の居場所になった。それは父が自分の力で実現したこと。

わたしのクィア・アイコンは母。最悪なクリスチャンの家庭から抜け出した、グリーンのマレットヘアの超ビッチなクィアで、精肉店で働いてバイクを乗り回すセクシーな人妻なの。彼女のおかげで、わたしはカミングアウトする必要はなかった。女の子と付き合い始めたときも、母は「そう、良かったね」って感じ。そのあと男の子と付き合ったときも、全然気にしてなかった。両親はいつも、自分が望みさえすれば、そこが自分の居場所になるんだってことを教えてくれる。

two skaters messing around at the skate park in la
torrie krantz laying in the grass on top of her skateboard

トリー・クランツ

──スケートボードを始めた年齢と、きっかけを教えて。

子どもの頃、4年間コロラドで暮らしていたとき、毎週のようにスノーボードをしてた。坂を滑り降りる感覚が、初めて夢中になったものだと思う。3年前に元カノにロングボードを買ってもらってから、ビーチや他の場所へ乗っていくようになった。でも、トリックに夢中になったのはNYに引っ越してから。NYでは、職場にボードを持ってるジェンダークィアの同僚がいて、彼がオーリーや他のトリックを教えてくれた。彼はすごくカッコよくて、わたしも彼みたいになりたいと思った。だからわたしもボードを買って、カリフォルニアに戻ってくるときに一緒に送った。

 

──Boos Cruiseに加わったきっかけは?

ずっ自分に合うクィアコレクティブを探してた。ヤヤに会ったときに、ミートアップに誘われた。参加してみたら、自分が探していたものはこれだと思った。

 

──滑っていないときは何をしてる?

犬を3匹と猫を2匹飼ってるの。動物園みたいな感じ。それから学校にも通ってる。初めて脚本執筆の授業を受けてるんだけど、すごく楽しい。あとは遊びにいくのも好き。友だちも大好き。今年の夏はフィルム写真に夢中だった。フォトグラファーというより、趣味でやってるだけだけど

 

──あなたにとってコミュニティとは? クィアであることは、あなたとスケートとの関係にどんな影響を与えた? その関係はBoosによって変わった?

シスヘテロのひとが多い場所によく行くんだけど、さっきロニがアイデンティティを明かすことについて話していたように、それはどんな会話にも出てくる。そういう会話をするのは本当に疲れる。嫌な気持ちになるし、そもそも退屈だと思う。なんの中身もない会話。でも、Boos Cruiseでは〈わたしはわたし〉、それで終わり。わたしたちはみんなセクシーで、みんなクィア。楽しむために集まってるだけ。社会の主流から取り残されたひとたちが一箇所に集まると、すばらしいことが起こるの。

 

──あなたのヒーローは?

中学の同級生で、当時はまったくお互いのことを知らなかったけど、ベリーショートで明らかにクィアな感じの子がいた。3年くらい前、自分のセクシュアリティについてすごく悩んでいた時期があった。そんなときにこの子とコーヒーを飲みにいって、その子はわたしを励まし、クィアとしてのお手本を見せてくれた。この子のおかげでクィアとはどういうことかを理解できた。その相手が、親友のルシアン。ここでこんなふうに感謝を伝えたってことは直接は言わないけど、これを読んだら感動して泣いちゃうかも。


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cerise castle standing in a corner with her hands on her skateboard
members of queer skate collective boos cruise skating at the park

セリース・キャッスル

──スケートボードを始めた年齢と、きっかけを教えて。

わたしはLA育ちで、いつ始めたかははっきりとは覚えてない。ボードはずっと移動の手段だった。スケートパークで歓迎されてると感じたことはほとんどない。こういう場所はほとんど同じで、ヘテロノーマティブでシスジェンダーの白人の空間だから。子どもの頃は、明らかにクィアな見た目ではなかったけど、黒人女性であるわたしは、いわゆるスケーターのイメージには当てはまらなかった。今みたいにスケートボードに熱中するようになったのは、Boos Cruiseに出会ってから。

 

──Boos Cruiseに加わったきっかけは?

青春時代の自分もそうだったように、アイデンティティを隠したり、恥ずかしがったりしないでスケボーに関われるところにすごく魅力を感じた。スケートボードは、小さなレッテルには押し込められないひとがもっとアクセスしやすいスポーツになってほしい。スケボーは単なるスポーツである以上に、コミュニティを築く最高のツールになりうるから。ヤヤはゴミ拾いやボランティア活動も主催してる。そういう団体に携わることができて光栄だと思う。これからもスケートカルチャーを変え続けていってほしい。

 

──滑っていないときは何をしてる?

仕事はジャーナリスト。去年は1年間警察の暴力を集中的に取り上げた。今年の前半はLAのギャングの代議士の歴史を追う15本のシリーズ記事を書いた。実生活でバズるってどう言えばいいかわからないけど、まさにそんな感じだった。別に資本主義者じゃないけど、仕事は大好き。でも、仕事の99%は憂うつなことが占めている。取材中に非致死性兵器で警官から攻撃されて、絶対安静を命じられた。今に話を戻すと、8ヶ月ずっと歩けなかったから、スケボーはもう一度始めからやり直さなければいけなった。丸一日泣いていた時期もあったけど、わたしをこの世界につなぎとめてくれるBoos Cruiseがあって、本当によかった。自分の日常とはまったく違う、別世界を生きるひとたちと話せるのは最高。

 

──あなたにとってコミュニティとは? クィアであることは、あなたとスケートとの関係にどんな影響を与えた? その関係はBoosによって変わった?

こんなことを言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、教会、特にアフリカ系の教会に通っていたときのことを思い出した。そこには内なる寛容さや、仲間を歓迎する空気があった。それこそが、コミュニティというもの。Boos Cruiseにも同じものを感じる。ここに来ると、自分の仮面をはずすことができる。自分を偽ったり、社会の期待に合わせる必要はない。あなたがここにいて、ありのままの自分でいられさえすれば、それでいい。

 

──あなたのヒーローは?

うーん……スケートボードのヒーローはライアン・シェクラーかな。彼はレズビアンみたいに見えたから。笑われるかもしれないけど、本当にそうなの!

members of queer skate collective boos cruise sitting with their boards on a ramp
matt pasini sitting with their legs crossed and their skateboard in their lap

マット・パジーニ

──スケートボードを始めた年齢と、きっかけを教えて。

昔からアクティブな子どもで、スクーターやRipStik(のブレイブボード)、Heelys(のローラーシューズ)が好きだった。僕はトランスで、子どもの頃は女の子だと思われていたけど、スケートボードから離れたきっかけは、スケートパークでの出来事だった。そこで10代の男の子たちに笑われた。だから「よし、もう二度とスケートパークには来ない」って思った。その代わりにロングボードを始めて、14歳から19歳のあいだはNYでの唯一の移動手段だった。

 

──Boos Cruiseに加わったきっかけは?

ロングボードはかなり上達したんだけど、メンタルヘルスの問題でやめた。それからパンデミック下のLAに引っ越してきた。その頃『SK∞ エスケーエイト』っていうアニメにどハマりしてたんだけど、Instagramの〈発見〉タブで偶然Boos Cruiseを見つけて、自分の中のインナーチャイルドのためにスケボーを学んで、10代の子たちにからかわれた子どもを勇気づけてあげようと思った。スケボーを始めてまだ5ヶ月ちょっとだけど、いろんなことができるようになったよ!

 

──滑っていないときは何をしてる?

俳優としても活動してるけど、最近は仕事の時間以外はずっと滑ってる気がする。ずっとスケボーしかしてない。

 

──あなたにとってコミュニティとは? クィアであることは、あなたとスケートとの関係にどんな影響を与えた? その関係はBoosによって変わった?

子どもの頃はいつも自分が仲間外れで、変な子のような気がしてた。自閉症に加え、数ヶ月おきにジェンダークライシスを体験していたから。クイーンズで、周りは白人の共和党支持者だらけだった。ベネズエラ生まれの僕は、何度かその白人の共和党支持者の家庭の養子になったんだけど、結局最後には追い出された。しばらくは、どこのコミュニティにも関わっていなかった。高校や中学で友だちグループができても、いつも自分の居場所はないと思っていた。本当の自分を隠してたし、社会でこうあるべきという規範に従うようにしていた。それにすっかり疲れ果てて、他人と一緒に過ごすのはやめようと思うようになった。自分は内向的なタイプなんだ、って。でも、このBoos Cruiseでは、誰も自分の変なクセやジェンダーアイデンティティを気にしない。僕は僕らしく、何も隠さずにいられる。ジェンダーアイデンティティの観点からも、自閉症の観点からも、自分はどういうひとなのかを探り、自分らしさを発見できた。結局、僕は他人を一緒にいるのが嫌いというわけではなかった。そこでのコミュニケーションが嫌いだっただけ。今はみんなと一緒に過ごすのが大好き。

 

──あなたのヒーローは?

自分のヒーローは自分自身、っていうのはちょっとありきたりすぎるかな? 今までずっと自分が嫌いだったけど、パンデミックがきっかけで自分自身と向き合い、人として、スケーターとしていかに成長してきたかを振り返ることができた。僕はかなりよくやってると思う。

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arian rad sitting with his hands clasped at the skate park
arian rad of skate collective boos cruise lying on a ramp with his board

エリアン・ラッド

──スケートボードを始めた年齢と、きっかけを教えて。

始めたのはかなり小さくて、3年生とかそれくらい。最初は何か夢中になれる対象がほしかっただけだった。NYのアップステートで育ったから、友だちや同じ学校の子は近所には住んでなくて、最低でも40キロは離れてた。だから、ひとりで自分のエネルギーを発散できるアクティビティがほしくて。でも、9年生くらいで一度やめた。ほら、誰でもいろんなフェーズや段階、趣味を経験するから。スケボーを再開したのはカレッジの最終学年だった。〈Fat Kid〉と呼ばれてる、ブルックリンのDUMBOにあるゴルコンダ・スケートパーに通うようになった。その頃は誰もいない早めの時間に滑ってた。大多数を占める超マスキュリンなストレートの男性スケーターが怖かったから。

 

──Boos Cruiseに加わったきっかけは?

ヤヤとはNYにいた頃からの知り合いだった。だからLAに引っ越したとき、一緒に滑ろうと誘った。長年の知り合いだったけど、初めてふたりきりで顔を合わせた。オーリーのやり方を教えてあげたけど、ヤヤはとっくにやり方を知ってた。その日から、スケボーがまた人生の一部になった。

 

──滑っていないときは何をしてる?

ミュージシャンとして活動してる。冬の間ずっとレコーディングをしていたアルバムのリリースの準備を進めてるところ。ここで自分の曲を宣伝していいのかわからないけど、SpotifyとかApple Musicで〈Arian Rad〉で検索してみて。フォーク、アコースティック、ブルースに、中西部のエモの要素を加えてる。本業についてはここでは話さないけど、仕事は給料のためにやってるだけ。

 

──あなたにとってコミュニティとは? クィアであることは、あなたとスケートとの関係にどんな影響を与えた? その関係はBoosによって変わった?

スケートボードといえば、ボードを放り投げたり、知らないひととケンカしたり、叫び合ったりする男の映像のことだったけど、Boos Cruiseはそれを根底から引っくり返した。どんなひとにもイメージを押し付けたり、何かを求めたりしないコミュニティ。擦りむいて血まみれになるまで思いっきり滑ってもいいし、ただふらっと立ち寄って、ボードに触りもせずにおしゃべりしてもいい。

 

──あなたのヒーローは?

2000年代初頭のプロスケーター、コーリー・ダッフル。彼はスケートシーン唯一のパンクだった。超スキニーなペイントデニムを履いて、半分ブリーチしたボリューミーなマレットヘアで、率直に言ってすごくセクシーだった。それから、NYでの生活も自分にとっては大きかった。クィアのロールモデルや友だちが、ひとつのレッテルに自分を押し込めて自分をカテゴライズする必要はないと、繰り返し証明してくれた。自分は無限の可能性のある存在なんだ、カテゴライズなんてできるわけがない、って。

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members of boos cruise skating on a ramp in la

Credits


Photography Williejane Dent

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