現代のポップシーンに2000年代のセンセーションを蘇らせたリル・ナズ・X

現代のビッグスターがこぞって〈普通〉を求める今、大胆なアートで世間を驚愕させるのはリル・ナズ・Xだけだ。

by Douglas Greenwood; translated by Nozomi Otaki
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17 September 2021, 1:35am

Lil Nas X on Twitter

ポップスの名曲を生み出す秘訣があるように、売れるアルバムの制作にもコツがある。リル・ナズ・Xは、その両方を心得ている数少ないBillboardチャート入りアーティストのひとりだ。

9月2日の『People』誌のインタビューで──結婚スクープや結婚発表で知られるこの米国のセレブ雑誌で──彼はカリフォルニアの静かな庭園で撮影された華やかなポートレートを公開した。そこに写る彼は、ふんわりとした純白のガウンと花かんむりを身につけ、そのお腹はふっくらと膨らんでいる。彼いわく、胎内に宿るのは9月17日にリリースされるアルバム『Montero』だ。

『People』誌のイメージを逆手にとった、皮肉の効いたこのイメージは、美しくも常軌を逸している。しかし、リル・ナズ・Xは、今回もこれまでと同様、真の編曲家としての手腕を発揮している。自分の曲をどの大手レーベルよりもうまく売り込むすべを熟知しているのだ。

彼のような存在は、最近の音楽業界においては稀だ。2000年代初頭から2010年代前半にかけてのポップシーンは、センセーショナルなパフォーマンスの宝庫だった。

 例えば、2003年のMTVビデオミュージックアワードでのマドンナ、ブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラの三つ巴のキス。作品の奇抜なヴィジュアルの世界観を拡大し、実生活へと持ち込んだワイルドなファッションでホテルのロビーを闊歩したレディー・ガガ。前述の有名な〈三人婚〉の6年後、彼女は同じMTVのステージで血を流し、死んだようにシャンデリアにぶら下がった。その2年後、ビヨンセは「Love on Top」のパフォーマンス後にマイクを落とし、妊娠を発表した。

 MTVビデオミュージックアワードは、おそらくスターが自らゴシップネタを提供する最後のチャンスといえるが、授賞式のそういう面に関心を示すアーティストはほとんどいない。

 今、この時代のポップの特徴は〈普通であること〉だ。その風潮こそが、ロード、テイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュ、オリヴィア・ロドリゴというジャンルを牽引する4人のアーティストを生み出した。つまり、彼女たちを眺めるオーディエンスと同様に、若いスターも自らのイメージを形作ることができる、ということだ。 

一方でリル・ナズ・Xは、全く別の道を突き進んできた。彼を現代で最も魅力的で特異なアーティストたらしめたのが、ラップのメインストリームにおけるクィア化だ。新曲のMVを発表するたびに、世間の目を釘付けにしてきたリル・ナズ。初のアルバムリリースを控えた今、彼はまさに他の追随を許さない存在だ。

すべての始まりは、2019年の夏だった。かつてニッキー・ミナージュのファンアカウントのモデレーターを務めていた彼は、意図せずその年のナンバーワンヒットを世に送り出し、たったひとりの力で新曲のリリースや、大御所アーティストが成功を掴む方法を一変させた。さらに、「Old Town Road」の成功によってTikTokの音楽のアルゴリズムを確立。誰にも真似できない偉業を成し遂げた。続く2ndシングル「Panini」もそれなりの商業的成功を収めたが、前作ほどの熱狂を呼ぶことはなかった。

リル・ナズ・Xが、おそらく偶然にも現代ポップスにおけるマーケティングの天才となったのは、ちょうどこの頃だ。2020年にリリースされた一連のシングルは、彼の真のカミングアウトとも呼ぶべき瞬間へと繋がっていた。それがMVで同性愛を嫌悪する人びとや保守派を激怒させた、クィアの愛に捧げるセクシーな「Montero (Call Me by Your Name)」だ。

地獄へと滑り落ちるポールダンス、悪魔とのラップダンス、物議を醸したスニーカー〈サタンシューズ〉……。『ニューヨーク・タイムズ』のジョン・カラマニカは、本作を「良い意味での昔ながらのモラルパニック」と称した。

あらゆるポップスターにとって必須のマーケティングツールであるインターネットでの体験を通して、彼は自らの下ネタや卓越した視覚言語に震え上がる著名人に対処する方法を学んだ。米国の知事が、この曲のプロモーションで制作されたサタンシューズに対する懸念をツイートすると、リル・ナズはすかさず「自分の仕事をしろ!」と辛辣なリプライを送っている。

このテーマは、リル・ナズが自身のクィア・アイデンティティに対する反感について語り、それを物ともせずに突き進む「Industry Baby」にも受け継がれている。〈刑務所でゲイに狙われる〉というお決まりのストーリーを背景に、シャワー室で思わせぶりなダンスをする全裸の男たち。この露骨な表現は、曲自体は気に入らなくても、アーティストのヴィジョンの大胆さを讃えるであろうことを示唆している。

このような大胆さは、リル・ナズと彼の作品の賞賛に値する特質といえるだろう。彼の音楽に夢中になるまではいかなくても(多くの人は他人の成功の粗探しをしようとするものだ)、少なくとも彼は興味深い存在で、ファンを味方につける方法を心得ていることがわかるはずだ。

 マーケティング的な宣伝行為は、現代においては瀕死の手法だ。ポップスターたちは、私たちと同じレベルへと降りてきた。弱さをさらけ出す、労を惜しまない人間だ。しかしリル・ナズにとって、この弱さとは、ここ数年完全に忘れ去られていた、俗っぽさを前面に出した挑発的なアートの題材だ。

テイラーとビリーが見せ掛けだけのスターの力を打ち砕いたのとほぼ同じ方法で、『People』誌のリル・ナズ・Xのマタニティフォトは、再びスターの力を復活させるだろう。ポップカルチャーとは、このような瞬間にこそ栄えるのだ。

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