アジア系女性を見る目が変わる ヴィヴィアン・フーの写真

パートナーとの関係を親密な視線で捉え、アジア系女性の描かれ方に新しい視点を訴え続けているヴィヴィアン・フーに話を聞いた。

by Emily Manning
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02 June 2016, 2:59pm

『スコット・ピルグリムVSザ・ワールド』をご存知だろうか? 元はカナダの漫画家ブライアン・リー・オマリー(Brian Lee O'Malley)が書いた漫画で、のちに映画化とゲーム化までされた。映画版には17歳の中国系カナダ人のキャラクター、ナイヴス・チャウが登場する。気まぐれな白人キャラクターに翻弄されるアジア人女性という役回りだ。だから、ヴィヴィアン・フー(Vivian Fu)が「ナイヴス・チャウと比較される」と言ったときは驚きを隠せなかった。フーは、写真を通して自らのアイデンティティーを模索することで、画一化されたアジア系女性像に揺さぶりをかけるアーティストだからだ。彼女は親密さに満ちた視点から、パートナーであるティムや友人たち、そして自分自身の深淵を捉える。作品集の『Me and Tim』には、血や汗、精液、そしてその空間に流れる優しさが溢れている。"ふたり"を描いたように見える作品集だが、しかしそれは完全にフーの世界だ。ティムのタトゥーを写真に収めること、そしてセルフィーの重要性について、彼女に話を聞いた。

写真に興味を持ったきっかけは?
両親は厳しい人たちで、私はそれほど外出を許されていませんでした。それで、家にいるときは、お母さんのコンピュータでネットばかりしていて、Flickrにアップされている写真を見て、衝撃を受けたんです。あれが写真との出会いだったと思います。それから写真を撮り始めて、ソーシャルメディアでシェアするようになりました。はじめは、友達の写真をLiveJournalにアップしたり、セルフィーを撮ってMySpaceでシェアしたりしていましたが、Flickrに参加しはじめて、様々な写真に影響を受けるようになりました。

その頃はまだ、インターネットの重要性を理解できていませんでした。その後です、作品をシェアできる環境があるからこそ、フォトグラフィーを通して自己を模索できていると気づいたのは。それで私のパーソナルなストーリーを突き詰めて、先入観でできたアジア系女性のイメージに向き合うことに興味が湧いてきました。インターネットは自分を探ることができる場でもあるけど、その模索している姿を見てもらえる場でもあるんです。

セルフポートレートと「Asian Girls」シリーズで、アジア人女性の世間一般的なイメージに揺さぶりをかけようと思ったのは何故でしょうか?
ロサンゼルスは多様性に富んだ街ですが、白人が多い郊外に育った私にはいつも「白人の人たちと、アジア人の私」という感じがありました。成長するにつれ、テレビドラマ『ギルモア・ガールズ』のレインや、映画版『スコット・ピルグリム』のナイヴス・チャウと比較されたりすることで、"白人が主役でアジア人は端役"とはっきり認識するようになりました。主役の白人キャラクターの親友やら恋の相手、主人公を振り向かせようと躍起になる端役と対比されるっていうのは、変な感じがするものです。そうした体験と、それを完全に反映しているメディアが私に劣等感を持った視点を植えつけたのです。

Asian Girls」は、大学を卒業してサンフランシスコへ引っ越した頃に始めたプロジェクトでした。新しい友達やアーティストとの出会い、もっと作品を見てもらえる環境を求めていました。新しい場所を知るのに、写真はいい手段でした。だけど、そこで気づいたのは、わたしが作品内の他の女性たちと比較されることが多かったということ。そしてそれが、ただ私たちがアジア系同士だからというだけの理由だったということです。それは決して、アーティストたちとの比較ではありませんでした。そこで、女性全体に競争関係のようなものが概念として強いられているのに気がついたんです。そのような考えを取り入れながら、私が育つなかで形成していったフェティシズムや自分らしさと向きあったのがこの「Asian Girls」シリーズです。

Me and Tim」は、あなたとティムの関係をテーマとしているわけですが、同時に"自分の体"もテーマとなっているように思えます。これは、他の作品にも共通して見られる視点と同様のものなのでしょうか?
Me and Tim」は厳密にいえば私についての作品です。私とパートナーの間にある愛と優しさをドキュメントしているのは確かです。しかしそれは、私が成長過程に直面した問題を掘り下げる手段でもあるのです。傷つきやすい心をさらけ出すことにもなりますが、同時に写真を通して強くなること、アイデンティティや自分の身体、目の前にいるティムとの関係を私がどのように模索していったかを記録することにもつながります。それから、私は"自分のイメージ"を作り上げていたことにも思い当たりました。これまでずっと自分と自分の人生を撮り続けていたのに、最近までその重要さに気づかずにいました。基本的に、写真は「これが私、これが私のアイデンティティ。先入観で決めつけられた自分は出したくはない」ものと思っていますが、それ以上にクリエーションであり、自分自身を認めることでもあるのです。

セルフィー(自撮り)は重要だと思いますか?
そう思います。とくに、"マスメディアでは自分のような人間が十分に描かれていない"と感じるひとには。いま、そう感じている人たちがステレオタイプではない描きかたを求めて声を上げているから、状況は変化してきていると感じます。自分の考えや意見が問題を引き起こしていると気づかない人は多いですが、それは彼らのいる環境に多様性が欠如しているからだと思います。セルフィーは、誰もが自己表現をできる場であり、お互いをより知ることができる空間なんです。

vivianfu.com

Credits


Text Emily Manning
Photography Vivian Fu
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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