『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』映画評

1950年代のNY、行政主導の都市開発と再開発に抵抗したひとりの主婦がいた。住民たちの視点に根ざした抜群の洞察力と実行力で、ニューヨーク都市文化の礎を築いたジェイン・ジェイコブズのドキュメンタリーを、荏開津広がレビュー。

by Hiroshi Egaitsu
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01 May 2018, 9:39am

この記事を書く少し前に、昼食を執るために入った近所の料理店で、注文を聞きにきた女性が僕の手に持っていた本に気がついて——「それはジェイン・ジェイコブズの本ですか?」——「そうです」と僕は答え、彼女が自分の生まれ育った街と1960年代のアメリカの都市を比較研究している学生だと知ることができた。『アメリカ大都市の死と生』は出版からほぼ60年を経て、都市論のクラシックであり、まだ現場で生きているのだ。

ジェイン・ジェイコブズについての本作品『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』は、ドキュメンタリー映画作家/ジャーナリスト、マット・ティルナーが監督とプロデュースを手がけた。傑出したジャーナリストにして活動家、同時に3人の子どもの母親だった彼女が、アメリカの都市を決定的に変えたといわれているこの本を執筆した前後にフォーカスしたものだ。

『アメリカ大都市の死と生』を手にとって最初に驚くのは、冒頭あからさまに“この本は現在行われている都市計画と再開発への攻撃である”とあることではないか? 映画を観て彼女が相手にした辣腕のブローカー/都市計画家、ロバート・モーゼスの肖像を深く知ったならその驚きは深まるばかりだ。実は悪名高い1970年代のサウス・ブロンクスの惨状を生み出した張本人として、モーゼスの名前はヒップホップの歴史を扱ったまともな本には必ず出てくる。しかし、その怪物ぶりは空前絶後なのだ、と。

例えば、ヒップホップを生んだ舞台と知られ、大失敗だった“プロジェクト(低所得者用の巨大集合住宅)”の建築は、1930年代からと書かれていても今ひとつ実感が湧かなかった。ヒップホップが世界に知られたのは1980年代、時間が経ち過ぎている。しかし、モーゼスは、なんと第二次世界大戦を跨いでの馬鹿らしいほどの権力者ゆえに誰1人として楯突かなかったという事実を、本作品は貴重なアーカイブを織り上げて突きつける。モーゼスは政界から実業界まで文字通り揺るぎのないコネでつながっていた。その彼を、黒ぶち眼鏡の、可愛いコートを着た、一介の雑誌ライターで主婦でもあったジェインが地に叩き付けたのだ。

(C)Thought Equity

彼女が信じていたのは、都市の持ちうる多様性だ。高校を卒業しニューヨークに家族と住んだジェインは、大都市における歩道の重要性、様々な種類の小売店がひとつの通りに並ぶこと、区画のサイズがばらばらなこと、そして異人種が隣り合わせで住むことで、大都市を活気づけ、文化が生まれ、未来が豊かになっていくことを信じて主張したのだ。モーゼスがどうやってニューヨークを破壊しようとしたか、それをジェインがどう葬り去ったか、是非映画を見てほしい。

結果、世界で唯一のニューヨークとその都市文化は守られた。公園、レストラン、カフェ、バー、そこから生まれたファッション、デザイン、美術、音楽、今も僕らが(非直接的にも)享受しているニューヨークの文化は、ジェイン・ジェイコブズの賜物なのだ。その文化は、リベラリズムの賜物でもある。都市空間は現実化された思想に他ならないということだ。色々なことを想像し考えさせる、2010年代の終わりの日本で観るのに相応しいドキュメンタリーだ。

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