デムナ・ヴァザリアが世界を変える:ロングインタビュー

デムナ・ヴァザリアは、ファッションが世界を変えることができると信じている。現在世界でもっとも引く手あまたのデザイナーである彼は、今シーズン、Balenciagaで世界食糧計画(WFP)とコラボし、現代世界に生きる私たちと服との関係性を変革しようと、道を切り開いている。

by Holly Shackleton
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27 September 2018, 12:57pm

This article originally appeared in i-D's The Earthwise Issue, no. 353, Fall 2018.

デムナ・ヴァザリアは、ジョージアから独立した未承認国家アブハジアの首都である故郷のスフミに1993年以来、一度も帰っていないという。「というか今もまだ帰れないんです。この名字で帰るのは危険なので」とデムナは明かす。今、世界でいちばん引く手あまたなデザイナーである彼は12歳のとき、ソ連崩壊後のアブハジア分離主義者による民族浄化を逃れるため、一家で亡命を強いられた。デムナの生い立ちは、西洋社会に暮らす私たちには想像も及ばない。けれど、それが彼の行動全てをかたちづくった。Balenciagaと世界食糧計画(WFP)とのコラボもそうだ。Balenciagaは今シーズン、WFPのロゴ入りTシャツ、フーディー、ウエストポーチ、シャツを発表した。

デムナはWFPに思い入れがある。今回のインタビューでも、彼はWFPについて早口で熱弁した。私が彼に時間を割いてくれたお礼を伝えると「時間なんて。こっちのほうがずっと大事です」と答えたほどだ。デムナがBalenciagaのクリエイティブ・ディレクターに就任してから2年だが、彼はこれまで、ひとつのライフスタイル、ひとつの世界、そしてファンベースを築き上げてきた。9月12日の時点で、BalenciagaのInstagramアカウントのフォロワー数は約727万人。

創業101周年を迎えたメゾンはクールな服を求めるクールなキッズたちのメッカとして燦然と輝き、ケリンググループのなかでも最速で成長中のブランドとなっている。デムナが自らの地位を生かしてファッション業界外への意識を高めようとしているのは、時代の流れだ。「純粋に、主張を発信するようなことをしたいって思ったんです」と彼はBalenciagaのパリ支社でコーヒー片手に明かす。トレードマークのベースボールキャップ、Tシャツ、バギージーンズに身を包んだ彼は、フレンチ・ファッション界へのアンチテーゼだ。「私たちが初めてWFPにコンタクトをとったとき、向こうは半信半疑といった感じでした。でもWFPも、状況を改善する行動をとりたいと願い、このプロジェクトに賛成してくれた。よかったです」

世界では9人にひとりが飢えに苦しんでいる。国連の食糧支援機関であるWFPは、飢餓と闘う世界最大の人道支援機関だ。全80ヶ国、計8000万人を支援するこの機関は、緊急時に必要な食糧を支援したり、現地のコミュニティと協力し、飢餓と貧困の悪循環を断つために活動している。

2018年秋冬コレクションで発表されたコラボアイテムは、トウモロコシ1本を掴むこぶしが描かれたWFPのロゴと『Saving lives, changing lives(命を守る、生き方を変える)』というスローガンがプリントされた、蛍光イエローとブラックのフーディー、Tシャツ、ウエストポーチ、ベースボールキャップだ。デムナが「本当のコラボレーション」という通り、服の色やロゴの位置など、デザインの決定にWFPがかかわっている。

ファッションを超えた何かをやりたいという純粋な動機から生まれたこのコラボは、デムナが当初想像していたよりも、デムナ本人にとって大きな意味をもっていた。「おもしろいことに、初めてそれに気づいたのは父親に話したときだったんです。『WFPって、戦争後にグルジアの国内避難民に食糧を供給してくれた団体じゃないか』って父に指摘されて」。あまりにも不思議な縁のため、にわかには信じられなかったものの、改めて自分で事実確認をして父親の発言が正しいことを知り、デムナは驚くことになる。WFPはジョージア内戦の激しい戦闘を逃れてコーカサス山脈を越えた、ヴァザリア家を含む国内避難民たちに物資を支給していたのだ。

「私が12歳で、住む場所もないとき、WFPに食糧をもらったんです。彼らはパンや穀物を、ヘリコプターで山奥に届けてくれました。まるでハリウッド映画の筋書きみたいに聞こえると思いますが、真実です。本当に起きたことなんです」。25年後、図らずもそのときの支援機関とのコラボが実現するなんて、不思議なめぐり合わせとしかいいようがない。「ファッションは、身体を覆うだけのものである必要はありません。製品だってメッセージを届けることができる。将来、ファッションブランドのベースは、社会活動になるだろうと個人的には確信しています。そうでなければブランドは生き残れない」

「the power of dreams(夢の力)」「no borders(境界線はない)」「you are the world(君が世界だ)」などというグラフィティ・メッセージが所狭しと描かれていた。このショーは、デムナのパワフルで強烈な新しい方向性を示すもので、彼がショーでセットを取り入れたのも今回が初めてだった。「これまでのショーでは服が主役。とにかくそれだけでした」とデムナ。「音楽やウォーキングのしかた、キャスティングで雰囲気をつくっていました。私がクリエイティブなヴィジョンを打ち立てるさいには、ニュートラルであることを大事にしてたんです。でも今シーズンはもっと演劇的に、もっとストーリーを語るショーにして、みんなの記憶に残るような体験にしたかったんです」

メッセージに覆われた雪山は、カリフォルニアの砂漠の真ん中に突如現れる、故レナード・ナイトによるアート作品〈サルベーション・マウンテン〉を連想させる。荘厳で、感動的だ。デムナは、74体ものルックからなるメンズとウィメンズを統合した初のショーについて、「色と希望があふれている」と説明する。ベルベットのドレープドレス、3Dのフローラルプリント、SPEEDHUNTERSと名づけられた架空のバンドのマーチャンダイズ、グローブつきの長袖タートルネックトップス…。しかし何といっても、ショーの目玉はジャケットだった。

まず技術的な話をすると、今回デムナは、モデルの身体を3Dスキャンし、デジタル・フィッティングを行なった。そしてクリストバル・バレンシアガによる丸みのあるシルエットを、未来的に再創造した。ウール、ツイード、ベルベットなど伝統的な素材と軽量素材を組み合わせ、ウエストのくびれやヒップを極端に強調させる、彫刻的なデザインだ。

「今回、初めてパソコンでフィッティングしました」とショーのあとの記者会見でデムナは明かした。「身体を3Dスキャンしてから、3Dプリントして型をつくりました。縫い目はたった2ヶ所だけで、組立も必要ありませんし、生地は1層だけです」。コレクションが進んでジャケットのあとに出てきたのは、WFPのロゴつきTシャツ、フーディー、ウエストポーチ、シャツに、オーバーサイズのデニム、レインコート、アウターを合わせたルックだ。「道で、例えばグリーンピースみたいな社会運動団体のための署名を集めているボランティアをイメージして、モデルをスタイリングしました」とデムナ。WFPとのコラボアイテムを着せるモデルには、最年少の男女を選んだという。「若者がメッセージを発信してるようにみせるためです」

チャリティアイテム自体は目新しいアイデアではないが、チャリティとラグジュアリーが手を組むのは容易ではない。WFPとのコラボが、ただの話題づくりだと捉えられる心配はなかったのだろうか? デムナは「2年前なら心配してたかもしれません」という。「でも私は、その頃とはだいぶ変わりました。このプロジェクトには嘘も偽りもなかった。だから直観的に、正しいことをしているって自信がありました。それに、個人に根差しています。こういう取り組みは個人に根差しているべきですよね、戦略とかブランドではなく」。その言葉通り、Balenciagaはショー当日、25万ドル(約2800万円)をWFPに寄付。さらにBalenciagaの店舗とオンラインショップで販売されたWFPコラボアイテムの売上のうち、10%がWFPに寄付される。「結果を出すことが大事です」とデムナは強調する。「ただロゴ入りTシャツをつくるだけじゃない。これは私のヴィジョン、私という人間の一部なんです」

かつて生活難にあえぎ、今はパーティ三昧のデザイナーとなったデムナは、2017年、パリの喧騒を離れ、緑豊かで閑静なスイスの最大都市チューリッヒへ拠点を移し、ファッション業界、そして友人たちを驚かせた。現在はチューリッヒに3週間、パリに1週間、というかたちで両方の街に暮らしている。Balenciagaは彼のためにチューリッヒにスタジオを創設し、デザインチームもふたつの街を行き来している。「新しい自分です」とデムナは笑う。「移転したことで、今の自分にとってのファッションの意味、Balenciagaにおけるファッションの意味、Vetementsにおけるファッションの意味、それらを理解できるようになりました。ナイトクラブ、過激なメッセージが描かれたTシャツ、肩パッド…。それらが私のボキャブラリーから消えることはありません。だけど、今はもっと他のことに興味がある。前に進みたい。新しいことをしたいんです」

デムナはきっと、新しい安らぎの場を手に入れたのだろう。しかし彼が手がけるどちらのブランドでも、幼い彼が体験した移住、避難の感覚が、いまだにデザインに影響している。「直近のVetementsのショーは、移住がテーマでした」とデムナはVetementsの2019年春夏コレクションについて説明する。ショーは今年7月、パリのポルト・ドゥ・ラ・ヴィレットの高架下で開催された。「今のヨーロッパは、移住の時代です。街にもその様相が表れているし、誰もが語る話題でもあります」。本コレクションでデムナは、紛争のなかで育った自らの幼少時代を象徴するモチーフを用いている。ミリタリーからインスパイアされたスポーツウェア、ジョージアの国旗、射撃訓練用の的がプリントされたTシャツ…。ジッパーつきの拘束マスクは、デムナ少年が体験した、アイデンティティの消去を表している。「私が体験した戦争について、知っている人は多くありません。だけどあれは紛れもない戦争でした。場所など関係ない。何も変わりません。家を失うだけ。戦争とはそんなものです。本当の意味での勝者なんていないんです」

今シーズンのファッション界には全体的に、新しい、政治的なムードが漂っていた。デザイナーたちが立ち上がり、変革に向けて声をあげたのだ。Gucciは、銃規制を求めるデモ〈命のための行進(March for Our Lives)〉に50万ドル(約5600万円)を寄付。Burberryは新作のレインボーチェックを発表し、LGBTQ+支援団体のサポートを表明。RAF SIMONSは薬物依存症からの回復を支援する組織を支持。Lacosteは絶滅危惧動物の保護活動の必要性を訴え、Diorは60年代パリの、フェミニズムを支持した暴動に光を当てた。それでもごく一部だ。この動きは、社会、政治、環境問題への意識をより高めていくファッション界の方向性を示すものなのだろうか。「そう信じていますし、そう願っています」とデムナ。「私は並外れた楽観主義者なんですよ。私が話したり仕事したりする人たちの多くが、私と同じ考えや価値観をもっています」。36歳のデムナは、Gucciのアレッサンドロ・ミケーレ、Louis Vuittonのヴァージル・アブロー、Diorのキム・ジョーンズと並び、2018年においてファッションがもてる、あるいはもつべき意味を再定義する新世代のデザイナーのひとりとして、時代を牽引している。「幸せなことです。すてきなことが起きています。私はかなりポジティブにとらえてますよ」と新世代デザイナーについて語る。「私は常に、ファッションは5年後、10年後、どうなるんだろう、って考えてます。きっと、良くなると思うんです。今、すばらしい価値観が芽生えていますから」

この姿勢の転換を推進するのは若い消費者たちだ。〈何か〉を支持しているZ世代は、ブランドにも〈何か〉を支持してほしいと考えている。「60年代終わりみたいですよね。もっと現代的ですが」とデムナも認める。「私たちが気づかぬうちに、変化が進んでいます。全てがオンラインで起こっているからです。もはや街に出て、花を身に着けなくてもいいんです」。〈クリックティビズム(clicktivism:ネットでクリックするだけの社会運動)〉が幅を利かせている現在、本当の変革を求めるのであれば、そこよりも先に進まなくてはならない。そこで、自分がつくった服が、みんなにとっての推進力になれば、とデムナは願っている。「家に閉じこもって社会に怒るって、ある意味、まさに2017年的というか。超簡単、だけど何も変わらない。SNSで意見を発信する以上のことができるのであれば、行動しなくては。私は行動の力を信じています。その規模が大きかろうと小さかろうと、あらゆる行動が力となるんです」

新章デムナの核は、「真正であること(authenticity)」と「偽りのないこと(sincerity)」。「今後、私が手がけるアイテムは全て、私の美的価値観と私の倫理的価値観、両方を体現することになります」とデムナは断言する。美しさと倫理観。ファッションの未来は、それ以外にはありえない。

Photography Campbell Addy. Fashion director Alastair McKimm. Adut wears all clothing Balenciaga.

Credits


Photography Campbell Addy
Fashion director Alastair McKimm

Hair Duffy at Streeters. Make-up Hannah Murray at Art + Commerce using SK11. Nail technician Tracylee at The Wall Group using Chanel Le Vernis. Photography assistance William Takahashi and Jamie Ellington. Styling assistance Madison Matusich and Maggie Holladay. Hair assistance Lukas Tralmer. Make-up assistance Jamie Stehlin. Production Mary Clancey Pace. Casting director Samuel Ellis Scheinman for DMCasting. Model Adut Akech at The Society.

Adut wears all clothing Balenciaga.

This article originally appeared on i-D UK.