『ヴァージン・スーサイズ』ボーイの視点をもった写真家

マキシマ・インベールの写真作品は、ソフィア・コッポラの名作映画のように魅惑的でミステリアス。

by Zio Baritaux
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05 December 2016, 11:30am

パリの写真家マキシマ・インベール(Maxime Imbert)自身が「絶望的なほどにロマンチック」と形容する撮る女性のポートレイトは、彼の持つ好奇心が生んだものなのだそうだ。「ミステリアスなリスボン姉妹のことばかり考えてしまい、『彼女たちは家にいるとき、どんなことをしてるんだろうか』と妄想する、映画『ヴァージン・スーサイド』の男の子にでもなったように感じるときがある」と彼は言う。思春期特有の、あののぼせたような感覚——そんな彼の視点から見た女性はなんとも魅惑的で謎めいて見える。イノセンスとエロチックの境界線とは、一体どこだろう?透けたタンクトップを着た三つ編みの女性が、うらぶれた郊外のストリートでカラフルなアイスキャンディを頬張っている。『ヴァージン・スーサイズ』のオープニングを思わせる作品だ。この写真には"この子は恥ずかしがりなだけ?それともそれも計算ずく?"と書かれている。「答えは見るひとによって違うはずです」とインベールは、続くインタビューのなかで語っている。インベールがノスタルジアについて、そして彼の作品の中枢を成すテーマについて語ってくれた。

初めて写真に興味を持ったのはいつでしたか?初めて写真に心動かされたときのことを覚えていますか?
2012年にパリのグラン・パレで開催されたヘルムート・ニュートンの回顧展を見にいったときのことを今でも鮮明に覚えています。『Big Nudes』シリーズの展示の前で何時間も過ごしました。自信に満ちた眼差しで立つ裸の女性たちが実寸大よりもはるかに大きく引き伸ばされたその存在感に圧倒されましたね。あれが、僕にとって初めて写真というものを真剣に考えさせられた瞬間でした。

いつそしてなぜ、自分でも写真を撮ろうと思ったのですか?
セントラル・セント・マーチンズ校の一年生だったときですね。美術専攻でしたが、写真を現像する暗室に夢中になりました。静かで、あの赤いライトだけが照らすあの空間にね。自分を自由に表現できると心から感じたんです。

あなたの作品の被写体が主に女性なのはなぜでしょう?そして、なぜ女性的感性により深い親しみを感じるのですか?
そこに好奇心を掻き立てられるからでしょうね。よく、自分が『ヴァージン・スーサイズ』に出てくる男の子たちになってしまったように感じるときがあるんです。リスボン姉妹のことが気になってしかたなく、あの5人姉妹が家という空間にいるときは何をしてるんだろうかと考える、あの男の子たちのようにです。イマジネーションのなかで、物語の中心はいつも女の子なんです。

あなたの写真では、ヌードトーンがいたるところに用いられています。素肌の色調に惹かれるのはなぜなのでしょうか?それは過去が醸し出すイノセンスへの傾倒なのでしょうか?
僕の世代は、過去に対してとてもノスタルジックです。今は2016年——2000年代が終わって数年前しか経っていないにもかかわらず、2000年代がすでに再評価されているわけです。こうした現象はいたるところで起こっていると思います。僕は現在に根を張っていますが、このノスタルジアというものがあってこその美的感覚というものはたしかに僕のなかにもあるんですよね。このあいだ、初めてニューヨークを訪れたんですが、ダイアン・アーバスが撮った『Central Park』のポートレイトシリーズやジョエル・マイロウィッツが撮ったマンハッタンの街並み、アンディ・ウォーホルやヴェルヴェット・アンダーグラウンドを見て育ったから、初めてなのにノスタルジアを感じました。不思議な経験でした。

友達の首にかかったキャンディネックレスを、もうひとりの女性が食べようとしている写真がわたしのお気に入りです。青春時代と、友達に対して感じてやまなかった親密さをとてもリアルに思い出しました。あなたの作品で、友情と親密さがテーマとなっているのはなぜですか?
あの写真のふたりは、実は双子の姉妹なんです。当然ながらふたりの関係はとても特別なものです。物語性は写真にとって絶対的な役割を担っているから、友情や親密さといったテーマはとても重要になってくるわけです。そうしたテーマこそが、僕が作品に盛り込みたい物語を作り出してくれるのです。映画『籠の中の乙女』のあるシーンに、姉妹が時間潰しのためにお互いの腹や肩を舐め合うというのがあって、複雑な思いがするシーンではあるんですが、視覚的にはとても面白いなと思います。

あなたの作風にもっとも影響を与えた写真家は?
難しい質問ですね。シリーズをひとつ挙げるとしたら、リチャード・アヴェドンの『In The American West』になりますね。本当に素晴らしい作品群です。写真以外に、映画にインスパイアされることも多い。ホラーやスリラー映画が特に好きですね。『キャリー』は僕にとって永遠のお気に入り映画です。シシー・スペイセクは天才女優だと思います。シシー・スペイセクが演じるキャラクターは、とてもバランスがとれた女の子で、それが可愛くもあり怖くもあるんです。僕が自分の作品中に求めるのは、優しさのなかにかすかな狂気が覗くような、そんな入り組んだフィーリングだったりします。

あなたは以前、ご自分を「美のコレクター」だと言っていますが、この「美」とはあなたにとってどんな意味を持つのでしょうか?「美」とはなんですか?
写真を撮るということは、そこにあるものを盗用するということに他なりません。だから、コレクターなんです。僕はとても執着心が強くて、たとえば頭にある顔が浮かぶと、その顔をなんとかして見つけ出したくなって、街を探して回ったりしてしまう。僕にとって、美は原動力でもあり起爆剤でもあります。と色々語りはしますが、美の定義は分かりません。言葉にするにはあまりにパーソナルで、主観的なものですから。それに、歳を重ねるごとにその感覚は変わっていきますしね。

完全と不完全、どちらをより美しいと思いますか?
不完全さの完全さですね。不完全と完全が補い合って初めて成り立つもので、ふたつは切っても切り離せない要素なのだと思います。

Credits


Text Zio Baritaux
Photography courtesy Maxime Imbert
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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