Photography Laura El-Tantawy, In The Shadow of the Pyramids

写真で辿る、個人史としてのエジプト革命

エジプトの若者たちが国の非道な抑圧に直面する今、2011年に起きたエジプト革命を写真に収めた写真家ローラ・エル=タンタウィに話を聞いた。

by i-D Staff
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14 September 2016, 3:10am

Photography Laura El-Tantawy, In The Shadow of the Pyramids

エジプト革命から5年が経った。しかし、エジプトの情勢は落ち着きを見せてはいない。『Economist』誌が最近報じた記事によると、若者層の失業率はいまだ40%を超え、大卒生は読み書きに不自由がある層よりも就職の可能性が低いとまで言われており、国内情勢の不安はくすぶりを見せているという。「エジプトでは、夢を持つのは贅沢なことです」と、『In the Shadow of the Pyramids』でドイツ証券取引所写真コンテストの賞にノミネートされた写真家ローラ・エル=タンタウィ(Laura El-Tantawy)は嘆く。「若い世代には、多くを求めず堅実に生きる道しか残されていないんです」

エル=タンタウィによれば、2011年に立ち上がった市民たちは、3つのことを要求していたのだという。「食べ物、社会正義、そして自由」。それから大統領が2回替わった5年後の今、市民たちはその3つが実現されるのをただ待ち続けている。「抗議運動に参加していたひとたち、なかでも若いひとたちは、エジプト全国から死ぬ気で集まってきていたんです。みんなが死ぬ気で戦うことを納得していた——戦って勝ち取るべきものがあったからです」とエル=タンタウィは説明する。「それが今では、若い人たちが次々に誘拐され、子供の居場所がわからず悲しみに打ちひしがれる家族が後を絶たない。現実とは思えないような状況です」とエル=タンタウィは言い、第二のエジプト革命が起こるのではないかと話す。「今は静かですが、人たちのなかにくすぶっている、行き所のない感情は絶対に何かしらの形で噴出するはずです。そしてそれは、決して平和的な形ではありえません」

『In the Shadows』は、エル=タンタウィの個人的関与と献身的な制作姿勢のおかげで、ジャンルや先入観を超えた世界観を保持している。客観性という幻想を示唆するためのフォトジャーナリズムという言葉は、特にこの作品集には不相応に響く。「中立性という概念自体に、私はどうしても共感できません」と彼女は言う。「私はいつでも強い意見を持って生きていて、革命を推し進めたいと思っています。私の写真はそういった個人的な視点を打ち出す手段のひとつです」

だから彼女は、ヨーロッパ圏で横行する単純化された報道に対し、声高に異議を唱える。エジプト革命で女性たちが果たした役割についての彼女の主張は、そのひとつだ。「エジプト革命において女性は最初から最後まで前線に立って戦ったのです。警察や革命反対派と死ぬ気で戦いながら、負傷した男たちを仮設の診療所で介抱するたくさんの女性を、私はこの目で見てきました」と彼女は説明する。「女性は、革命勃発当初から革命の最前線にいたんですよ」。しかし、ヨーロッパのメディアはそんな闘いのストーリーは取り上げず、かわりに"タハリール広場で横行した性的暴行"というニュースを報じた。「その報道の仕方で、女性たちは一気に被害者としてのレッテルを貼られることになりました」とエル=タンタウィは、ヨーロッパのメディアがいかにエジプト女性の戦いと勝利を軽く扱ったかについて鋭く指摘する。またしてもメディアは、ヨーロッパに暮らす人々に植え付けられた"対アラブ"の先入観を煽るかのように、アラブ男性を悪者にしたてて報じたのである。

だからこそ今、エル=タンタウィの本はこれまで以上の意味を持つのだ。『In the Shadows』に収められた写真はどれも反抗する人々のエネルギーに満ち、2011年のエジプト革命の闘いの傷跡と苦悩を描き出している。シャープな接写ポートレイトから、騒然となる民衆の躍動を捉えたパノラマにいたるまで、印象派絵画のようなスナップの数々には、崩壊した国家に垣間見える希望、恐怖、そして言葉にならない悲しみが映し出されている。国の非道なまでの抑圧行動から逃げる民衆はブレて写り、母親たちは子供が負った致命的な傷に涙を流す。

この本の制作は、エル=タンタウィがフリーランスのフォトグラファーとしてその能力を証明できるものを作りたいと考えたことから始まった。しかし、プロジェクト開始早々、エジプト情勢の混乱が拡大し、彼女の目的意識もシフトしていった。エジプト革命は、世界的に大きな意味を持つ出来事であった一方で、エジプト人の彼女にとっては人生の大きな一部だった。仕事として始めたプロジェクトは、エジプト革命を機に個人的な巡礼の記録となった。この本は全編を通して、革命の象徴となったタハリール広場での現実を捉えた写真と、幼少時代の写真を入り交ぜた構成となっている。過去の平和なエジプトを知るエル=タンタウィの目を通して現在のエジプトが見える構成になっているのだ。

エジプトのメディアは、国に悪いイメージがつくのをさけるため、問題のすり替えを行ない、歴史はシシ大統領のもと書き換えられている。政治的な理由で若者たちの役割は最小化され、また若者層の支持が得られていない現政権にとって致命傷となるため、若者が持つ力について発言する者はいない。しかし、エル=タンタウィは若者たちの役割について断固たる姿勢を崩さない。「若者は革命において重要な役割を果たしました。Facebookを活用して動員を呼びかけ、Twitterで抗議を唱えて、民衆を動かしたのは若者世代だったんですよ。いま、国は彼らを警戒しています。政治活動をする若者たちを学校や家、大学などで誘拐しているんです。国にとっての脅威だからという理由で」。政府は、若者たちを「国の未来を担う存在」ではなく「消えかけていた火をまた盛り返そうとする存在」としか見ていないのだ。

国家イメージという課題は、革命が一応の終焉を見せてから5年が経過した現在、無視できないほど大きな問題としてエジプトの前に立ちはだかっている。そんな現状のなか、この『In the Shadows』は史実が正確に記録されていくプロセスにおいて、決定的な介入要素として機能する。学校の教科書は政府によって書き換えられ、「革命において重要な役割を担った人物たちの名前は消され、そこには別の史実と名前が加えられていく」のだと彼女は言う。「事実を完全にねじ曲げているんです」

政府による歴史の書き換えをやめさせるには、まず政府がエジプト革命の意味と重要性を認識しなくてはならないと彼女は考えている。しかし、現大統領が定めた独裁的なルールのもとでは、それも叶わないだろう。そのような社会状況では、『In the Shadows』のような作品こそ、歴史が市民のものであり続けるための道を作り出してくれる数少ない手段のひとつだ。しかし、このようなクリエイティブワークが現在のエジプトで広く市民の目に触れることは叶わない。『In the Shadows』は自費出版で作られているため、一般のエジプト人が買える価格ではない。そして、政府の検閲と弾圧の恐怖から、エル=タンタウィ自身もまた積極的にこれを販促できないのが現状だ。

会話も終わりに近づいた頃、私は彼女に、エジプトの未来を楽観的に考えているかと訊いた。すると、現在の政治不振、そして彼女の本も記録している民衆の闘いを踏まえて、エル=タンタウィは改めて断固たる姿勢を見せた。

「明るい未来を思い描けなければ、そこに残るのはネガティブなものだけ。そんなのはいけないんです。革命で愛するひとを失った人々、そしてエジプトをよりよくしようと立ち上がり、国民の誇りのために戦った人々に対しても申し訳が立たない。彼らのため、そして今エジプトで暮らしている全員のために、私たちは、あのとき夢見たエジプトを実現できると信じていかなくてはならないのです」

intheshadowofthepyramids.com

Credits


Text Edward Siddons
Photography Laura El-Tantawy
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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