チェット・ベイカーをイーサン・ホークが語る

チェット・ベイカーの伝記映画『ブルーに生まれついて』の公開を前に、主演でチェット役を演じたイーサン・ホークが、チェットというアメリカ西海岸スウィングアイコンの比類なきサウンドとスタイルについて語ってくれた。

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25 November 2016, 4:40am

1950年代前期、チェット・ベイカーは独特の即興的メロディと端正な容姿で、アメリカ西海岸のジャズシーンを席巻した。この時期、チェットはジャズやブルースなどルーツ音楽の聖書とされる雑誌『Downbeat Magazine』からトランペッター・オブ・ザ・イヤーに2回選ばれている。他のノミネートがルイ・アームストロングやディジー・ガレスピー、そしてマイルス・デイヴィスだったと言えば、彼がいかに評価されていたかをお解りいただけるだろう。しかし、1960年代に入るとヘロイン中毒との闘いが始まり、1988年にはドラッグで命を落とすこととなった。チェットは1966年にドラッグの売買現場で暴行に遭い、前歯が折れ、唇が切れるほどの怪我を負った。これで彼はアンブシュア(管楽器を吹くときの口の形およびその機能)を致命的に損なうこととなり、これがチェットの輝かしいキャリアの終わりだったと広く考えられている。

日本で11月26日(土)より公開される映画『ブルーに生まれついて/Born to Be Blue』はジャズの天才児が送った数奇な人生に起こった実際の出来事に、そこからインスピレーションを得て作られたフィクションの要素をからめた、チェット・ベイカーの伝記映画だ。名声を得ていく過程と失墜、そして70年代後期に復帰を果たすまでのダークな10年——「またトランペットを演奏したい」と義歯を入れた口で練習を重ね、ガソリンスタンドで働いて生計を立て、ドラッグから足を洗おうと地を這うような思いを繰り返す10年を描いている。自身も熱狂的なジャズファンであるというイーサン・ホーク監督は、これまで広くは知られてこなかったチェットの一面を、大胆に、そして鮮明に演じ、目がくらむような成功と辛酸を舐めるどん底の日々がどのようなものであったか、そしてそんな紆余曲折がいかにしてチェットにアイコニックなサウンドを生み出させるに至ったかを見せてくれる。i-Dはホークにインタビューを行った。

ジャズミュージシャンの多くは素晴らしいファッションスタイルを確立していましたが、チェット・ベイカーはそのなかでも群を抜いていました。この映画のなかでファッションが果たした役割とは一体どこにあったと思いますか?
チェット・ベイカーには、アイコニックなイメージがふたつある。ひとつは、キャリアの初期にウィリアム・クラクストン(William Claxton)が撮った白黒の写真。もうひとつは、ブルース・ウェバー(Bruce Weber)の映画『レッツ・ゲット・ロスト』に見るチェットのイメージだと思う。『ブルーに生まれついて』の冒頭は、映画のなかに映画が描かれているんだけど、そこで僕たちが目指したのは、クラクストンが作り出したアイコニックな初期チェットのイメージをそこに作り出すことだった。あの美しい白黒のイメージをあのシーンに語らせたかったんだ。映画の最後のシーンで僕が着ているのは『レッツ・ゲット・ロスト』でチェットが実際に着ていた服だよ。初期と後期のあいだ、名声を失っていた時期にチェットがしていた服装を知れるのは楽しい体験だったね。ヒゲにフリンジジャケットの写真なんかも残っているんだ。その時代のファッション、そのときのワードローブがストーリーを物語り、伝えてくれる——とても興味深いことだった。

役者自身もスタイリングに関わったり、写真でのリサーチをしたりということは、役作りのプロセスにおいて必ず行うものなのでしょうか?
プロジェクトによって異なるね。実在した人物を演じたこともあるけど、ここまで有名な人物を演じたことはこれまでになかった。有名人の伝記映画となれば、観客は多かれ少なかれある程度のイメージをすでに持った状態で観ることになる。だからそういった先入観も踏まえた上で、ただのものまねにはならないように注意しなきゃならないんだ。ただマネをするだけじゃ、映画としての深みに欠けてしまうからね。今は、誰もがどんなものもリアルに見ることができる時代で、Googleで画像検索もできれば、動画サイトでインタビュー映像を観ることだってできる。映画はそれ以上の何かを持っていなければならないと僕は思う。映画の制作現場では、それぞれに独自の準備が必要になるんだよ。『ブルーに生まれついて』では、これまで僕が関わってきたどの映画よりも自分自身を深く掘り下げ、自分を通してチェットを理解する必要があった。この映画の後には『荒野の七人』のリメイク版の撮影があったんだけど、そこでは1860年代の男としての服装も乗馬も自分のものにしなくちゃならなかったからね。

ファッションについてお訊きするのは、チェット・ベイカーが「ジャズ界のジェームズ・ディーン」と呼ばれていたという事実があるからで、スタイルや美的感覚が私たちの音楽に対する理解にどう影響するのだろうと考えたからなのです。
チェットはその輝かしいキャリアの頂点で『Downbeat Magazine』誌からベスト・トランペッター・オブ・ザ・イヤーに選ばれたんだ。あのマイルス・デイヴィスがトランペットを吹き、あのルイ・アームストロングもディジー・ガレスピーもトランペットで鳴らしていた時期にだよ。じゃあ、チェットが真にその年最高のジャズトランペッターだったかと問われれば、たぶん答えは「ノー」だと思う。そこには、「とんでもなく端正な容姿の白人だった」ってことが関係してたに違いないんだ。白人の観客を魅了できる存在だったんだよ。それはネガティブなものとも見ることができるし、作られた人気だったとも考えられる。虚像だったわけだよね。でもそれはチェットの責任じゃない。当時はそういう社会だったんだ。チェット以前にも、白人で黒人のカルチャーや黒人の音楽に惚れ込んでしまったミュージシャンは少なからずいたわけで、とするとやはりチェットがあそこまで人気と評価を得た裏には、彼の容姿が大きく関わっていたんだと思う。それでも、黒人カルチャーに対する彼の愛は本物だったし、彼は偉大なジャズマンになるための努力は惜しまなかった。ただ、彼が得た名声には、彼がジャズシーンに数少ない白人だからもたらされたものがあったというのも確かなんだよね。

現在のカルチャー、特に映画の世界では、過去への懐古が多く見られるような気がしますが、どうでしょうか?
すべてが一定周期で戻ってくるような感じがするね。僕が高校を卒業した頃にはたくさんのジャズ映画が作られていた——『レッツ・ゲット・ロスト』もそうだし、『バード』も、『セロニアス・モンク/ストレート・ノー・チェイサー』も『ラウンド・ミッドナイト』もあの頃に公開されたんだ。過去への渇望みたいなものが時代の空気にあった。でもそれは突如として消えてしまったんだよ。10年ぐらいの間、誰もジャズに関する映画は撮らなくなった。今ニューヨークでは、チェット・ベイカーの映画を観た後に、1ブロック離れた映画館でマイルス・デイヴィスの映画を観られるような状況になってる。同じ映画館でそのふたつの映画が上映されていたりね。

ブルーに生まれついて』は、特定の音楽ジャンルに関する映画ではありますが、観ていると「アイコニックなミュージシャンには普遍的ななにかがあるものなのだ」と感じさせられます。ジャズはロックとは全く違う音楽ですが、ジャズミュージシャンには、ロックスターのオーラというべきものがあるのですね。
その通りだと思う。音楽を書いても文学的な日記を書いても、パティ・スミスはこれまでずっとロックスターのカリスマ性を放ってきた。クエンティン・タランティーノなんかはロックスター的映画監督だよね。チェットには、そういう類いのロックスターアピールがあったんだ。マイルスにもあった。それが彼らの名声を高めたし、ジャズという音楽ジャンル自体も高めていったんだと思う。個性の力があって初めて民衆を惹きつけることができるんだね。

映画の冒頭で、マイルスがチェットに「人生ってものをもう少し経験してから」また戻ってプレイしろと言いますね。この映画は、人生における経験や選択がどうチェットの音楽に影響したかを如実に描いているように感じます。
晩年のチェットが東京で行なったパフォーマンスを聴いてみてほしい。チェットのミュージシャンとしての生涯を、見放すことなく追い続けた大物ジャズ批評家がいるんだけど、彼曰く、東京でのライブは「疑いの余地なく、最も偉大なジャズパフォーマンスのひとつ」だったんだよ。チェットが奏でる音にはニュアンスがあって、美しいメロディがあって、初期チェットの西海岸スウィングともいうべき美しさがあって——でもその全てに、哀愁と真の悲しさが溢れているんだ。本物の"悼みのジャズ"とでもいうべきものがそこにはあって、それはとても美しいんだ。それは紆余曲折を経たチェットからしか生まれない音。僕がこの映画で密かに気に入っているのは、実際に起こったことに対して、それをどう感じるかは完全に観客ひとりひとりに委ねられているというところ。何を感じるかをこの映画は強要せず、そこにはただ状況だけが描かれているんだ。彼が人生において何を選択したかを観て、皆がそれぞれに何かを感じてくれたらと思う。

ブルーに生まれついて』は2016年11月26日(土)よりBunkamuraル・シネマ、角川シネマ新宿他にてロードショー。

Credits


Text Emily Manning
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.