デジタルデトックスは特権階級だけの贅沢──専門家が語るSNSとの付き合い方

すっかりセルフケアの代名詞となったデジタルデトックス。しかし、ネットを離れることでさまざまな弊害も生まれる。ネットやSNSとの賢い付き合い方を専門家に聞いた。

by Angel Martinez; translated by Nozomi Otaki
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18 February 2022, 11:28am

Getty Images

Z世代は、両手が使えるようになる前から、事実上インターネットの中で暮らしてきた。しかし、かつてネットを利用するかどうかは自分の意志で決められたが、今では選択の自由を奪われ、特にこのコロナ禍では、絶えずオンラインでいることを強いられる。大学の講義はZoomで行われ、TelegramのグループチャットやDiscordのサーバーで友人と会い、あらゆるSNSで、キュレーションした私生活の記録を投稿する……。その結果、常にヴァーチャル世界に居続けることによるネット疲れから、デジタルデトックスを促す声が高まっている。

英国の10代を対象とした2021年の調査で、34%がSNSの使用を「今よりも大幅に減らしたい」と回答した。少しの間SNSから離れたいという声もあれば、完全な非アクティブ化を考えているひともいた。回答者たちは、パンデミックの始まりに経験した情報過多がきっかけで、ずっとSNSに幻滅していたこと、よりシンプルな生活に戻りたいという究極の願望に気づかされたという。

確かに、一時的なネット断ちに成功した人びとは、嘘偽りのない本当の自分に戻り、思考も明瞭になる感覚を得られると口を揃える。マッチング活動中のひとにとっては、ネット断ちはアピールポイントにもなり得る。なぜなら、ネット上に存在しないことが神秘的な雰囲気を醸し出し、SNSと結びつけられがちな恋愛関係のゴタゴタをすべて排除するからだ。

ただし、誰もがそんな偉業を成し遂げられるとは限らないので、私たちは知恵を与えてくれる親切な有識者を探す。例えば、『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーで、ジョージタウン大学のコンピューターサイエンス准教授カル・ニューポートが意図的な取捨選択のコツを伝授する『デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方』や、オークランドを拠点とするアーティスト/教育者のジェニー・オデルによる、様々な領域を網羅した反抗の声明文『何もしない』だ。どちらの本も、スマホアプリの一括削除から野鳥観察まで、私たちに付け込もうとするシステムから自分の時間と注意を取り戻すためのアドバイスが満載だ。

しかし、すべてのオンライン生活のアドバイスに従いながら生きようとすれば、結果として自分を責めることになりかねない。なぜなら、このような行動への呼びかけは、比較的限られた人びとを対象としているからだ。めまぐるしく変わり続ける、食うか食われるかのこの世界で、ひと息つく余裕があるのは特権を持つ人びとだけだ。

「SNSなしで充実した生活を送れるのは、実生活でコミュニティやコネクションに簡単にアクセスできるひとだけです」と指摘するのは、スタンフォード大学博士号取得候補者で、SNSユーザーへの行動的介入を行なっているアンジェラ・リーだ。「SNSでのつながりの中で育ってきた10代の若者を中心に、多くの人びとが主な情報インフラや地理的に離れたコミュニティとつながる手段としてSNSに頼っています」

自分がいなくても世界は回り続けるという考えは受け入れがたく、ネットの世界に復帰した後見逃したあらゆるものに追いつかなければというプレッシャーは、それらをリアルタイムで目撃する以上に恐ろしいものかもしれない。フィリピンでコミュニケーション研究を専攻する21歳の学生イェン・ノーチェは、2度SNS断ちに挑戦したものの、友人や同僚とつながらなければという義務感から、2回とも失敗に終わったという。

「みんなのあらゆる情報を知っている状況に慣れ切ってしまっているので、その膨大な知識が奪われるとなると、その変化に対処するのはなかなか難しいです」と彼女は説明する。「個人的には、『みんな今何をしてるんだろう?』『私がいないあいだ何が起きているんだろう?』と考えずにはいられませんでした。厚かましいことに、『私がいなくなったら、みんな寂しがってくれるかな?』なんて思ったりもしました」

この原理は、より大きなスケールの物事にも当てはまる。SNSと距離を置くことで、社会的不正義に立ち向かう運動に参加する決定的なチャンスを逃す可能性もある。実際、苦しい時代にログアウトすることを選べば、その行動自体が参加への拒絶だと誤解されかねない。

民主化プラットフォーム〈Bahrain Online〉を立ち上げたサイバーセキュリティ専門家のアリ・アブドゥレマムは、1990年代に初めて参加してからのオンラインアクティビズムの変化をこう語る。「以前は、謀反を起こすためには何年も計画を練る必要がありました。でも今では、ネットに投稿するだけで、それほど苦労せずに人びとを自分が望む方向へ導くことができます」と彼は説明する。「オフラインでの対立を引き起こすという問題点もありますが、オンラインのツールを活用しなければ、革命はここまで広範囲には広がらなかったでしょう」

完全にネットを断つためには大変な努力が必要なため、私たちの多くがアプリブロッカーやタスク管理アプリなど、一時しのぎの解決策に頼るのは決して不思議ではないし、それは私たちのせいではない。原因が私たちにあると思い込み、デジタルデトックスは自制心の問題に過ぎないと主張し続けるのは、実態を把握していない鈍感な人間だけだ。このような議論に影響を及ぼしているもっと重大な政治的要因を考慮しなければ、これらのプラットフォームを正しく批評し、その現状を問い、可能性を考えることは、到底不可能だ。

私たちがテクノロジーの使用から解放されるのは複雑(かつ長期的)なプロセスなので、今の私たちにできるのは、主体的にネットを活用することだけだ。これらのツールは人間に仕えるためにつくられたもので、その逆ではない、ということを思い出そう。「オンラインプラットフォームの使用をきっぱりやめるより、自分の精神的、感情的な健康状態を見直せるような変化を取り入れ、それに合ったSNSの使い方を探るほうが、ずっと現実的です」と心理療法士のマキーシャ・ミラー博士は説明する。

ミラー博士は、その変化を実現するためのふたつの重要なテクニックを共有してくれた。「まずは実生活におけるSNSの目的を知れば、その使い方にまつわる期待値やガイドラインを定めることができます。それぞれのプラットフォームとどんな関わりを築いているにしろ、SNSを健全かつ有益に使えるように限度を決めておいたほうが良いでしょう。自分が携わる対象を具体的にして、ネットを使う目的に合致しないエネルギーは、すぐに遮断するべきです」

今の状況を個人のモラルの欠如と捉えるのではなく、〈注目の商品化〉の永続的なサイクルを生み出したすべての元凶である大手IT企業に、責任を追及してもいい。SNSが絶えず私たちのオンラインとオフラインの生活のベン図をひとつの円にしようと企んでいるのは、誰もが知る事実だ。さらに、私たちの個人情報を収集し、脳内化学物質を変える機能を作るだけでは飽き足らず、SNSは「あらゆるデバイスが高性能化し、その他すべてのエンティティ(※データとして管理する対象)が社会的信用を示す私有のコンテンツとして一括りにされる」メタバースの構築に躍起になっている。

現代社会において、インターネットを使わずに生きることはほぼ不可能だ。私たちは限りなく融合し、切っても切れない関係の中に存在する。そう聞くとうんざりするかもしれないが、少なくとも今のところは何とかなっている。ヴァーチャル世界は混沌としているが、のんびりくつろぐネコの映像から生計向上の機会まで、インターネットは大きな喜びをもたらすツールでもある。そのなかで見出したネットの利点を最大限活用し、日々の交流に役立てることもできるはずだ。ひとまず今は、私たちの生活を管理する、より倫理的な分散型ウェブが生まれるまで、自らを破綻に追い込むことなく現状維持できることを願おう。

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