ダンスホールレゲエを描き続けた男

ジャマイカのダンスホール・アルバムジャケットアート独自の世界観を築いたウィルフレッド・リモニアス。新聞に掲載されたコミック作品からアイコニックなアルバムジャケット作品まで、彼のアートを網羅した本が発売される。著者と編集者に話を聞いた。

by Ian McQuaid
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09 September 2016, 10:20am

Portrait of Wilfred Limonious from The Star newspaper, 18 May 1985. Photograph by Gibbs Photo, courtesy the National Library of Jamaica/The Gleaner Company Limited.

ジャマイカのダンスホール勃興期において、ウィルフレッド・リモニアス(Wilfred Limonious)こそ、音楽にヴィジュアル言語を与えた張本人だった。もとは新聞で漫画を描いていたリモニアスだったが、80年代から90年代にかけて数千点にもおよぶアルバムジャケットを手がけた。ホットピンクやけばけばしいイエロー、セクシーな女性やジャマイカン・ギャング、書きなぐられたパトワ語など、リモニアスが築いたスタイルはシーンが常に立ち返る、時代の象徴的デザインとなった。

そんなリモニアスの作品を集め、作家のクリス・ベイトマン(Chris Bateman)と編集者のアル・ニューマン(Al Newman)は1冊の本にした。ニューマンは、イギリス発のブランドClarksがいかにジャマイカ人に長く愛されているかについて書いた『Clarks in Jamaica』を編集した人物だ。今回ふたりが刊行した『In Fine Style: The Dancehall Art of Wilfred Limonious』は、下品な新聞用イラストから彼のアイコニックなアルバムのジャケットアートまで、リモニアスの世界観が詰まった1冊となっている。本の発売を目前に控えたベイトマンとニューマンに、このダンスホール界最大のアーティストの歴史と技術について、そして彼が残したものについて聞いた。

Yuh Face Look Good LP by Winston Hussey (Power House, c 1985).

まずリモニアスのバックグラウンドについて聞かせてください。
ベイトマン(以下B:ウィルフレッド・リモニアスは、1949年、ジャマイカはトレローニー教区にあるアルバート・タウンの近くで生まれました。7人兄弟の長男で、幼い頃からいたずら書きやコミックを描くことに興味を示したようです。リモニアスの家族はジャマイカのなかでも田舎の地域出身。絵が上手なリモニアスを大層誇りに思っていたようです。リモニアスは特にひとを描くのが好きだったようで、窓の外に家族の誰かが帰ってきたのを見ると、そのひとが玄関に着くまでに絵を完成させ、プレゼントしていたそうです。両親は息子の才能やアートへの興味をとても献身的に応援したようで、そんな両親の支えが、アートの道を志すにあたってリモニアスの大きな力になったのだと私たちは考えています。
ニューマン(以下N:彼のキャリアは、1970年、1コマコミックがジャマイカの新聞『The Star』の「Laugh With Us」コーナーで掲載されたことから始まっています。これにより彼はジャマイカで広くコミック作家として知られるようになり、その後、『Amos』や『Chicken』『Shane and Shawn』『Grass Root』『Earth Runnings』といったコミックを世に送り出しました。1970年代中期から後期にかけては「ジャマイカの人々の識字率を向上させる」活動を行う団体JAMALのため、大人が読み書きを学べる本にイラストを描いています。その後は、短期間でしたがイギリスに留学し、ジャマイカに帰国するとアルバムジャケットにイラストを提供するようになりました。最初に手掛けたのは、私が調べたところではジャー・トーマス(Jah Thomas)の『Shoulder Move』だったようです。リモニアス自身もシンガーソングライターでありギタリストであったようで、少なくとも2曲をリリースしています。

イラストレーターとしての教育は受けていたのでしょうか?
B:彼はジャマイカ・スクール・オブ・アートでグラフィックデザインを学んでいました。この学校が現在はエドナ・マンレー芸術カレッジの一部となっていることからも、リモニアスが比較的オーソドックスな教育を受けていたと言っていいでしょうね。
N:イギリスではバーキング工科大学で学んだそうなのですが、大学側がリモニアスに関する一切の資料を紛失・破棄してしまっていたので、残念ながら詳細の多くはわからずじまいです。

Front cover of the book Nanny by Karl Phillpots (JAMAL Foundation, 1977). Courtesy Senate House Library/National Library of Jamaica/JFLL.

どうして彼はこれほど多くのアーティストに作品提供をするようになったのでしょうか?
B:1980年代初期にジャマイカでダンスホールサウンドがブレイクし始めたとき、リモニアスはすでに有名なコミック作家になっていたんです。ジャマイカのダンスホールサウンドは快活で遊び心に溢れていて、コミック作家が手がけるジャケットアートというのはしっくりくる世界観だったのでしょうね。先ほども名前が出ましたが、ジャー・トーマスのアルバム『Shoulder Move』のジャケットアートを手掛けたことが、リモニアスにとってアルバムジャケットデザインの世界への足掛かりとなったようです。
N:そう、あのジャケットはそれまで世の人々が慣れ親しんでいたアルバムジャケットのどれとも違っていて、とても評判が良かったんです。そこでプロデューサーたちがこぞって彼にイラストを依頼するようになりました。当時、リモニアスはネヴィル・リー(Neville Lee)のSonic Soundsがマネジメントをしていたようで、プロデューサーのオジー・トーマス(Ossie Thomas)によると、ネヴィルはリモニアスの存在を公にはしたがらなかったそうです。作品を気に入ってリモニアスを起用したいというひとは、ネヴィルを通さなければならないという構造を作っていたそうです。しかし、リモニアスの名はすぐに知れ渡ることとなり、ジャマイカのトッププロデューサーたちに起用されるようになりました。リモニアスのヴィジュアルとともに傑作を世に送り出したレコードレーベルには、ジョージ・パン(George Phang)のPowerhouse、ウィンストン・ライリーのTechniques、ジャー・トーマスのMidnight Rock、プリンス・ジャズボのUjama、オジー・トーマスのBlack Solidarity、ハートネル・ヘンリー(Hartnell Henry)のSky High Recordsなど、挙げだしたらきりがありません。

リモニアスのイラストの制作プロセスについてはどの程度分かったのでしょうか?
B:本当にラッキーなことに、私たちはリモニアスがデザインの現場でともに働いた同僚たちに話を聞くことができ、そこで彼の制作プロセスが見えてきました。大概の場合は、まず縁取りとなるドローイングを作って、そこにカラーの割合を指示していくというシンプルなシステムだったようです。
N:後輩として彼と仕事をともにしたデザイナー、ウィンストン・ディロン(Winston 'Fowly' Dillon)は、リモニアスがふたつのマーカーペンを使っていたと話しています。まずはキーラインのドローイングを作成してから、どのカラーがどこへ配されるかを印刷屋に指示するカラーモックアップを作成していたそうです。リモニアスは原色、とりわけ黄色が好きだったようで、モックアップに「100%イエロー」、「100%マジェンタ」といった風にマークをしていたといいます。ニューヨークのDeadly Dragon Soundが、オリジナル作品コレクションだけでなく、オリジナルのペン&インク作品や、印刷屋に送るためのモックアップまでリモニアスの作品を幅広く所有しているんですが、そこでは彼の制作方法を垣間見れることができて、とても興味深かったです。
B:後期の作品には、コラージュやニュースプリントの切り抜き、切り貼りなどの要素も取り入れられていますね。

Young Love seven-inch single by Wilfred Limonious (Wax, c 1976).

回顧本というアイデアはどこから生まれたのでしょうか?リモニアス作品を探すのは大変でしたか?
N:作品が有名で、才能あるアーティストなのにもかかわらず、彼についての情報がほとんどないことに、私たちはとても驚きました。だからこそ、このような本でもなければリモニアス作品に出会うこともないであろう人々に、彼の作品を紹介したかったんです。彼の作品について探るのも、そして作品自体を探し出すのも大変でした。彼の家族ですら、ほとんど作品を持っていなかったんですから。そうしたこともあって、完成するまでに時間がかかったのです!
B:本で彼の作品を振り返るというアイデアは、私にとってはプロジェクトの最終目的でしかありませんでした。リモニアスのスタイルは唯一無二で、ダンスホールのヴィジュアルイメージそのものです。だから、ずっと「なぜ彼の作品に関する本が1冊も出ていないんだ」と不満に思っていました。リモニアスとともにジャマイカのグラフィックデザインを盛り上げたアーティスト、オーヴィル・"バガ"・ケース(Orville 'Bagga' Case)から話を聞いた後、やはりこれは本にまとめなければと真剣に考え始めました。

アルバムジャケットは、アルバムの音楽からインスピレーションを受けて作られるわけですが、リモニアスの場合には、彼の作品が音楽に影響を与えたりということもあったのでしょうか?
N:個人的には、そういう例は思い浮かびませんね。
B:それに一番近いと思えるのは、1990年代初頭にリモニアスがジャマイカのタブロイド紙『Weekend Enquirer』に描いたコミックでしょうか。当時、スコーピオンというDJが「Enquirer」という7インチシングルをリリースしているんです。そのなかで歌われているのは、そのタブロイド紙がいかに素晴らしいかということで、このシングルのアートはリモニアスが担当しているんです。
N:あの曲は最高だし、リモニアスのデザインも、7インチものとしては私がもっとも好きな作品ですね。ほぼ無名のレーベルSuper Chillから出たシングルです。ひょっとするとあれが唯一Super Chillからリリースされたレコードなのかもしれません。でも、あの曲はリモニアス作品に影響を受けて作られたわけではありませんよ。単にあのタブロイド紙が好きだったようです。なので、答えは「ノー」と言わざるをえません。とはいえ、リモニアスの作品に影響を受けて作られた音楽は絶対にあるはずです。ジャマイカ人アーティストたちはなんでも音楽にしてしまうんです。『Enquirer』紙ひとつとっても、いかに『Weekend Enquirer』が『The Gleaner』や『The Star』より面白いかについて歌った曲がたくさんあります。イギリスでアーティストが「『The Guardian』は『Telegraph』や『The Times』なんかよりずっといい」と歌っているところ、想像できます?

Illustration from the cover of the LP Dance Hall Time by Various Artistes (Scar Face Music, 1986).

デジタル時代の到来によって、リモニアスが築いたようなアートや、彼が手掛けていた仕事そのものは、失われてしまったのでしょうか?
N:ある程度は衰退してしまったと思います。でも、今でもレゲエやダンスホールのアルバムジャケットにコミックスタイルのイラストを描いているアーティストがいることも確かです。グリーンスリーヴス(Greensleeves)がリリースしたほぼ全てのアルバムでジャケットアートを手掛けているトニー・マクダーモット(Tony McDermott)は今も現役でイラストを描いていますし、イスラエル出身でタフ・スカウトやムンゴス・ハイファイ、ネセサリー・メイヘムといったアーティストたちに、リモニアス調のジャケットアートを提供しているエレン・G(Ellen G)といった新しいイラストレーターもいます。リモニアス作品で私が好きなのは、や手描きのものですが、コンピューターの登場で、ああいう作風は少なくなってしまいましたね。
B:マーロン・ジェイムズのインタビュー記事を読んだんですが、彼は『A Brief History of Seven Killings』の著者で、なんとショーン・ポールの初期アルバムでジャケットアートを描いていたひとなんです。今はフォントと呼ばれますが、当時は手描きでレタリングをやったなんて話をしていて、とても興味深かったですね。現代はフライヤーやアルバムジャケットアートを制作するのに便利なツールがたくさんありますが、リモニアス時代の作品に比べてやはり奥行きに欠けるかもしれませんね。でも、いつの時代もやはりその時と場所を反映したアルバムジャケットを作る人たちがいるものです。リモニアスがそうだったよう。必ずしもアルバムジャケットアートの領域とは関係ありませんが、ロビン・クレア(Robin Clare)やマシュー・マッカーシー(Matthew McCarthy)といったアーティストが今、絵の具と紙で素晴らしい作品を作り出していますよ。

リモニアス作品でもっとも好きな作品を教えてください。
N:アルバムジャケットでいえば、オムニバスアルバム『Original Stalag 17-18 and 19』と、アーリー・Bの『Ghost Busters』、パパ・サンの『Animal Party』、フランキー・ポールの『Shut Up Bway』と『Tidal Wave』のバックカバーなんかが好きですが、他にもお気に入りがありすぎて選べませんね。特に好きなのは、いたずら書きのような作品です。何年にもわたり、何度も見てきたはずなのに、そこに書かれたパトワのなかにそれまで見落としてきた爆笑フレーズを見つけてしまったりするんです。リモニアスは、笑いの天才でもあったんです。
B『Ghost Busters』と『Animal Party』は間違いなく傑作ですね。遊び心に溢れていてクリエイティブなところがいい。それと、ジョー・リック・ショットをフィーチャーした『Reggae for the World in Dub』のバックジャケットには、傑作フレーズがいたずら書きのように書かれていて最高です!たくさんありすぎて挙げられません!

『In Fine Style: The Dancehall Art of Wilfred Limonious』は、ReggaeRecords.comで販売中。

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Credits


Text Ian McQuaid
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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