『ヘレディタリー/継承』映画評

現代ホラーの頂点と呼び声も高い『ヘレディタリー/継承』。気鋭アリ・アスター監督が描く“完璧な悪夢”を、映画ライターの月永理絵がレビュー。

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27 november 2018, 9:50am

部屋のなかに、断面化されたミニチュアの家がいくつも置かれている。そのひとつに、カメラがするすると近づいていく。やがて二階のベッドが置かれた部屋の前で、カメラの動きが止まる。ドアが開き、父親らしき人物が部屋の中へ声をかけ、ベッドから息子が顔を覗かせる。つまりどこかの時点で、ミニチュアの家は美術セットの家へと姿を変えたわけだ。それはたいしたトリック撮影ではないが、この舞台となる家が謎の視線に支配された場所であることを端的に示す、見事なオープニングだ。

スタンリー・キューブリックの『シャイニング』(1980)でも同じような場面がある。ホテルの巨大迷路のミニチュアを上から眺める視線から、実際に迷路を楽しむ母と子のショットに切り替わる。迷路を上から眺めるのは、ジャック・ニコルソン演じる父ジャック。誰もが予期するとおり、母と子は、この巨大な迷路とホテルの中で、ジャックの視線から必死で逃げまどうことになる。

ヘレディタリー

新人監督アリ・アスターの長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』は、これまで見たことのない独創的なホラー映画だ。その一方で、『シャイニング』をはじめ、『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)『赤い影』(1973)といった、様々な過去の映画からの影響を随所に感じさせる作品でもある。物語は、いわばグラハム家の受難劇。トニ・コレット演じるアニーは、支配的な母エレンの死によってその抑圧から解放されるが、同時にある種の喪失感を抱えている。彼女と夫スティーブの間には、兄ピーターと、祖母に育てられた妹チャーリーというふたりの子がいる。エレンの死後、立て続けに不幸な出来事に見舞われるグラハム家で、アニーは、亡き母がこの家に何かを仕かけたのではないかと疑いはじめる。

ミニチュア模型作家のアニーは、身の回りのできごとすべてをミニチュア化する。冒頭に登場した、グラハム家の日常風景から、祖母の終末医療の様子、彼女が体験したむごたらしい出来事さえ、あらゆるものがその対象となる。そうすることで、自分の人生をコントロールできるかのように。劇中で、「結末の決まった運命の中で、選択肢があることは不幸か幸福か」という問いが投げかけられる。それはまさにアニーがこれから辿る道筋でもある。家族に降りかかる悲劇は、内部から見れば大事件だが、結局は、ミニチュアの家のなかで起きる小さな波紋にすぎない。

ヘレディタリー

『ヘレディタリー/継承』は、いわゆるスプラッターやサプライズ系のホラー映画ではない。不気味なビジュアルやコリン・ステットソンによる絶妙な音響が不安を煽るが、真っ赤な血しぶきや怖ろしいゴーストは登場しない。ここでは、血がすっかり固まり腐敗した死体こそが、私たちを脅かす。体から吹き出す赤い血は、人びとの目を恐怖で閉じさせる。だが黒く固まりついた血は、人びとの目をさらに見開かせるだろう。この腐った死体がなぜそこにあるのか。私たちは、恐怖に凍りつきながらも、それを見届けずにはいられない。

ヘレディタリー/継承
11月30日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー。