Azzedine Alaïa by Sølve Sundsbø

「一番大切なふたつのもの」:アズディン・アライア 2013年のインタビュー

<これは2013年11月にi-Dが行ったインタビューの再録です> 史上最も愛されたデザイナー、アズディン・アライア。彼のプライベートに潜入するというのは、ファッションの聖地に足を踏み入れるようなものだ。そこは食べ物と家族が何よりも大切にされる世界だった。

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nov 21 2017, 1:33pm

Azzedine Alaïa by Sølve Sundsbø

This article was originally published by i-D UK.

「紅茶にする? それともワインがいい?」とアズディン・アライアは私たちに聞いた。ありがたいことに選択肢を与えてくれたのだ。ここに来たのはインタビューのためだったが、人目に触れたがらないことで知られる彼はまず昼食を取ろうと言った。14人掛けのテーブルの端と端に座った私たちはアライアのオフィスのど真ん中にある巨大なキッチンで彼のチームに囲まれていた。アライアは毎日ここで社員と昼食をともにするのだという。そしてスーパーモデルやスタイリスト、芸術家、編集者など、その場に居あわせた全員がそこに加わる。議論や討論、そして笑いがこの場から生まれるのだ。つまり彼の仕事に生気を宿す場所なのである。

部屋を見渡した私は昼からワインを飲むような人たちが来る場所ではないことを悟った。みんなこれから仕事があるのだ!「紅茶をお願いします」と私は答えベルガモット・ティーをすすって「おいしいですね」と言った。ラベルを確かめるとアライアはクスクス笑いながらこう言った。「これはイギリス製だ。君はわざわざロンドンからパリまでやってきて、一番美味いイギリスのお茶を飲んだんだ」。アライアの手にかかれば世間話でさえも洗練される。冷製のパンプキンスープ、ローストビーフ、野菜、そしてデザートにはクリームを添えたキャラメルケーキというコース料理を楽しみながら、アライアは皆が愛してやまないその優しさとユーモアを存分に披露してくれた。1940年代にチュニジアで生まれたアライアはもともと国立高等美術学校で彫刻を学んでいた。彼のつくる洋服からはその片鱗が見て取れる。ファッションにその目を奪われた彼は美術学校を卒業後すぐに妹に頼み込み裁縫を教えてもらったという。50年代にパリへ移った彼は富裕層の洋服の仕立兼ハウスキーパーを経て、DiorやYSL、Guy Larocheなどで短期間働く。そして友人のティエリー・ミュグレーの推薦で80年代はじめに自らのブランドをスタートさせた。

アライアは決してメディアの機嫌をとることも、毎シーズンやってくる納期にプレッシャーを感じることもなかった。状況がめまぐるしく移り変わるこの業界で、彼は新鮮な空気のような存在であり、誠実さや質の高さが何よりも重要だということを証明する存在なのだ。アライアが自身のブランドを始めたとき、同時代のデザイナーはこぞって大掛かりなショーを披露していた。しかし彼はファッションウィークが終わった数日後に自分の店でショーを開いた。、そしてそれは今も変わらない。彼が納得いかないものを発表することは決してなかったのだ。

80年代、デザイナーたちが競ってユニセックスでオーバーサイズの服を発表している時期に、アライアは女性のフォルムを前面に打ち出したプロダクトをデザインしていた。その服のどれもが女性の体を引き立たせ、長所を強調し、短所を覆い隠している。ウエストを引き締め、ヒップラインをなめらかにし、品を保ったほどよいセクシーさを加えるのである。

どんなスーパーモデルもアライアのショーに出るためなら他の仕事を断ることもいとわない。ショーに出れば彼の世界の一員になることができるのだから。ナオミ・キャンベルやベロニカ・ウェッブとは家族のような付き合いをしており、彼の家に滞在してはまたどこかに行くことが長年続いているという。

「こんなにも美しいものに囲まれていて私の人生はとてもラッキーだと思っている。あの子たちはここからキャリアを築き出したんだ。その若さ、美しさを私にくれたんだよ。とても感謝している」

Azzedine Alaïa and Charlotte Stockdale by Sølve Sundsbø

「こんなにも美しいものに囲まれていて私の人生はとてもラッキーだと思っている。あの子たちはここからキャリアを築き出したんだ。その若さ、美しさを私にくれたんだよ。とても感謝している」。アライアはいまだに80年代のスーパーモデルたちと連絡を取り合っている。彼が飼っているアヌアルという名前の小さなマルチーズはナオミ・キャンベルからのプレゼントだ。ニューヨークで彼の作品をフィーチャーした展覧会を企画したステファニー・シーモアは、パリに来ると必ず彼のアトリエを訪れるのだという。リンダ・エヴァンジェリスタ、ナオミ・キャンベル、クリスティ・ターリントンといったモデルたちが彼の手掛けた彫刻のようなボディコン・ドレスを着た数々の写真は当時を象徴するイメージのひとつであり、今なお影響を与え続けている。「私のつくる服はすべての女性への、そして私の人生に関わったすべての女性へのオマージュなんだ」とアライアは言う。30年以上も前に彼が生み出したデザインの多くは現在のコレクションにも登場している。彼の作品には魔法のような力がある。例外なくすべての服が時代を超越しているのだ。もちろん技術は変わっている。新しい素材やヘムライン(裾の形)が変更することはあるが、ひとつひとつの作品やコレクションに連続性があり、その時代に適応するのだ。「今だけでなくすべての時代に適合することは、私にとって非常に重要なことなんだ」。アライアはそう説明してくれた。「革命を起こすつもりはない。常に進化するということ。デザインやアイデアを得たらそれを発展させる。今から20年は使えるものでなくてはならない。CHANELはそうやってきたし、CHANELが今でも成功し続けるのもそれがあったからこそ。とてもいい考えだから変えるようなことはしなかった」

言うは易し、行うは難し。しかし彼はその信念を貫き続けている。ブランド設立から30年経ってもなおアライアは新たな刺激を求めているのだ。パリコレが開催される数週間前、彼とキュレーターのオリヴィエ・サイヤール(Olivier Saillard)は展覧会をスタートさせた。タイトルはシンプルに『アライア』。場所は、リニューアルされたばかりのパレ・ガラリア。ティナ・ターナーが着たメタルビーズのドレスから90年代のスーパーモデルたちを彷彿とさせるレオパード柄のニットドレス、そしてグレイス・ジョーンズが着たフード付きのニットドレスまで、彼がキャリアを通して生み出してきた数多くの作品が並んだ。隣にあるパリ市近代美術館では、彼がつくったガウンがマティスのニンフのびっくりするような背景と並置されていた。「展覧会は今までに何度もやってきたから、人生を通して待ち焦がれていたものだとは言えないけど、パリでやれたということにはもちろん意味がある。私にとって、ここでやるのはとても大切なことなんだ。だって私はここにいるからね。だからここでやるべきなんだよ」と彼は話した。次の開催地として予定しているのはロシアとニューヨークだという。

アライアにとっては、現代的であることがすべてだ。最近彼はリアーナがグラミー賞授賞式に着るための赤いドレスをデザインした。実際の衣装が展覧会でも展示されている。テーブルの反対側では彼の甥のモンテッサが、ついさっき招待されたばかりのJAY・Zのライブに行くかどうかを話し合っている。リアーナ、シャキーラ、ビヨンセ、そしてアリシア・キーズだってそこにいるはずだ。「彼ら全員好きだよ。みんなここに来たらいい。何か着せてあげよう」と彼は言う。実際ワカワカという名前のマルチーズはシャキーラがプレゼントしたものだ。

いくつかの報道とは裏腹にアライアは今シーズンも新しいコレクションを手掛けていた。単にそれをプレスに見せないと決断しただけのことなのだ。それは自分が望むほどアイデアを練り切れていないと感じたからだ。「このシーズンは時間が足りなかった。展覧会用の洋服をすべて手直しするのに、膨大な時間がかかった」と彼は説明した。にもかかわらず、このコレクションにもまた構築的な要素が盛り込まれた。ストレッチの効いたシルクキルトが軽い印象を演出し、ウエストは引き締められ、丸いヒップか床に向かって流れ落ちる。裾は花びらのごとく波打ち、立体的なジグザグを描く。服というよりは魔法がかけられた彫刻のようだ。

おそらく自身のアーカイブに取り組んでいる最中にインスパイアされたのだろうが、アライアは自身のアイデアを再解釈している。メタルのアイレットが打ち込まれたレザースカートだ。オリジナルは彼が最初に注目された80年代のコレクションに登場しており、パレ・ガレリアにも展示されている(アライアは洋服にレザーを取り入れた最初のひとり)。毎シーズン登場するシャツドレスなどクラシックなものもつくられたが、スカートにはバイアスカットのひだがつけられ、ウエストにはひかえめにドローストリングがあしらわれている。こうしたシンプルなアイテムであってもアライアの手にかかれば、女性の魅力が引き立つ洋服になる。

Azzedine Alaïa Studio by Gilles Bensimon

つくったパターンはすべて完璧に仕上がるまで練り上げる。数週間、数ヶ月もかかることもあるが、彼が納得できるまで完成とは言えないのだ。「パターンも引くし、それを手直しするのも自分でやる。撮影や販売にもかかわっているんだ。誰かから引き継いだら、製造過程が正しくできているかを明確にする。一番好きじゃない分野だけど大事だからね」。どうしてすべて自分でやることが大切なのかと問うと、彼はシンプルにこう答えた。「そういうふうになっているからさ」。アシスタントのひとりに、このスタジオには何人スタッフがいるのかと聞くと彼女からこう返答があった。「アシスタントは何人かいますが、アライア自身がスタジオであり、スタジオはアライアなんです」

彼の献身や情熱は、その洋服を見ればわかる。服に対する彼の熱烈な思いは他に類をみない。それゆえに編集者、デザイナー、スタイリスト、バイヤー、すべての女性を虜にする。「女性に自分を素晴らしいと感じてほしい。それが私にとってすべてなんだ。服をつくっているときすべての女性のことを考える。誰か一人ではなくすべての女性を。彼女たちに自信を持ってほしい。年齢は関係なくすべての女性に。君だって私の顧客だよ。今は何着か買うだけかもしれないけど、年を重ねてもっとたくさん買えるようになったとき、もっと着飾らせてあげよう」。と彼はいたずらっぽく微笑みながらそう話す。ナオミ・キャンベルや、ステファニー・シーモア、カルラ・ソッツァーニ(Carla Sozzani)、そしてi-Dのファッション・ディレクターのシャーロット・ストックデイル(Charlotte Stockdale)などを虜にし、家族のような関係が彼の周りに生まれた。アライアは最近、趣味の多くをやめたのだという。「旅するのは机からテレビまで。時間がないからね」。それでも読書を好み、古いキャバレーや無声映画を楽しんでいる。目を輝かせながら彼は告白した。「もしデザイナーになっていなかったら俳優とか、歌手、ダンサーになりたかった。今の仕事がものになっていなかったらね」。今は余暇もコレクションに費やしているそうだ。

アライアはBALENCIAGA、Maison Margiela、VIONNET、そしてCOMME des GARÇONSの膨大なコレクションを所有している。「誰一人として除外したくない。好きなデザイナーを挙げるとしたら川久保玲だけど、それは彼女が偉大な女性だから。彼女は突出しているし作品も大好きなんだ」。彼はまたマーティン・セーケイ、ブルレック兄弟、ピエール・シャルパン、そして親友でもあるマーク・ニューソンの作品も数多くコレクションしている。

アライアにとってアートと作り手の間には絶対的なつながりがあるのだという。自身の洋服のコレクターと長年の友人になっているのと同じように、彼もまた自分がコレクションしている多くの作家と友人になっている。「作品が好きでも作家には会いたくないという人もいる。幻滅してしまうかもしれないからね。だけど私は自分がコレクションしている大好きな作品の作家と会いたいんだ。作品が気に入った作家のことはいつも好きになる。その人のありのままを受け入れるんだ。作品が好きなら作家も好きになる」。ゆくゆくはムーシー通りにある彼のショップ(現在は彼のアトリエ、ショールーム兼自宅として使われている)をアライア財団に作り変え、彼自身のアーカイブと、彼がコレクションした他のデザイナーや作家の作品を保管しておく場所にする予定だという。

パリコレが終了した週末にひっそりとアライアは自身の第2号店をオープンさせた。パリのゴールデン・トライアングルに位置する3階建ての宮殿のような新しい建物の隣には、BALENCIAGA、Prada、CELINE、そしてCHANELが立ち並ぶ。アライアによれば自由を確保するためショーウインドウはないが、天井は高く、明るくて開放的な場所で中央の中庭に面している。色や素材がその持ち味を花開かせ、彫刻のようにディスプレイされたアクセサリーやドレスが引き立つ空間だ。ではなぜこのタイミングなのか。最初のショップをオープンしてから30年も経っているのに?「単にいい場所を探していた。そして私たちはこの店を見つけたんだ」。と彼は答えた。

Gisele at the Azzedine Alaïa Studio by Gilles Bensimon

「私たち」というのは10コルソ・コモのオーナーであるカルラ・ソッツァーニが入るからだ。彼女はアライアの親しい友人であり、ビジネスパートナーのような存在でもある。このショップをオープンさせるにあたり、重要な役目を担ったそうだ。「彼女は姉のような存在でとても大事にしている。エネルギーに溢れ、いつもポジティブで楽観的、それにとてもエレガントなんだ。強くて、同時に穏やかでもある。彼女のような人には、一度も出会ったことがない。編集者やスタイリストなど、私は多くの人に会っているけど彼女のような人には会ったことがない。本当に一度もね」

アライアの人柄は彼が作る服のようだ。一度彼に会えばそれがわかるだろう。その優しさはチュニジアという彼の故郷に由来しているのかもしれない。そこではいつも家族や友人に囲まれ食事を共にし、多くのことを話し合ったのだという。「ぜいたく、とてもぜいたくさ」

「ぜいたくはたくさんのお金や大きな車を持つことだという人もいる。でも私にとってはそんなものはまったく意味がない。まずはおいしい食事がなくちゃ。私にとってぜいたくはやりたいことを毎日できるということ。すてきな友だちや家族と一緒に美味しいスパゲッティを食べること。ほっぺたが落ちそうなモッツァレラとトマトとバジルのサラダでもいいけどね」

ある映画監督はかつてこの世に大事なことは4つしかないと言った。健康、教育、人、そしてお金。「もちろん、健康であることは大事だね」とアライアもそれに賛同する。「貧乏でも、健康であれば働ける。正直教育なんてなくても、働くことはできるし、おいしいサンドイッチも食べられる。だけどこの世のお金をすべて集めても、私がつくったシンプルなパスタを買うことはできない。健康と友人は一番大切なふたつのもの。それ以外はどうだっていいんだ」

Credits


Text Anna Laub
Portraits Sølve Sundsbø
Studio Photography Gilles Bensimon
Fashion Director Charlotte Stockdale

Photography assistance Myro Wulff, Hannah Burton, Moritz Kerkmann, Mathieu Boutang
Retouching Digital Light Ltd
Production Therese Lundstrom at Brachfeld Paris
Translation Aya Takatsu