『メアリーの総て』映画評

言わずと知れたゴシック小説の古典『フランケンシュタイン』。エル・ファニングがその聡明な著者メアリー・シェリーを演じた本作を翻訳家の三辺律子がレビュー。18歳の彼女はいかにして“フランケンシュタインの怪物”を生み出したのか?

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nov 29 2018, 6:05am

物語というものは、人類が火を手に入れ、たき火を囲んで集うようになったことから生まれたという説がある。たしかに人はひとところに集まると、何かしらを語りたくなるようだ。古くは『デカメロン』(ペストから逃れ郊外に集まった男女が退屈しのぎに物語を語る)や『カンタベリー物語』(巡礼の途中、同宿した人びとが物語を順に語っていく)、日本ならさしずめ「雨夜の品定め」(源氏物語「帚木の巻」)だろうか。(悪)名高い女性談義だが、当時の光源氏は17歳、修学旅行の夜に懐中電灯の光を囲んでいる男子/女子たちを連想しないでもない。

これらはフィクションだが、「事実は小説より奇なり」を地でいくのが、本作『メアリーの総て』で描かれる「ディオダディ荘の怪奇談義」だ。雨がつづいたある夜、人里離れた邸宅に集まった男女は退屈を持て余し、それぞれ怪談を語ろうということになる。

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© Parallel Films (Storm) Limited / Juliette Films SA / Parallel (Storm) Limited / The British Film Institute 2017

ここまでなら、よくある話。だがそれを提案したのは、まさに「事実は小説より奇なり」の言葉を生んだバイロン卿であり(『ドン・ジュアン』の一節が基になっている)、彼の別荘に集まっていたのは、同じく詩人のパーシー・シェリーと、その愛人のメアリー、義妹のクレア、医師のポリドリという豪華メンバーだったのだ。舞台は1816年のレマン湖畔だ。

メアリーとパーシーは駆け落ち中、クレアはバイロンの元愛人であり、ポリドリはバイロンの主治医だが、同性の恋人といううわさもあった。そして、この夜の怪奇談義をきっかけに生み出されたのが、バイロンの『マゼッパ』、ポリドリの『吸血鬼』、そしてメアリーの『フランケンシュタイン』なのだ。

これほど「奇」な事実を下敷きにした映画が面白くないはずがない。

実際、映画はこの伝説的な夜の前後をていねいに描き、傑作『フランケンシュタイン』が生まれるべくして生まれたことを明らかにしていく。

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© Parallel Films (Storm) Limited / Juliette Films SA / Parallel (Storm) Limited / The British Film Institute 2017

メアリーの両親である、無神論者でアナキズムの先駆者のウィリアム・ゴドウィンと、メアリーの出産直後亡くなった女権拡張論者のメアリー・ウルストンクラフトは、娘にどういう影響を与えたのか。なぜメアリーとパーシーは出会ったのか、なぜ駆け落ちしなければならなかったのか。なぜ義妹のクレアは常に行動を共にし、なぜバイロンの別荘に集まるにいたったのか。なぜ怪談を語ることになったのか、人造人間に電気で命を吹き込むという発想はどこからきたのか。そしてなぜ作品は匿名で出版されたのか。

1800年代を再現した美しい映像とともに語られるこうした「なぜ」を追ううちに、なぜメアリーは『フランケンシュタイン』を描いたのかという、最大の「なぜ」の答えが浮かびあがってくる。科学者フランケンシュタインに創造された怪物は、その醜さのあまり、創造主に捨てられてしまう。怪物はなぜそんな目に合わなければならなかったのか。孤独な怪物は何を求めたのか。怪物とメアリーが重なり合ったとき、わたしたちの胸はしめつけられる。

同時に、メアリーの立ち向かわなければならなかった「なぜ」が、きわめて現代的な問題につながっていることに、気づかされるのだ。メアリーの問題は、彼女が女性であることと切り離せなかったから。そういえば日本ではつい最近まで、メアリーは単に「シェリー夫人」と呼ばれることが多かった。

ハイファ・アル=マンスール監督は、前作『少女は自転車にのって』(日本公開2013年)で、ヴェネツィア国際映画祭の国際アートシアター連盟賞など、多くの賞を受賞した。この作品は、サウジアラビア初の女性監督映画でもある。つい最近まで女性の運転が禁じられていたサウジで、なんとか自転車を手に入れようとする少女を描いたマンスール監督は、ほかにも、サウジで外出時に着用を義務付けられているアバヤ(全身を覆う黒いベール)についてのドキュメンタリも撮っている。そんなマンスール監督が「とても共感した」と言っている主人公メアリーの生きざまを、映画は力強く語っている。

メアリーの総て
公開表記:12月15日(土)シネスイッチ銀座、シネマカリテほか 全国順次公開。