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リナ・サワヤマの美しいクリスマス・ソング

アフリカ系オーストリア人の移民がプロデュースし、無宗教な日本の移民が歌うクリスマス・ソング。「去年の今頃、わたしはすべてを知っていると思っていた」——“気づきの年”だった2016年を振り返る。

by Frankie Dunn
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16 December 2016, 4:45am

若い世代のアーティスト達が形成する現実のコミュニティとデジタルのコミュニティのあいだにある"ズレ"を歌った、今年リリースの「Where U Are」など、リナ・サワヤマは、現代社会に対する彼女の考えを音楽によって表現する。ネイオゥ(Nao)のコラボレーターとして注目されたA.K.ポールと、現在デビュー・アルバムを製作しているリナだが、完成を前に、2016年という年をクリスマス・ソングで振り返っている。

「すべてがはかなく、一瞬で消えていくデジタル時代、曲どころかアルバム作品ですら一瞬で忘れ去られる」とリナは言う。「でもクリスマス・ソングというのは、どこかタイムレスな存在感を持って響くでしょう?そういった、子どもの頃から私たちの記憶に深く刻み込まれているクリスマス・バラードに、私の音楽要素を散りばめた曲を作りたいと思ったの。クリスマスは、すべてが止まって見えるようなマジカルな時間。音楽的に、いつもの自分とは違う面を見せても許されるシーズンでもある。だから、アルバムをリリースする前に、クリスマス・シーズンを利用してこれを出そうと思ったの」。この美しい曲がリナからi-Dに届いたのが先週のこと。それ以来、私たちの頭にはずっとこの曲が流れている。クリスマスが持つ魔法のようなスピリットを、リナはこの曲に見事に吹き込んでいる。

「This Time Last Year」というタイトルが示すのは、「1年で、社会も自分もどれだけ変わるか」ということ——音波の振動がうるさいほどに響く小さな部屋の中で、大きな大きな世界は回り回ってめくるめく変化を続ける——リナが贈る、スイートな、小さな名曲を聴いて、彼女と一緒に2016年を振り返ってみてほしい。

"去年の今頃、わたしはすべてを知っていると信じて疑わなかった"

恋愛関係において、1年という時間がどれだけ様々な状況の変化を見せうるかを綴ろうと書いたクリスマス・ソング「This Time Last Year」。最後のライン「This time last year, I thought I knew everything」は、私たちが「知っている」と信じて疑わなかったことをことごとく覆され、奪われたこの1年の終わりに、うってつけの言葉だと私は思う。「去年の今頃、わたしはすべてを知っていると思っていた」——わたしたちミレニアル世代は、アプリから垂れ流される情報を盲信し、自らの手で世界を破壊した。フィードは嘘をつかない。でも計算されて整頓されたアルゴリズムは真実を巧妙に隠していた。明るみになったその真実に、私たちは悲しむことしかできない。

カイリー・ジェナーは以前、2016年を「気づきの年になる」と言っていた。私たちは、恥ずかしげもなく人種差別と男性至上主義、外国人排他主義、ホモフォビア、身障者差別に基づいて選挙に参加するひとがイギリスとアメリカにこれほどまで多く存在すると気づかされた。

危機を前に、ひとびとは意見が対立する相手にすべての責任を押し付け、Facebookで非難しあい、それで未来は安泰だと過信していた。わたしもそんなひとりだった。「移民」と差別されれば、「人種差別主義者」と非難した。どちらも誹謗だ。中傷は、誰にも決して無縁ではないものなのだ。

再起は気づきから始まる人は言う。しかし、ただ「気づく」だけではなく、私たちは勇敢になって、意見が対立するひとびとのすべてを分析し、ときには感情移入できるほどまでに理解するよう努力をしなければならないのではないだろうか。なぜひとは人種差別をするのだろう?なぜこのひとは性差別をするようになったのか?なぜこの人たちはトランプに投票したのか?なぜひとびとは移民に責任を押し付けようとしているのか?

人類は大きく後退したが、地球は無慈悲に回り続けた。「ものは、壊れてこそ直すことができる」ということなのかもしれない。答えこそ持ち合わせていないが、今の世の中が「疑問を投げかけなければならない状況にある」ということだけは私にも分かる。マイノリティである私たちに代わり、私たちの同志だと胸を張る白人の友人たちに、是非ともそれら疑問を声高に訴えてもらいたい。私はマイノリティによる問題提起や問題意識がいとも簡単に非道な結末を迎えるものだということを、経験的に知っている。私たちはただ楽観的でなどいられないのだ。私たちはもう、「これこそが解決方法だ」などと悠長に構えてなどいられないのだ。私たちはすべてを知っていると信じて疑わなかった。しかし、実のところ、私たちは何も知らなかったのだ。今ある新たな現実を、私たちは直視しなければならない。ニュースフィードには決して現れてこない新たな現実を。そして、問題を訴え、問いただし、理解し、決して折れることなく、決して迎合することなく、そしてまた相手を非難することも中傷することもせず、ただ「現状よりも壊れてはいない社会」を建設するために努力する心構えを、自らの中に見出さなければならないのだ。

今日、あるツイートがネット上で拡散された。イギリスの百貨店ジョン・ルイスに向けて書かれたこのツイートは、とある白人女性が書いたもの。ジョン・ルイスが黒人による曲を使い、黒人家族を出演させたクリスマス広告が、「多くの意味で間違っている」と嘆いた内容だった。「わたしの国の文化はどこへ」と彼女は書いていた。「先週、あるパーティで出会ったある男性は、私が英語を話せないと言い捨てて私のもとから立ち去った。それでもクリスマスはやってくるし、クリスマス精神はやはり素晴らしい。アフリカ系オーストリア人の移民(敬意を込めて)がプロデュースし、無宗教な日本人移民(わたし)が歌うクリスマス・ソングから、なにかを感じ取ってもらえたら嬉しい」メリー・クリスマス!

Credits


Text Frankie Dunn
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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