「かっこいいことに価値を感じない」コミック作家・カナイフユキ が"弱さ"を描く理由

書き溜めたZineをまとめた合本『LONG WAY HOME』を刊行し、注目を集めるイラストレーター/コミック作家のカナイフユキ。彼がフランク・オーシャンなどのカルチャーアイコンを描く理由とは? 男性的であることやかっこよさへの違和感をカナイに話を聞いた。

by Sogo Hiraiwa; photos by Eriko Nemoto
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30 July 2019, 9:00am

「カナイさんの存在は尊い」。この前あるインディペンデント雑誌の編集長と話していて、そんな発言が出た。なんかわかる。神格化するわけではないが、カナイフユキがこの現代の日本にいるということ自体に、安堵と心強さを感じるのだ。

イラストレーター/コミック作家として活躍の場を広げているカナイフユキ。これまでにポップアイコンをモチーフに描いたイラスト作品や独自のユーモア溢れるコミック、文学や映画の断片をカットアップしながら自身の心情を綴ったZineなどを発表。近年では、小説や雑誌へ作品を寄稿している。

昨年末には、2015年から2017年にかけて制作した3冊のZine『HOME』『WAY』『LONG』を一冊にまとめた『LONG WAY HOME』を刊行した。ウィリアム・バロウズやキャシー・アッカーの文章を引用して紡がれたエッセイ、痛快な毒舌を交えた会話がやみつきになるコミック「ホモジェナイズド」、柔らかい色彩が新しい男性像を予感させるイラスト作品。カナイのマルチな才能が惜しみなく注ぎ込まれている。

Fuyuki Kanai
カナイフユキ『WAY』

Zineを作る3年間で、カナイは読者やジンスタ(Zineの作り手)と出会い、新たな思想やインスピレーションを得ていった。『LONG WAY HOME』はその移り変わりの軌跡であり、テン年代の東京の空気や匂いが多様なかたちで定着したドキュメントである。

今回i-Dはカナイフユキにインタビューを敢行。フランク・オーシャンを絵に描く理由、「フェミニズム」に対する捉え方の変化、かっこ悪さをさらけ出すことのメリットについて話をきいた。

——今回『LONG WAY HOME』にまとまったZine三部作ですが、一冊目の『HOME』を作り出したころのモチベーション、きっかけを教えてください。

カナイフユキ:最初は、イラスト・文章・コミックと自分ができることをすべて詰め込んだポートフォリオができたらいいなと思っていました。どれかでお金を貰えるようになったらいいなという、ZineのDIYスピリットとはちょっと離れた下心もあったんですが、3年間続けて、3冊作りたいという思いはありました。

——合本は『LONG WAY HOME』ですが、刊行順だと『HOME』『WAY』『LONG』の順番ですよね。一冊目が『HOME』なのは、家や故郷といったことに関心があったからでしょうか?

カナイ:安心できる場所とか安心できる状態、そういうものを自分で作っていくような意識がありました。その頃は生活が苦しかったんです。経済的な意味だけじゃなく、人生全体が(笑)。そういったときに、一緒にいると安心できる人や読んでいて安心できる文章にすごく救われたんです。そういうものを自分で、紙面の上に作り出していくような感じでした。物理的ではなく、精神的な安息の場所を。あと実際の家族や故郷との関係を、創作を通じて見直したかったというか、あまり良くない思い出もあるので、それを捉え直したいという思いもありました。

——Zineを出すようになって、読者やジンスタたちとも出会うようになったと思います。交友関係に変化はありましたか?

カナイ:僕のZineはかなり自分を開示して書いているじゃないですか。セクシュアリティのこともそうですが、「ホモジェナイズド」に書いているような、世の中への不満みたいなものって普段の生活ではなかなか口にできるものじゃない。それを読んだうえで、仲良くしようとしてくれる人はやっぱり違いますよね。とても付き合いやすいです。それと、同じ意見や似たような考えを持っている人と出会いやすくなったと感じます。

——はじめてカナイさんのZineを読んだとき、そのさらけ出し具合に驚きました。

カナイ:よく言われることですけど、Zineって安全なメディアなんですよ。アンチや余計なことをいう人、ただ批判することが楽しみになっている人がこない。Twitterだとたくさんいますけど(笑)。だから安心して書けるというのはあるかもしれません。

Fuyuki Kanai
FUJIYA RESTAURANT, Nishi-Eifuku(2018)

——あとがきには、制作中に出会いその後の内容にも影響を与えたものとして、フェミニズムが挙げられていました。

カナイ:Zineを作り始めたのと同じ頃に、どこからともなくフェミニズムが近づいてきたように記憶しています。ビヨンセの『レモネード』を聞いたり、レナ・ダナムの『GIRLS/ガールズ』を見たり、「テイラー・スウィフトもフェミニズム勉強してるらしいよ」って話を友達からゴシップネタとして聞いたり。ポップカルチャーの一部として、イケてるものとして自分の耳に入ってきたんです。ビヨンセがMTVのアワードライブで、ステージ上に「フェミニスト」の文字を掲げるってこともあったじゃないですか。あの印象は強かったです。

——まず言葉に出会ったんですね。

カナイ:そうです。じわじわとフェミニズム的な表現に出会っていった感じだと思います。それまでの僕が持っていたフェミニズムのイメージって、第二波で止まっていたんですよ。

——パワフルで独立したキャリアウーマン。スカート履かない、毛を剃らない、みたいな?

カナイ:そう。背広を着ているようなイメージだったんですけど、それが更新されていた。それと前後してZineを作りはじめて、モヤモヤしていたものを文章なり漫画なりにしていったわけですけど、そこで自分の持っていた問題意識がフェミニズムの課題と重なっていることに気づいていったんです。たとえば「男らしさ」「女らしさ」の規範、父が一家を守って支えるみたいな家族観、男女のペアに限られた恋愛観。自分はそういう「常識」とされているものや社会の風潮に傷つけられていたんだと認識できるようになった。

——どの問題も、その背景にある社会通念や大きなシステムが根本的な原因になっているということは多いですよね。

カナイ:経済のかたちも家父長制を守るようにできていますよね。健康な男性が稼いで、それ以外の人たち(女性や障害を持った人たち)がそこからこぼれ落ちてしまうシステムになっていますが、フェミニズムはその問題もフォローしようとしている。フェミニズムは女性が主体というか、女性が不平等な立場におかれているという前提があるから、男性である自分は「僕も」とは言えないんですけど。それを差し引いても、課題が重なっているなと思ったんです。

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I WAS BORN TO MAKE YOU HAPPAY(Britney Spears)(2016)

——フェミニズムはどうやって掘り下げていきましたか。本を読んだり?

カナイ:東大にクィア理論の公開講座があって、友達に誘われていくようになったんです。それが僕のフェミニズムの入り口になりました。クィアスタディーズを知る際にフェミニズムは避けて通れないから、必ず出てくるんですよ。ジュディス・バトラーとか。

——この『HOME』『WAY』『LONG』三部作を作っている最中ですよね。そこで学んだ知識や理論が制作にも反映されるということはあったのでしょうか?

カナイ:理論として書かれたものを読んでいくなかで、初期に描いたコミックにこれはまずいなっていうセリフがあってハッとする、みたいなことはありましたね。

——たとえば、どんなところですか?

カナイ:倫理的によくないとわかっていながらそれを無視して描く悪趣味サブカルみたいなノリがあったなとすごく反省しました。だから合本のあとがきには、「ブスいじり的な表現」をしてすみませんでした、と書いています。

——理論に触れることによって、自分の問題意識がクリアになっていったということはありましたか?

カナイ:最初はもやもやしていてなんとなく辛い。たとえば、インスタで華やかな生活のようすを投稿してる人に腹を立てて、毒を吐いたりしていたんですけど、世の中の仕組み自体がそうさせているということに気づいて、だんだんそっちをネタにしていくようになりましたね。うまく軌道修正しながら続けられてよかったです。ずっと最初のままだったらと思うとすごく怖い。

——この合本にはカナイさんが変わっていく様子が実録として収められています。その過程が見せているのが重要だと思いました。合本にまとめる際に、不適切なところをカットしたり、修正したりすることは考えなかったのでしょうか?

カナイ:最初は修正しようかと思ったんです。でもやっぱり変わっていったというのを見せたくて、このかたちにしました。

——絵についても聞かせてください。フランク・オーシャンやブリトニー・スピアーズなどカルチャーアイコンを描くのが多いのはなぜでしょうか?

カナイ:文章でもそうなんですけど、気になったり、共感する人がいるとどこまでものめり込んでしまうんです。文体を真似したり、題材をそのまま持ってきたりとか。気になるのは自分が考えている問題意識と関係があるってことだと思います。だから、人のことを書きながら自分のことも書いている。それのイラスト版って感じですね。

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River Phoenix from My Own Private Idaho(2019)

カナイ:たとえばブリトニーはお騒がせセレブとして見られていますけど、周りでお金が動いていくなかで、どんどん精神を削り取られていく彼女が不憫でしかたない。歌がうまくて可愛い女の子としてデビューして、トップアイドルになっていくという成功の裏では、精神を病んでドラックに溺れて、髪を剃っちゃったり。「ああ、資本主義って」という気分になっちゃうんですよね。

——エンタメ業界や経済原理のなかで消費されていく彼女の姿が、資本社会のある側面を象徴している。

カナイ:だからアンディ・ウォーホルがマリリン・モンローを作品にしたノリに近いのかもしれません。フランク・オーシャンに関しては、彼のカミングアウトがあまりセクシュアリティについて語っていなくて、むしろ恋の思い出についてのエッセイみたいで、曖昧なのが逆にいいなと思ったんですね。それで題材にしました。あと、何度か描いているのはリバー・フェニックス。彼は両親が信仰していたカルト宗教の中で虐待を経験したそうなんです。親との関係に悩んで上手く大人になれなかった人には特にシンパシーを感じて気になってしまいます。

——カナイさんの絵のタッチは柔らかくて、色も淡いものを使われています。でも描いているのは男性の場合も多い。それも見たことがない男性像で。

カナイ:マリー・ローランサンが好きで、ああいう雰囲気で男性を描けたら面白いなと思って実験している部分もあります。色使いは少ながらず影響を受けていると思います。あと柔らかい風合いに関しては、きっと僕の目を通してみる男性ってこうなんですよ。自分が見たいものというか。

——見たいという願望が強いですか?

カナイ:どっちもですね。見たいし、見えているんだと思います。マチズムを良しとしない感覚が自分のなかに強くあるんです。男性的であることへの反発みたいなものが。

——文章でもそうですが、カナイさんは自分の辛い体験や弱いところをさらけ出していますよね。それって「男らしさ」の真反対にある行為じゃないでしょうか。僕も他人に弱さを見せるのが苦手なんですけど、カナイさんは自然とさらけ出せるのでしょうか?

カナイ:普段の生活のなかで、意図的に弱さを見せようとすると難しいですけど、不器用さからポロッと出ちゃうことが多いです。作品だとまだコントロールして出せるので、恥ずかしさとか抵抗はない。あと弱さをさらけ出すというより、こういうことを書く必要があると思って書いています。

——それはどこかでこのZineを手にする人に向けて、という意識ですか?

カナイ:そうですね。不器用で、弱く、失敗して負けていく人、周縁化されていく人のために、そういう人たちが孤独ではないんだと思えるように書いているんだと思います。自分の弱い部分をあえて積極的に書くことで、共感とインスピレーションを与えられたらいいなという意識があります。それに、強い人たちのストーリーよりも、自分も含めたそうでない人たちのストーリーを残していくことに価値を感じるんです。自分が書かないとなかったことにされてしまうような、はみ出し者の歴史みたいなものを。

——作品や表に出すものではかっこつけたいという意識も働きそうですが、そういう意識はありませんか?

カナイ:むしろ逆行しているかもしれません。これまでがかっこつけようとして失敗する人生だったので、かっこいいことにあんまり価値を感じられないんです。もちろん編集はしているんだけど、自分のかっこ悪い部分を出していくほうが世の中にとってメリットがあるように思うんです。極端に言うと、かっこいいものってそれ以外のものや人を排除するじゃないですか。僕はたぶんその逆のことがしたいんです。

Fuyuki Kanai
「今は女性とクィアがどうしたら違いも含めて連帯していけるかに関心があって、ずっと考えています」と話すカナイフユキ

『LONG WAY HOME』はSUNNY BOY BOOKSのオンラインショップほかで発売中。

カナイフユキ オフィシャルサイト


Credit

Text Sogo Hiraiwa
Photography Eriko Nemoto